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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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41,密偵は天井から

 馬車がからからと音を立てて揺れる。乗り心地がいい馬車は車内への揺れも少なくて、御者の腕もよくて石を弾くこともない。

 静かな車内。私は窓の外へ視線を向ける。だけど、景色はなにも目に入ってこず、ただ、思考だけが動き回る。


 ロザロス公爵邸からの帰り道。私は今回のことを考えていた。


(厨房に不審はなかった。となると、誰か個人が隠し持っていた毒を入れた……? そしておそらく、その証拠は処分された可能性が高い。だけど、誰がそんなことを……)


 相手の狙いは私なのかと考える。それは怖いことだけれど、頭をよぎるのはシルティ様の言葉。


『王都民は、獣人嫌いです』


(侯爵邸は、旦那様やオリヴァン様が信頼する側近を除いて王都民がほとんど。私だってそう……。シルティ様はそれが関係していると思っている……?)


 狙いは、私ではないの……? だけど、あのとき、シルティ様が毒を口にするなんてだれも思わなかった。

 シルティ様を狙うなら、シルティ様のカップに毒を入れるはず。


(毒が入っていたのは、シルティ様が用意くださった紅茶。……その準備はどういうふうにされたのかしら)


 屋敷に戻ったら確認してみよう。

 そう決めて、また、少しだけ心が固まる。


 疑うのは辛い。だけど、やらないと。

 膝の上で拳をつくる。震えないように、抑えながら。


「アリシャ」

「! はい」


 斜め前の席。そこに座る旦那様。

 その目がじっと私を見ている。まっすぐで、少しだけ厳しい眼差し。


 それを見て少しだけ、決意が怯みそうになる。――だけど旦那様は、その眼差しのまま私に強い意思で告げた。


「思うように、徹底的に、やりなさい」

「!」

「だれにも、臆さなくていい。君は侯爵夫人だ。屋敷では私の次にその資格がある。大いに振るいなさい」

「旦那様……」

「そう、したいんだろう?」


(どうして、分かったの……?)


 顔に出ていた……? 旦那様はそれを見ていた?


 驚く私の目には、強さをそのままに優しさを宿す旦那様の目が映っている。

 それを見て、ゆるりと、心がほぐれた気がした。


「――っ、はいっ!」


 私のせいでひどい噂をたてられ、とても迷惑をかけた人。私を放っておいていいのに、守って、助けてくれる人。


(旦那様。私、旦那様と結婚できて、よかった)






 ~*~*~*~*~*~






 社交界にひとつの噂が流れた。――曰く『ロザロス夫人がカフカント侯爵邸での茶会で倒れた』

 ただそれだけのシンプルなもの。だが、噂には尾ひれがつくものだ。


「カフカント家の仕業。ロザロス夫人の病状は知れず……よくないらしい。――おおかたはこの手の尾ひれですかね」

「カフカント侯爵夫人、侯爵子息夫人、両名は社交界への出席を控えています。その裏をこそこそ言いたい放題というところです」

「主サマは、カフカント家が肩身狭くなる程度は気にしないそうです。ま、想定済みでしょう。『カフカント家は反獣人派か、過去のことでカフカント夫人が復讐した。尾ひれなんていくらでもつく』ってことで、これ以上も思いついてますね」


 現在、公爵邸内でも彼女は不調で倒れていることになっている。リアンが言うところの、ベッドで寝たきり状態だ。

 なので必然、俺が彼女の元へ行かねば話ができない。しかし、毎日足を運ぶというのも少々居心地が悪い。……いや。今の屋敷ではそれは好意的に捉えられるというのは解っているんだが、こればかりは俺の問題だ。

 しかし情報の共有はしておきたい。そこで架け橋になってくれているのが、彼女の密偵であるゼノンとアランだ。


 二人は現在、彼女の指示の下、社交界の噂状況、カフカント邸の調査とそれから派生する人物調査……諸々をこなしているらしい。「何をしている?」と問うたところ、ゼノンに爽やかな笑みで「聞きたいですか?」と言われた。聞くのはやめた。


(二人はあくまで彼女の密偵。俺に言わないこともあるだろうな……)


