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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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43,多すぎる候補者

 傷を知らない白魚のような綺麗な肌をした手が、振り下ろされた。


 ――だけどそれは、途中で止まった。


 アンネに守られた後ろで目を瞠る。

 私の前に立つアンネ。その前で手を振り上げているリティア様。――私たちの間にいる、リティア様の手を掴んだ、一人の男性。


「お父様……」


 リティア様の声がこぼれ、呼ばれた男性――オリヴァン様はリティア様の手を離した。

 その目はリティア様を見つめたまま、動かない。


「謝罪しろ」

「……え」

継母上ははうえに謝罪しろ」


 呆然としていたリティア様は、オリヴァン様の言葉をかみ砕くのに少し要し、次にはふてくされた表情をみせた。


「いやよ。私、間違ったことは言ってないもの」

「では、後で父上に謝罪しろ」

「どうして!?」

「解らないのか。おまえは父上の妻を侮辱しただけじゃない。父上が色仕掛けに惑わされたと、そう言ったんだ」

「っ……!?」


 憤怒の形相にもオリヴァン様は姿勢を変えない。


 オリヴァン・カフカント様。王城に出仕している次期侯爵。私の父のような年齢だけれど、一応義理の息子になる……。そんなこと思ったことはないけれど。

 旦那様と同じ中立派を保ち、己にも他にも、家族にも、厳しい人。


「近頃、おまえの言動は目に余る。継母上への態度も社交界での振る舞いも。侯爵家の者であるということを自覚し、それ相応に振舞え」


 知的で冷静、鋭い瞳は自分の娘が相手でも揺るがない。

 そんな父親を見て形勢不利と判断したのか、リティア様は苦々しい表情を残すと身を翻して去っていく。その後ろを侍女とメイドが追いかけていった。


 嵐が去った。そのせいか、体から力が抜けてしまう。

 重く長い息を吐いた私を見て、オリヴァン様は一切の迷いなく頭を下げた。


「申し訳ありません、継母上ははうえ。娘が無礼を働いたこと、謝罪を」

「! あ、頭をお上げくださいっ! オリヴァン様が謝罪なさることではありません!」

「いえ。気が収まりません」


 そう言って、少し怒っているように、呆れているように、リティア様が去っていった方に一瞥を向けた。だけどそれはすぐに私に戻る。


 オリヴァン様は、私がこの家に嫁いでからずっと態度を変えない。

 顔を歪めることも、口が歪むことも、悪態をとることもない。


『これからよろしくお願いします。継母上』

『はは……。あの、私のことなど呼び捨てて――』

『それはできません。あなたは父の妻、つまり継母です』


 親子ほどの年が離れているのに、オリヴァン様は私を『継母はは』と呼ぶ。……今も、あまり慣れない。


「茶会の件、調べておいでなのですか?」

「はい。……侯爵家の者を疑っているわけでは……」

「まず疑うべきでしょう。私でもそうします」


 不快などなく、さも当然というように。その態度はどこか旦那様に似ている。

 それに少しだけ安心して、ほっとする。


(私だけがこの家の敵、そう思っていた……。でも、たとえどう思われても、私の考えが間違っているわけじゃない)


 大丈夫。自信は……持てないけれど、まだ、進める。

 少しだけ心が落ち着いて、ふと気づく。


「あの、オリヴァン様は、どうしてこちらに? お城ではなかったのですか?」

「これから行きます。今朝は別の場所に用があったものですので。……騎士団は時折、提出書類が不備だらけで困ります」


 やれやれと息を吐くように、けれど表情は一切変わらず、オリヴァン様は上着のポケットからなにかを取り出した。それを差し出され、手紙の入った封筒であることが分かった。


「クロサブル子爵からです」

「!」


 お父様が……。

 驚いてオリヴァン様を見て、封筒を見て、手が震えないよう意識して、受け取る。


 間違いない。私の名前を記している筆跡は、お父様のもの。

 だけど、どうして……。


「見かけたとき、どうにも上の空であるようでしたので声をかけました。継母上に手紙を渡したいがどうしたものかと迷っているようでしたので、でしたら承りましょう、と」


 私の心を読んだかのようなオリヴァン様の言葉だけれど、その中身には苦笑いが浮かぶ。


(お父様。きっととてもびっくりしたでしょうね……)


 娘の嫁ぎ先とはいえ、侯爵子息を使い走りにさせることになるなんて……。それにお父様は気弱なところがあるから。


「最初は『そんなことはさせられません』と首を横に振られたのですが、仕事に集中できていぬ者を見ているのは落ち着きませんので、承諾を得ました」

「ふふっ」


 恐縮しながら頼んだのか。それともオリヴァン様の言い分に反論できなくて、押されたのか……。

 想像してしまって、どうしても笑みが浮かんでしまう。


「ありがとうございます。オリヴァン様」

「いえ。それから、ロザロス夫人の容体については私も情報を集めていますが、噂ばかりであてになりません」

「……回復しているという噂よりも、悪い、と流すほうが話題性がありますから。……きっと大丈夫だと、信じています」


 噂に刺激を求める。根も葉もなく、楽しい話題を。

 だって、それはあくまで――ただの噂。


(それがどう回り、誰を傷つけても)


 胸が痛む。だけど、今は、痛みに蹲ることはできない。


「――オリヴァン様は、犯人に見当がついておりますか?」

「……。内面的なもので、なら」

「内面……?」


 オリヴァン様はその冷静な視線を鋭く、私を見つめる。

 そして周りを確認してから、声を潜めた。


「一つ、継母上をよく思わない者。これは心当たりが多いのではないですか?」

「……」

「一つ、獣人嫌いの反獣人派。この屋敷もまた王都の者が多い」

「……」


 嫌というほど、心当たりが多い。

 王都の者は獣人嫌い。シルティ様も同じことを言っていた。


(二つに、共通する者……。私のことならとかく、この屋敷は候補者が多い)


「――それから」

「?」


 私も予想していたことを教えてくれたオリヴァン様は、その目を改めて私に向ける。周囲はとても静かで、アンネも黙って控えている。

 オリヴァン様は一瞬沈黙を落とし、口を開いた。


「噂には、発信元があります。かつて、継母上とロザロス夫人との間に流れた噂のように」

「はい。それが……?」

「継母上の周りには噂が多い。状況からそれは仕方のないことであるともいえます。娯楽とされていることも理解はします。ですが――仕方ない、ではない。どうかそれを心に留め置きください」


 そう言うとオリヴァン様は一礼し、颯爽と身を翻して出仕のため歩きだす。後ろを従者が続き去っていくのを、ただ見送るしかなかった。


(私の、噂なんて……)


 言われて当然のもの。解ってる。

 蔓延る噂を思い出して、思わず重く息がこぼれた。


「奥様。大丈夫ですか?」

「大丈夫」

「よく、気丈に振舞われました。とても立派な夫人でしたよ」

「ふふっ。本当?」


 励ましてくれるアンネに力なくても笑みを返す。


 思い返しても足が震える。でも、なんとかやりきれた。

 大丈夫。まだ、やれる。


「アンネ。もう少し付き合ってくれる?」

「もちろんです」






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