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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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122/126

35,苦しんでいる病人です

「ハイン。医者はどうなっている?」

「はい。カフカント侯爵邸ではすぐにカフカント夫人が手配くださった医師が診察を行いました。夫人の要望でここまで医師が付き添い、さらに奥様の指示で、今後も何かあればすぐ応じられるよう待機させていますが……」

「どうした」


 少々歯切れの悪いハインに視線を向ける。

 ハインはきゅっと眉根を寄せ一瞬だけ迷うような表情をしたが、すぐに続けた。


「……あの医師は獣人嫌いです。一度奥様の診察を断った過去があります」


 ……あのときか。

 高熱で倒れ、医者にことごとく診察を断られたり嫌な顔をされたのを思い出す。

 今回はカフカント夫人からの依頼ということで応じたようだが、あまり積極的ではないだろうことは想像できる。


 苦い記憶が思い起こされながらも、俺は彼女に視線を向けた。


「医者を待機させているのか?」

「ああ。――ギルベール。わたしのこの体調、本当のところを知るのはこの面々だけにしておいてくれ」

「……。使用人にも、医者にも?」

「ああ」


 ……彼女の目は落ち着いている。冷静だ。体調不良による混乱も倦怠感もみえない。


(つまり、まだ何かを考えている)


 辺境からの帰りでもそうだった。毒を飲んで、それをすぐに俺には伝えず、敵襲すら予想していた。

 嫌なことを思い出す。しかしあのときとは違うこともあると、頭は解っている。


「なにを見据えている?」

「おかしなことを聞く。わたしがみているのはいつだって君の幸せだ」

「……。だがこの毒、狙いはあなたであるとは限らない」


 本来の狙いがカフカント夫人であったとして、彼女があくまで偶然毒を飲んでしまったとすればそれは相手にとっても想定外になる。……とはいえ、巻き込んでしまった、などとは思われていないだろうが。


 彼女を見て問うと、なぜかきょとんとしたような、驚いたような、そんな顔をされた。

 しかしすぐに口端が上がり、彼女は微笑みを残して告げる。


「ギルベール。わたしが悪女であるという噂の中に、泣いて座り込む子爵令嬢を見て高笑いしていた、だとかいうものがあるのを知っているだろう?」

「……ああ」

「なっ、なんですかそれ!?」


 思わずといった様子のリアンの驚き声が聞こえた。しかしすぐにセバスが視線で制止すると、リアンもはたとした様子で「申し訳ありません」と謝罪する。

 それを見て小さく喉を震わせた彼女は視線を俺に戻す。その目に、俺も思わず告げた。


「誰かの作り話だろう?」

「なぜそう思う?」

「あなたはそんなことはしない。……あなたがするには似つかわしくない」


 少しだけ言葉を考えて、迷って、告げた。

 少なくとも、俺がこれまで見てきた彼女の言動とは一致しない。するならば、もっと大きく、こちらが頭を抱えるような壮大なことをしでかす。


(……妙なところで断言できてしまう。これはあまり得たいものではないな)


 少し遠い目になってしまったのか、彼女は目を丸くしてから口を笑みで彩った。


「ハハハッ!」

「……笑いごとではないだろう」

「君からそれほど信頼されているとは嬉しいな」

「信頼……これをそういうのか? 自分で言うのもなんだが……いい意味で言ったつもりはない」

「君は正直だな。そういうところも好ましい」


 ……なにを言っても自分が思うように捉えるようだ。ならばそれでいいかと思ってそれ以上を言うのはやめる。

 彼女の側に座る守護獣がなにを思ったのか、彼女に向かって「うきゅうきゅ!」と強く鳴いている。まるで、俺の言葉を「そうだ」と後押ししているかのようだ。……喜べるのかは少々難しいところだが。


 そんな守護獣を視て笑った彼女は、口許に笑みを残したまま俺を見る。


「君からの信頼は嬉しい。しかしその噂、あながち間違いでもない」

「……どういうことだ?」


 そんなことはしない。そう思っている。だが、目の前の彼女はいつもどおりに微笑んでいる。

 俺が怪訝とするのを見つめ、彼女はいつもの調子で続けた。


「その令嬢、アリシャ・クロサブル子爵令嬢」


 出てきた名前に、俺は息を呑んだ。――そうだ。すっかり忘れていた。なぜ忘れていたんだ。

 それを見た彼女も、俺が気づいたことに気づいている。


「そう。――カフカント侯爵夫人だ」


 その一言で思考が急速に冷え、落ち着いていくのが分かった。他の者もそうなのだろう。室内の空気が一変する。

 その中でただ、彼女だけがずっと同じ調子を崩さない。


「――……カフカント夫人が仕組んだ、とも考えられる」

「見ていた限りその線は薄いと思うな」


 薄い記憶を思い起こす。

 社交の場、カフカント侯爵の傍にいる夫人。どこか影の薄いごく普通な、あまり前に出ることのなさそうな人で、記憶にも薄い。


(先入観は捨てろ。その下になにかを含んでいることもある)


 貴族の社交の場にそんなことはありふれている。

 笑みの下に嘲笑が混じり、怒りの下に憎悪が蔓延る。友人だと思っていても――あっさりと離れていく者もいる。


 俺が見ているカフカント夫人は平素でもそのとおりの人だとは限らない。

 かつて彼女に笑われたというのなら、笑みの下に怒りをたぎらせ、蹴落とそうとしてくることも、ないとは言い切れない。


 警戒を強める俺とは裏腹に彼女はそこまでの警戒をしていないようだ。


「……なぜ、そう思う?」

「……。理由は少し後に話そう。話してしまって、君がカフカント家を警戒しなくなるといけない」

「……。で、なにを企んでいるんだ?」


 ……つまり、カフカント夫人を白だと判断しているが、疑っている様子は残しておきたい、と。

 ひとつため息をつき、俺は彼女に視線を向ける。諦めも交えて彼女を見れば、視線の先で小さな笑みがこぼれた。


「カフカント侯爵なら近日中に訪ねてくるだろう。応対してくれ」

「あなたは養生していると、そう伝えても?」

「ああ。だが、命に別状ないかどうかは伝えずに。その上で、侯爵や夫人を疑ってはいないこと、わたしは非常に茶会を楽しみにしていたこと、協力は惜しまないこと。これを伝えてほしい」

「分かった。あなたの容体は屋敷内でも同様だな?」

「ああ」


 俺はちらりと視線をセバスとハインに向ける。二人は心得たように頷いた。

 俺は仕事で出ることが多い。二人に頼むことが多くなるだろう。


「リアン、アステナ。わたしの部屋への出入りは君たちだけでとおせ。……リアン。わたしは命の危機だ。顔に出さないように」

「は、はいっ……! 奥様は非常に苦しんでいて、お食事も喉を通らなくて、ベッドでねたきり! ですね!?」

「……まあ、それでいい。アステナ。リアンのサポートも」

「承知しました」


 ……リアンはまだ子どもらしいところがあるので少々不安がある。

 セバスに気にかけるよう視線を向ければ、穏やかな笑みながらもどこか厳しい指導者の目で頷きが返ってきた。頼もしい執事だ。






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