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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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38,疑い

 使者を帰してから俺もいろいろ動き、そのときがきた。

 普段なら客など訪れることのない公爵邸。しかし今日、石畳を踏み、一台の馬車がやってくる。


 その人が訪れたと聞き、俺は部屋を出た。

 使用人たちの空気がどこか固く感じられるのは彼女の病状のせいか、それとも滅多とない客人の来訪のせいか。明るさと気さくさがあった屋敷の空気は今、すっかり様変わりしている。


(できるだけ早くこの空気は消したい)


 こういう空気が長く続くのはあまりよくない。種類は全く違うのに、ほんの少し前までの、あの二年間を思い出させる。

 振り払うため、すべてを早く終わらせるため、俺は客人の待つ応接室へと向かった。


 扉を開けて室内へ入れば、ソファの側に立つ二人の人物がいた。

 カフカント侯爵と、カフカント侯爵夫人。背筋を伸ばした二人が立っている。


 二人の視線は俺を見て、軽く頭を下げる。

 それを受けてから俺は向かい合うソファに腰を下ろした。俺の守護獣もまた肘掛けに降り立つ。


「どうぞ、お座りください」

「ありがとうございます。ですが、その前に。――此度の一件、主催した家として謝罪を。誠に申し訳ございません」


 侯爵と夫人が揃って深々と頭を下げる。それを見て、思考の冷静な部分が読み解こうと動く。


(つまり、侯爵家は毒を盛っていない、と……)


 それが信じられるものなのか、俺にはまだ判断ができない。

 俺は今なんの情報も得ていない。俺自身もまた動かなければなにも得られない。


「しかと受け取りました。私としましても今回の件をきちんと把握したく思っています。お話をお聞かせ願えないでしょうか」

「もちろんです」


 改めて二人がソファに腰を下ろす。そのタイミングでリアンが俺たちの前に紅茶を出す。

 音を立てず動き、すぐに下がる。しかし部屋を出ないのはいつでも俺の指示を受けられるようにか、それとも彼女の指示か。横目に確認した俺は視線を前に戻す。


「付き添った従者と侍女からは、紅茶を飲んで倒れたと聞いています。その……妻は無礼にも夫人のカップに口をつけてしまったと」

「私は気にしておりません。あのときは少々慌ただしかったものですから無理もないことです。それに……そのせいでロザロス夫人が…」

「我が家の厨房を調査、茶会で控えたメイドたちにも聴取を行いました。ですが、不審な物は出ておりません」

「そうですか……」


 調査の前に処分された可能性が高いな……。

 夫人なら茶会を解散させてからすぐに調査に乗りだせる。それでもなにも出ていないとなると、相手もよほどに用意周到だ。


(彼女が言うには、用意した茶を運んでいたときが最も怪しいことになる。それでも出てこなかった……)


 おそらく厨房は白。何かあるならばメイドたち。


「あの……公爵様」

「なんでしょう?」

「その……夫人のご様子は……?」


 心配そうにカフカント夫人が俺に問う。隣に座る侯爵も気にしているようだ。

 お二人は、並べば祖父と孫のようにも見えるが夫婦である。この婚姻は社交界を驚かせたものだと記憶しているが、俺はそれほど関わることもなかったので「そうなのか」という程度にしか思っていなかった。


(侯爵は前妻と死別して以降一切後妻を迎えることなく、そういった薦めもすべて断っていたと聞く。……『色で取り入った令嬢』と『色に溺れた侯爵』か……)


 ちらりとさりげなく二人を見る。


「……少々、獣人には強く出る毒であったようで……今はまだ臥せっています。今後の経過がどうなるかは、まだ……。私も屋敷の者も回復を祈っております」

「っ……」


 夫人の表情が歪んだ。……俺も少々良心が痛んだ。

 彼女の指示とはいえ、あのけろっとした状態を知っている身としては嘘を告げるのはやはり心苦しい。

 しかし、俺としてはカフカント侯爵家も怪しいとみている。致し方ない。


「毒の入った紅茶は妻が持参した茶葉を使ったものだったとか。夫人も紅茶は飲まれたのですよね?」

「はい。私はなにも不調は出ておりません。……あまり毒を摂取しなかったのかと。まだ一口しか口にしていませんでしたので」

「そうですか……」

「で、ですが……その、夫人がご用意くださった茶はとても美味しかったです。舌に馴染むような、どこかほっとする味わいで」

「ありがとうございます。妻は夫人との茶会をとても楽しみにしておりましたので、そう言っていただけてなによりです」


 どこか申し訳なさそうに小さくなっていた体が、ゆっくり目を瞠ると同時に少しだけ存在感を発する。その瞳が少しだけ揺れたように見えた。


 彼女が用意した茶葉は俺も知っている。

 辺境領にいた頃、両親が好んでいたものだった。年間通して手に入るものではなく、また、一般家庭の休憩時に消費されるようなもので、それをヒュリオスが両親に何気なく話し、興味を持った両親がヒュリオスに頼んで入手したものだと聞いている。

 俺も辺境領にいた頃に口にしている。好きなもののひとつと言える。


 たまたまその話をハインとしていて、それを聞いた彼女が興味を持って、そこからヒュリオスに頼んだ。口にした彼女も気に入った様子だった。


『ヒュリオス。これ、今度の茶会に持っていくから、追加注文。半月後』

『時間ギリギリ!?』


 ……ヒュリオスにも随分苦労をかけていると思う。今度なにかで返すべきだろう。


 少々思い出して頭痛を覚えるが、なんとかそれを振り払う。

 隣の夫人を見た侯爵は、その視線を俺に向ける。


「閣下。夫人を直接見舞うことは可能でしょうか?」


 問われ、俺は視線を少し逸らす。

 こういうことがあるかもしれない、そう思って事前に彼女には相談してある。そのとき、彼女はさして考えることなく平然と言った。


 俺は逸らした視線を控えるリアンに向ける。


「――……リアン。彼女の様子と医師への確認を」

「承知しました」


 一礼し、リアンが部屋を出る。それを最後まで見送ることなく、俺は侯爵へ視線を戻す。


「許可が下りれば」

「ありがとうございます。――アリシャ。許可が出れば、行きなさい」

「旦那様……。ありがとうございます」


 どこかほっとしたような、しかしやはり緊張が残る表情で夫人が頷く。

 少しだけ驚いた。――侯爵の表情が夫人への厳しさよりも、安心させようとする穏やかさに満ちているから。


(……あの噂はやはり噂か)


 噂、というと思い出すのは、彼女とカフカント夫人にまつわる例の噂。

 彼女はそれを「あながち間違いではない」と言った。そして、犯人が夫人ではないと考えている。


「――……夫人。ご無礼承知でお尋ねしたい」

「はい。なんでしょう?」


 貴族的な言い回しならば、俺自身が確たる確証を得られない。上手く隠し、操作する。それが貴族だ。

 だが、この話にそれは要らない。俺がほしいのは、それではない。


「夫人はかつて、妻との間に噂がありましたよね? 妻をあまりよく思えない、そんな噂が」

「! それは……」


 膝の上で握った拳に力が入るのが確認できた。身体が少し強張っている。

 俺の目がそれを確認する。俺の変化を感じたのか、守護獣が「うきゅ?」と鳴いて膝の上に立つ。


 室内に沈黙が落ちた。それはどこか重く苦しく、だれも音を発することはない。


 俺の言葉は、俺が夫人を疑っているということを示すもの。だからこそ夫人は詰まり、しかし立場ある身として言葉に迷う。

 違うと言うのは簡単だ。しかし彼女も言っていた。――あの噂は、間違いではないのだと。


 だから俺は、カフカント夫人への疑いを晴らせない。






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