 その判断は彼女が下すだろう。俺が無理に問えば、それを二人は彼女に報告する。

 彼女がどこまでのことを二人に命じるのか。そこに俺はあまり関与できないが、度が過ぎることは口出すつもりではある。


「――……ゼノン。アラン」

「はい」

「報告をくれること、彼女とのつなぎをとってくれることは感謝している。――……その、天井からいきなり落ちてくるのはやめてくれると助かる」


 二人は常に隠密行動をとっている。表から公爵邸に出入りする際は表向きの役を作る。

 なので、裏の役目となると神出鬼没。


『さすが、腐っても王弟に与えられた屋敷だけあってあちこち隠し通路だらけ。遠慮なく使わせてもらいます』

『……』


 初めて二人が目の前に現れたときにはさすがに驚いた。この二人、気配を隠すのがうまい。守護獣が「うきゅうきゅ」と鳴かなければ把握が遅れただろう。

 それ以来、二人は屋敷での行動時には隠し通路を使っている。俺の前にやってくるときも。


(父上がこの屋敷を賜ったとき、まだ保険として万が一が考えられていたのだろうが……。俺が知らずにいたそれを今こうして活用されるとは……)


 まったくもって、どうなるか分からないものだ。

 少々の感慨深さと気配を消して近づかれる心臓への負担、俺の胸中は少々悩みが多い。


「つってもなあ……」

「では、壁から」

「よし、それでいこう」

「よし、ではない」


 真面目に告げるアランにゼノンがいい案だと言いたげだが、全くそんなことはない。

 額に手を当てる俺の側では俺の守護獣とネズミがいて、意思疎通を図るように鳴き合っている。


「ま、公爵サマ。俺ら密偵なんで」

「……すまない。そのままでいい」

「了解です」


 密偵は常に影。表に出ることはない。来訪方法にいちいち口出すべきではなかった。

 ……俺自身が密偵を持ったことがないので、こういうことは少々戸惑う。


「現在の状況は解った。それで、彼女は何か言っているか?」

「いえ。主は現状に手を出すつもりはないようです」

「カフカント侯爵家のこととなるとこっちも容易に手を出せるでもないですし。調査自体はカフカント家に任せてその結果を受け入れるしかないでしょう。主サマもそのつもりみたいですよ」

「……だとしても、力は入れているんだな」


 ゼノンとアランを動かし、調べさせている。


 社交界という場は、些細な噂もすぐに出回り、失敗は生涯の傷となる。

 今回の事態はそうなる可能性がある。被害を受けたこちらとしてはじっとしていても構わないのではないかと思うが、それが本当にいいのかどうか俺には判断が難しい。


(獣人が被害を受けたとしても、この国でそれがどう受け取られるか……)


 彼女であるから。ただ一点の違いが人の口の動きを変える。

 身に染みて理解している。だからこそ、俺も動きには迷うのだ。


(ただでさえ、俺というよく思われない男が傍にいる)


 俺も彼女も、他者からよく思われる要素も同情的に思われる要素も、持っていない。


「理由は俺らも知りません。俺らは主サマの言うとおりに動くだけなんで」

「主から言伝です。『カフカント侯爵とは距離を置かないように。クロサブル子爵が接触を図ってきても普段どおりに』と」

「クロサブル子爵……? ――……ああ、そういうことか。分かった」

「んじゃ、俺らはこれで」


 言うとすぐ、ゼノンとアランは姿を消した。……素早く、かつ身軽だな。

 俺の守護獣が、話をしていたネズミがいなくなって「うきゅ!?」と驚愕している。……おまえもか。


「うきゅ。うきゅー……」

「話し中だったか? また今度だな」

「うきゅ」

「俺たちも行くか」


 社交界でこれほど噂が出回り始めた以上、騎士団でも情報を知る者が出るかもしれない。

 第九師団は彼女に好意的な者たちだ。あまり心配させずにいたい。


 頭の中には彼女から言われた言葉と彼女の現在の様子が浮かび、なんとも言えなくなりながらも、思考を切り替えて出勤支度を始めた。






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