42,できることを、精一杯
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少し、外出がしづらくなっている。
だけどこれは想定済み。だから、大丈夫。
「奥様。調べましたところ、どうやらロザロス夫人の侍女は、夫人の分の紅茶は別のポットで作ったようです。そして皆さまにはもう一つのポットで。……警戒していたのでしょうか?」
「……たぶん、嗅覚が違うからだわ。以前、シルティ様は五感の違いを教えてくれたの。シルティ様の茶はきっと配分が違うのよ」
「ならば納得です。では、犯人はロザロス夫人の侍女がポットを二つ使うのを見て、企てが揺らいだのではないでしょうか?」
「そうね。そうかもしれない」
屋敷の私室で侍女からの報告を聞く。
茶会でどうやって毒を入れたのか。気になった私はシルティ様が持参くださった茶が淹れられるまでのことを調べることにした。
信頼する侍女、実家から一緒に来てくれたアンネが聞きまわってくれた。
(王都民は獣人嫌い。……信頼できる人でなくちゃ頼めない)
私はカフカント侯爵家に嫁いで、侯爵様の妻であるけれど……信頼できると言いきれる使用人は、いない。そういえるのはアンネだけ。
私ができることなんて小さなことで、動かせる力も小さなものだけれど、それでもシルティ様と旦那様に背を押していただいた以上、やる。
「アンネ。犯人の目的は最初から私だったと思う?」
「……。可能性でいうならばロザロス夫人であった可能性が高いと思えます。ですがそれが困難と見て――……過去の噂から、奥様に毒を盛り、夫人を犯人にしようとしたのかと……」
「……私、シルティ様の迷惑になってばかりね」
アンネは正直に言ってくれる。それはとてもありがたい。
私も解っていることだもの。……胸が痛むけれど、これは、知らぬふりをしてはいけないもの。
「私はよく存じております。あのような噂が偽りであることは」
「でも、状況だけを見ればそうなのよ。……私がちゃんと説明できなかったから」
「したとしても、あのイーヴァ伯爵令嬢が『そうでしたか』と引き下がるわけがありません」
アンネが少し怒っている。
私とシルティ様のこと、アンネは知っている。私のことを想ってくれていることも分かってる。
アンネはもともと獣人という存在を少し警戒していた。王都ではいろいろとひどい話がある種族だから、それは無理もない。
だけど、そうではないと、もう知っている。だから怒ってくれる。
私は、その変化が嬉しい。
力なく笑みが浮かぶ私を見て、アンネは眉根を寄せる。
「それを言うなら私こそ――……いえ。悔いても始まりません。奥様、いかがしますか?」
「ふふっ。アンネのその切り替え、私も見習いたい」
「奥様のお優しさではないですか」
笑い合う力がまだある。力が抜けて、安心できる。
「アンネ。あのとき、何か気になったことはなかった?」
「そうですね……」
アンネが考えるように顎に指をそえる。そしてしばらく沈黙。
「あのときは……私は奥様のお傍を離れぬようにしておりました。メイドたちがそれぞれの家の侍女と紅茶の準備をし、それを配膳。私はまだ経験の浅いメイドたちに経験を積ませるため、準備と配膳は見守るだけにしておりましたが、とくにはなにも」
おかしなことはなにもない。
メイドたちの中には行儀作法を習うために侯爵邸で働いている者も多い。アンネは私の侍女として、若い子たちの教育もちゃんと考えてくれている。
「それじゃあ、その子たちに話を聞いてみましょう」
「はい」
アンネと共に早速部屋を出て、茶会で動いてくれていたメイドたちを探し、話を聞く。
疑われていると思っているのか少し緊張したような様子の彼女たちに、そうではないと説明して、話を聞く。
「は、はい。私は厨房でお手伝いをしておりました。ロザロス夫人の侍女がポットを二つ使っていたのは見ました」
「なにか気になったことはなかった?」
「私はキルベルン伯爵令嬢の侍女にカップをお渡ししました。それだけでなにも……」
「ええ。慎重かつ丁寧だったわ」
「わ、私はなにもしてません! 厨房でお手伝いしてからカップを配膳しただけです!」
「当時の様子を聞きたいだけなの」
少し怯えたように。普段通りに。心外だというように。メイドたちはそれぞれの反応で答えてくれた。
……疑っていると思わせてしまうのは辛い。心が少しだけ疲れてしまう。
「メイドたちの話におかしなことはないわ……」
「はい。それに……証拠がありません。やはりすでに処分したのか――……」
アンネが言葉を止めた。一歩下がって、少し頭を下げる。
「ねえ。あなた一体なにやってるの?」
その声が聞こえて、少しだけ体が強張る。
心臓が逸って、煩くて、緊張しながら、振り返る。
「リティア様……」
「メイドたちになにを聞きまわってるの? まさか、うちの者を疑ってるの?」
旦那様のご子息、オリヴァン様のご息女リティア様。……私にとって義理の孫にあたるけれど、年齢は私と三つしか違わない。
そんなリティア様は至極不快そうに私を睨む。その傍には彼女の侍女と、私が話を聞いたメイドが一人。
(……リティア様に報告した)
……こういうとき、痛感する。
私はこの家にとって、この家の者ではない。排除できるならばするべき者、なのだと。
(それでも――……)
今は、この手を強く、握るだけ。
「さすがよそ者はやることが違うわ。私ならとてもできない」
「私とて疑っているわけではありません。可能性の一つを検証しているだけです」
「疑ってるじゃない。可能性なんて出してる時点で」
怒っている。それを隠すことなく表情に出している。
(いつも、この表情を前にしたとき、謝るか、小さくなるしかなかった)
解っていたから。――自分がこの家にとって、恥なのだと。
私だってそう思ってる。今も、その気持ちは薄れていない。
――……でも、それでも。
『だれにも、臆さなくていい。君は侯爵夫人だ。屋敷では私の次にその資格がある。大いに振るいなさい』
――前を、向け。
「リティア様はどのようにお考えですか?」
眉を歪めた。なにを問うているのかというように。
「此度の件、誰が画策し、侯爵家の茶会を台無しにさせたと、お考えですか」
「調べるのは私がすることじゃないわ」
「では、お考えください。それは主催した侯爵家の責任です」
手が、震える。
口は震えないように、強がれ。
毅然と告げる私にリティア様は目を瞠って、その表情を怒りに染めた。そして、ずかずかと私の前まで近づいてくる。
「なによ偉そうに! おじい様に色仕掛けで取り入ったくせに! あんたなんてふしだらな女にそんな指図されたくないわ!」
いつもの言葉。その言葉はいつも私の胸を抉り、贖えない罪を呼び起こす。
「たかが子爵家の娘のくせに! 分不相応な立場で偉ぶるんじゃないわ! この家でそれをしていいのはお母様だけ! あんたがこの家にどれだけの恥をかかせてると思ってるの? あんたなんかいなければおじい様がひどい噂をたてられるなんてこともなかった! 素晴らしいおじい様なのに! あんたのせいよ! あんたみたいな売女――」
振り上げられる手。後ろにいたアンネが前に出る。
傷を知らない白魚のような綺麗な肌をした手が、振り下ろされた。




