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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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123/128

36,彼女が信じているから

「だとして、いつまでそれを通すつもりだ?」

「時が来るまで。わたしのほうでもいろいろと探ってみる。毒について医師はなにか?」


 彼女と俺の目がハインに向く。

 侯爵家からずっと状況を知っているハインは俺たちの視線を受けて頷いた。


「さして強い毒ではなく、症状としては吐き気や気分不良、腹痛など。医師の見解では数日で回復できるとのことでした」

「となると、あなたの回復もそれくらいとみたほうがいいな」

「……。いや、少し延ばす」


 なにかを考えたような間の後、彼女はそう言った。


 それを聞いた俺たちの視線が彼女に向く。守護獣もこてんと首を傾げて彼女を見上げる。


「延ばすのか……?」

「ああ。獣人には少し強く出てしまった、とでもしようか」

「……まさか、それで相手の動きを探るつもりか?」


 彼女はにこりと微笑んだ。……それを見て俺は項垂れる。


(また、あなたは……)


 本当に、なぜこうなのだろうか。頼むから何事もなくあってほしいのだが、俺という存在もまたそれをさせないことは理解している。


(こうなっては止まらないな……)


 幸い、彼女は今回、俺にちゃんと――まだいろいろ聞きたいことはあるが――話してくれた。

 以前「俺にきちんと伝えてくれ」と言ったことを覚えてくれているのだろう。状況は以前よりマシだ。


「……とりあえず、カフカント侯爵には俺が応対する。俺がいないときならばセバスとハインに頼む。それでいいな?」

「分かった」

「セバス。ハイン。頼む」

「「承知しました」」


 明日は休息日だ。侯爵がその日に来てくれるなら話が早いのだが、さて、どうしたものか……。

 考えつつ、やはりどうしても気になることが一つ。


「……なぜ、そこまでする。狙いがあなたでないのなら放っておいても問題は少ないと思うが?」

「だろうな。どうせ、今後も変わらないちょっかいを出してくる程度だろう」

「解っているならなぜ――」


 視界の中心で、彼女が、口許に笑みをつくった。

 いつもの不敵なものとは違う、静かで、どこか穏やかにさえ見える、あまり見ることのない微笑み。

 それを見て、言葉を失う。


「彼女が狙われたからだ。――たとえ、君が考える可能性の一つである、カフカント家の策略だとしても。わたしは、ここで止まるわけにはいかないんだ」

「……」

「喜んでのってあげよう。はめられてあげよう。ただし、もし主犯であったとするならそれ相応のお返しを添えて」


 そう言った彼女は、カフカント夫人を信じているというよりも――もっと別のなにかを信じているようだった。






 ~*~*~*~*~*~






 明かりの消えた室内。窓から射し込む月明りは幻想的で、仄かな明るさを室内に与えてくれる。

 射し込む月明りが届くように天蓋の垂れ布は一部上げられている。


 ギルベールも眠ったのだろう。屋敷上階で物音は聞こえない。非常に静かな夜の時間。

 この静けさはどこか心地よい。すっかりこの生活にも慣れたが、ゆっくりとした時間の使い方はまだ少しだけ慣れない。

 ……以前は旅の日々で、その中で魔法を研究試行して。滞在地によっては家をもったが、それはそれで道具や書物があふれるほどに忙しかった。弟子はそれに呆れていたけれど。

 思い出しても笑みが浮かんでしまう。


(そうだな……『もっとゆっくりして俺を気遣ってくれません? 旅の道中限定で他人に優しいくせに』……なんて、言うかな)


 じたりとした目をこちらに向けて遠慮なく物言ってくれる弟子だ。今もきっと変わらないだろう。

 わたしはおそらく突然死んでいるから、それはそれは驚かせたかもしれない。……まあ、あの子のことだ。「めんどくさっ」とでも言ってなんとかするだろう。


 少しだけ思い出したことを、微笑みと共に心の底へ押し戻す。


(今のわたしはシルティだ。『シルティ』のことは、決して無にしない。だから――……)


 そっと、シルティの日記の表紙を撫でる。

 ここに詰まっているのは彼女の想いであり、記憶であり、悲鳴であり、痛みであり、孤独である。


 わたしでありながら『わたし』でない人を想う。

 何を想い、考え、どうしたいと願ったのか。


 彼女が残したものは、この部屋に、この国に、生国に、多くある。


 視線を室内に置かれたチェストに向ける。小物が仕舞われている中、一番上に置かれている箱。シルティが使っていた裁縫道具の箱だ。

 シルティは自分の手でドレスの尻尾部分を作っていたくらいには裁縫もそれなりに得意だった。そしてその腕は今のわたしの身にも引き継がれている。だが、わたしがこの手で作ったのは、先日のティルズバーン夫人との茶会で渡した手巾くらい。



『刺繍したものを誰に贈ろう。誰が受け取ってくれるだろう。何を、作ればいいだろう』



 茶会用にと刺繍していたわたしの手元を見ていたギルベールに渡したハンカチ。――あれは『わたし』が作ったものではない。


 ただ独り、屋敷で静かに過ごすことしかできなかった。言うこと為すこと、すべてが裏目に出る立場と周囲だった。


 動けと言うのは簡単だ。しかし時に、それができないこともある。


(だからシルティは、自分を悪者にした)


 そうしなければ、いけなかった。

 シルティは――……ギルベールと同じで、繊細で優しい人だったから。


「君が信じるのなら、わたしはそれを背負っていくよ」


 静かな闇夜に消える独り言。

 それでもどうか、この言葉が彼女に届きますように――……。






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