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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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44,静かな社交会

 ~*~*~*~*~*~






「いってらっしゃい」


 にこやかに、ベッドの上から手を振って見送られた。

 表向きと実際との姿が全く違うのを感じてしまうとなんとも言えなくなるが、これも策の内だと割り切って「いってくる」と声をかけてから彼女の部屋を出た。


 扉を閉めて思わず息が落ちそうになるのをこらえる。

 ここからはもう、彼女は重症であるという振る舞いだ。それを通せるかどうかも俺の振る舞いにかかっている。


 思考を切り替え、廊下を歩く。

 時折使用人たちから「奥様は……?」と問われるので「予断は許さないが、ここまで持ちこたえている。安心しろ」と声をかけ励ましつつ、歩く。


(以前彼女が倒れたときは、こんなふうに心配する者に声をかけられることなどなかった)


 今はどうだ。だれもが心配そうな顔をして、俺に容体を尋ねにくる。

 その変化を嬉しく思う。


 廊下を歩く俺はそのまま外へ出た。

 屋敷の前に停まっているのは公爵家の馬車だ。御者が傍で馬の鼻筋を撫でている。馬車の側にはすでにセバスとハインがいた。


「留守の間を頼む」

「承知しました」

「お気をつけて」

「いってくる」


 軽く声をかけあい、馬車に乗り込む。すぐに御者も乗ると手綱を振るう。

 カタンッと馬車が出発する。その振動を感じつつ背もたれに身を預けた。


「うきゅ?」

「……今日は一段と疲れる社交になりそうだな」

「うーきゅ」


 まったくだと同意してくれているのだろうか? それとも解っているようでいないのか、守護獣がぶんぶんと首を縦に振っている。


 彼女が元気であったなら共に参加した夜会。しかし今、そうはいかない。

 俺も欠席するという方法もあったが、彼女にそれを止められた。


『情報、仕入れてきてくれ。加えて、わたしのことを非常に心配しているがどうにもならないのがもどかしい、と言わんばかりの表情で皆に状況を伝えてきてくれ』

『……俺はそこまで演技は上手くない』

『守護獣。君はそんなギルベールを涙目で慰めるんだ。君自身もとても心配でたまらない、というように』

『うきゅ? うー……。うきゅぅぅぅ……! うきゅきゅぅぅ……』


 ……うるうると瞳を潤ませて悲痛に鳴く守護獣のほうが演技はうまいのかもしれない。

 そんなことを思わされたが、そんな俺たちを見て彼女は腹を抱えて笑っていた。非常に複雑だ。


 思い出して息がこぼれる俺などよそに、車窓の向こうでは日が沈みかけ、景色が流れていく。


 人間であったなら毒から回復していい日数が経過しようとしている。だが、彼女はまだベッドの上。


(人間種と獣人種との違い……。彼女が倒れたあのときのようだ)


 思い出してどうしてか胸の奥に錘がついたように感じる。

 なにもせず、セバスやメイドに任せるだけ。――そうだった俺にこんな情を持つ資格などないというのに。


「うきゅ」


 頬にぴたりと触れる感触を感じ、視線を向ける。

 いつの間に肩に乗ったのか、守護獣がその瞳で俺を見つめている。


 ――今は違う。元気だよ。

 そう、言われているようだった。


「……そうだな。俺たちはできることをするか」

「うきゅ」


 撫でてやれば嬉しそうに鳴く。心が平常心を取り戻していくようだった。






 今夜の夜会はある伯爵家主催のもの。

 俺は社交の場というものは可能な限り控えている。断ることも少なくない。

 今回、この夜会に出席することにしたのも「情報収集に使えそうだな」と言って参加するつもりだった彼女を見張るためのものだった。……以前に比べればそういう出席が増えている。


 普段隣にいる白銀の存在。それにどれだけ肝を冷やされ、ひやひやしているか。

 今日はそんな心配はない。――……ない、が。


(……随分静かだな)


 それはいいはずなのに。そうあってくれと望んでいるはずのものなのに。

 ……胸の内を風がすり抜けるような。色が一つ消えたような。言い表せない、褪せたものを感じた。


 音がどこか遠くから聞こえるような不思議な心地で会場に入る。途端、喧騒がはっきりと耳に届いた。

 同時に、ちらちらと視線を感じる。


「公爵よ」

「まあ……。ご出席なされたのね」

「でも、ねえ。ほら――……」


(どいつも視線が動いている)


 俺に向けられたと思えば、別の方向へ。同時にだれもの口が同じように動いている。


「おいおい。ロザロス公爵が来たぞ……」

「大丈夫か? あの件の当事者同士だぞ」


 俺と同じように視線を集めている場所は、視線の動きを見ていればすぐに分かる。

 まるで、俺が普段そうされているように、どこか遠巻きにされている者たち。どこかの家と言葉を交わしているようだが周囲の言葉が聞こえたのか、その視線がこちらに向いた。

 話を切り上げ、その足が向かってくる。俺もその人へ向かう。


「これはカフカント侯爵」

「ロザロス公爵。先日ぶりですな」


 お互いに噂の渦中の身。そんな俺たちが握手を交わしたことに周囲がさらに声をひそめるのが分かった。普段とはまた違うからか、俺の守護獣が肩の上で落ち着かないようにきょろきょろしている。

 それを感じつつも、俺は社交界出席を控えていると聞いていた夫人へ視線を向けた。






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