45,惑わされるな
「カフカント夫人。ごきげんはいかがか?」
「変わらず。……そちらは?」
「こちらも変わらず」
カフカント夫人が僅かに表情を曇らせた。しかしさすが侯爵夫人、すぐにそんな様を消す。
(夫人が出席しているとは……)
正直、驚いた。
社交の場は控えると思っていた。とくにこういう噂が出ている状況ともなれば。
しかし夫人は、背筋を伸ばし、立っている。
――まるで、受けて立つというような、覚悟をもっているように。
「オリヴァン殿、夫人。お久しぶりです」
「お久しぶりです。閣下」
侯爵家がそろって出席している。家としての、やましいことなどなにもないという示し。
俺たちが揃っていることで受ける視線。さりげなく周囲を探ってみると、カフカント侯爵家の令嬢の姿が見えた。
(反獣人派の友人のもとか……)
社交の場で彼女がそういった態度をとるのは知っていたが、家としての危機にもそうであることに少々呆れを感じてしまう。
が、それにどうこういうことはないので、俺は視線を侯爵へ戻す。
「本日は少々賑やかでは?」
「賑わう場所ですからな。仕方ありません」
「そうですね。……あまり、ご無理はなさらず」
少し声をひそめて言うと、侯爵は俺を見て、微笑んだ。
「お心遣いに感謝を。――なんのこれしき。伊達にこれまでくぐりぬけてきてはおりません」
「さすがです。若造の私も見習わねばなりません」
「ははっ」
軽く笑みを交わす。
そんな俺たちを見て周囲は小さくざわめく。
「にしても、閣下も珍しい。王家主催の場でお見かけすることがほとんどであったと記憶しておりますが」
「協力は惜しまない、との妻の願いですので」
「感謝を。閣下も奥方を大切に想っておられるのですな」
……そうではないのだが、そういうことにしておいたほうがいいだろう。
「お互い、無理はほどほどで」
「そうですな」
カフカント侯爵と軽く笑みを交わす。そして俺たちは別れた。
(さて。情報収集……は、ゼノンとアランが担っている分、俺はこの場で彼女の容体をそれとなく回し、カフカント家への誹謗も逸らす。……なんとも難しいな)
父が存命であった頃は、社交の場にはそれなりに出ていたし友人もいた。一応は王族として、対応も父から教えられている。
が、この三年で俺への評価が変わったことで、それまでの関係が激変した。
そのせいか、こういう類を苦手と感じるようになった。
そんな変化に自分でも内心で息を吐く。
しかし、仕方ない。やれと言われた以上、俺はやるしかない。
まずは主催者の伯爵夫妻に挨拶。それからは貴族たちが寄ってくれば相手になる。いつものやり方だ。
「ロザロス公爵様。先日の件、聞きました。とても心配です……」
「よろしければ私の家からも医師を向かわせましょう」
「お心遣いに感謝を。医師には手を尽くしていただいているので気持ちを受け取っておこう。……獣人は診たことがない医師が国には多い。――それに、もう……十分すぎるほど、尽力してもらっている」
……それでも、どうにもならないのだ。
暗にそう告げるように目線を下げ、語尾を沈ませていく。そうすれば、医師が尽力しても公爵が希望はないと思うほどに容体が悪いのだ、と勝手にあちらが解釈する。
大抵の者たちにはそうであるほうが話が面白いのだ。
そうなれば国から獣人は消え、侯爵家筆頭ともいえるカフカント家の立場が悪くなる。――誰だって、そんな刺激を想像して、面白がる。名家の没落を嗤い、愉しみ、便乗し、さらに上へ成り上がろうとする。
(冗談ではない)
嗤い話のために。刺激のために。
彼女の命と侯爵家の傷を、晒し続けてなるものか。
表情と内心を正反対に染める俺の肩の上で、演技を思い出したらしい守護獣が「うきゅぅぅ……」と悲し気に鳴いて、俺を慰めようとするかのように頬を摺り寄せてくる。
それを見て、傷心を慰められているかのように守護獣を撫でる。……やはりこいつは演技派か。そう思ってしまうが、撫でてやると指を掴んで嬉しそうに「うきゅ」と鳴くので、そうではないかもしれない。
とはいえ、常に顕現して俺の傍にいる守護獣のそれが効果を出したのか、周りの者たちは「ああやはり……」と声をひそめる。
「しかし、カフカント家もなんということをするのか。許されることではありません」
「そうです。閣下、断固とした罰を求めるべきです」
「だが……私には分からない。なぜカフカント家がそんなことを……。皆は何か心当たりでも?」
カフカント侯爵家がそんなことをする理由が解らない。信じられないというように皆を見ると、その視線をちらりと動かして互いの動きを探る。
守護獣は相も変わらず俺を必死に慰めてくれている。それに手を添えつつ、周りの者たちを見て軽く首を傾げると、一人の令嬢がそっと口を開いた。
「あの……もしや、あの噂が原因では……?」
「あの噂、といいますと?」
「それは……。以前小耳に挟んだのです。カフカント夫人がロザロス夫人を快く思っていないという、そういうことがあったという話を」
「そうなのですか?」
内容は言わない。言えないだろう。
その噂――悪者として語られているのは彼女だ。
(しかし、その出来事でカフカント夫人が彼女をよく思っていない、そういう構図が出来上がっているわけだ)
これはこれで利用しやすいものなのかもしれない。
(カフカント夫人もそう思わせたいなら――……いや。それについては夫人が語ってくれた。その線は薄い)
その噂の真相はカフカント侯爵も知っているようだった。そして――彼女も。
当事者である彼女も解っているものなら、カフカント夫人が嘘を言えばすぐに判明する。
(噂以外でカフカント夫人が彼女を狙う理由……。思い当たる節はない。それに、それなら最初から彼女のカップに毒を入れるだろう。令嬢たちの動きを読んだとしても、カップを侍女たちに片付けられれば意味はない。……狙いは本当にカフカント夫人?)
となると、別の犯人がいる。
――その可能性が高い。
俺は一時的にカフカント家主犯説を薄め、他の線を探す。
「しかし、だとしても、妻はカフカント夫人との茶会を楽しみにしていたし、カフカント夫人も妻を招待してくれた。わざわざ自邸主催の茶会の席、招待できる方は他にもいただろう」
真っ先に疑われるのはカフカント家。それを解っておらずに事に及んだなら浅はかにもほどがある。
そして、だからこそ、疑うべきは他にいる。
そうにじませる俺に周囲の者たちは視線を合わせる。予想外とでも言いたいのか、しかしそこは深く突っ込まない。
「――……ああ。そういえば。噂といえば、最近こんな噂を聞きましたわ」
「噂……?」
「ええ。なんでも――……」
どこぞの令嬢が告げた言葉に、俺は僅かに目を瞠った。




