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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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31,飲むか飲まぬか

 メイドは周囲を気にするように少し声を潜める。


「あの……どうとも思われないんですか?」

「……なんのことかしら?」

「えっと……」


 このメイド、獣人嫌いの一人ね。

 私が平然と獣人である奥様に仕えその嗜好さえきっちり把握しているから、理解し難いような信じ難いような気持ちになっているんでしょう。


(中立派の侯爵家とはいえ、使用人の中には獣人嫌いは少なくない。それも茶会の準備に携わる者にまで)


 さらに事前に奥様に教えていただいた情報によると、カフカント令嬢は獣人嫌い。反獣人派の令嬢たちと一緒にいることが多い。

 御前試合の折には奥様に接触してきたそうだし、今日も茶会に参加している。


(今日の茶会は侯爵夫人の主催。招待客は令嬢の友人を招いたつもり?)


 カフカント侯爵はご高齢だけど現役だ。跡取りであるご子息はいつ爵位を継いでもおかしくない年齢で、中立派として侯爵と同じ立ち位置を保っている。

 令嬢は、跡取りであるご子息の娘。侯爵からすれば孫にあたる。


 思考を回しながら、厨房台に置かれたティーセットに視線を向けた。


「そのカップはカフカント夫人がお使いになられているものね。とても素敵」

「え、ええ。……これは旦那様が奥様に贈られた物なのですって。奥様はこれをとても気に入っていて」

「そう。侯爵様が夫人のために……」


 茶会でも開けば人目に触れる品。それにどういう意味が込められているのかは分からない。

 白の陶磁器に映える青い染色の模様。派手過ぎず控えめに、とても品良いそれは、あの目立たず控えめな夫人によく似合う。


「こちらのポットはロザロス夫人以外の方の分を注げばいいのね?」

「ええ。お願いします」


 話をしていたメイドを始め、数人のメイドがそれぞれの招待客のカップに紅茶を注ぐ。

 それを見ながら私も奥様のカップに紅茶を注ぐ。香りは薄い。私の鼻が感じる香りは奥様の分ではないカップから漂うもの。


(獣人と人間、五感はこれほどに違うのね……)


 改めてそう感じる。

 獣人がいない人間だけの国の中、奥様はこれまでどれほどの精神的な苦痛を味わったのだろう。これからは少しでもそれが軽減できるように努めていきたい。


 決意しながらカップをトレイに載せる。

 そして、皆さんの殿を少しだけ斜め後ろから見つめるように、できるだけ足音を立てないようにしながら厨房を出た。


 茶会会場。令嬢たちが談笑している光景が見える。時にカフカント夫人も話を振られ、けれど奥様はあまり話に参加していない。それを令嬢たちが嗤ってみている。

 相も変わらず腹立たしい光景だけれど、私が冷静さを欠いてはいけない。


 奥様の少し後ろに控えるハインさんと一瞬目が合う。奥様も私たちが来たのを見て、滑らかに口を開く。


「では皆さん、わたしが用意した茶をどうぞ」


 それぞれの家の侍女がメイドからカップを受け取り、主の前に出す。私も奥様の前にカップを置く。

 音をたてないようソーサーを置き、手を引きながら小指で一度だけテーブルクロスに軽く触れて。


「皆さんどうぞ、遠慮なく」


 私がハインさんの隣まで下がってから、奥様はそう主導する。


 だけれど、令嬢たちは手をつけようとしない。……本当に腹立たしいわね。

 先に行けと言わんばかりに目線を送り合い手を伸ばそうとしない。奥様はそんなこと全く気にせずに先に自分が手を伸ばす。


 奥様以外に動いたのは、一人だけ。


「まあ……。とてもいい香り。心の落ち着く薄らとした花香ですね」

「ええ。さすがカフカント夫人です」

「ありがとうございます。ですが、これはあまり馴染みのない香りです。これまで知らなかったなんて……」


 迷うことなくカフカント夫人はカップに口をつける。その光景を私は少しだけ緊張して見つめる。


「少しの甘みがありますね。だけど余韻はとても爽やか。とても上品なお味で、とっても美味しいです」

「ご満足いただけてなによりです」

「これはなんという茶葉なのですか?」

「名はありません。これは辺境領のごく一部の地域で親しまれているものなのです」

「まあ……」


 カフカント夫人が驚いた顔をする。けれどその瞳はどこか興味が湧いているような、楽し気なもの。

 それが分かるから私も満足いただけて嬉しいと思えるし、隣のハインさんもどこかほっとしたように少しだけ力が抜けたようにみえた。


「そこに住む方々が一日の休息に家族や友人と味わう茶。摘みの芽の残り部分として、市場にも出ていないものなのです。市場での名と同じにしてしまうと少々誤解を生むでしょう?」

「ふふっ。そうですね。これほどのもの……なんだかもったいないですけれど、大切な人と心置きなく味わうというのは……とても充足される時間なのでしょうね」


 身に覚えがあるような、しみじみと感じいるようなカフカント夫人の眼差し。

 そんな眼差しが少しだけ夫人を気にさせる。


(夫人はかなり年上の方との政略婚。そういう時間は生家でしかなかったのかもしれないわ……)


 そう思うと、貴族の婚姻というのは個人でどうにかなるものではないのだと痛感する。

 奥様と旦那様もそう。国に決められた結婚。……今のお二人はなんだか以前よりも仲がとてもよろしいから私たちも嬉しいのだけれど。


「まあ。ロザロス夫人ったら、そんな庶民的なものをこの茶会に用意するなんて」

「全くですわ。そんな残り物、私、飲みたくなどなくてよ」

「私もです。こんな下賤な――」


 令嬢たちが目線を送り合う。それぞれの家の侍女まで同調して、奥様に非難めいた視線を送る者までいる。

 思わず拳をつくる。このお茶が美味しいことは私たちだって知っているし、公爵邸で働く辺境領から来た者たちも奥様の感嘆の言葉に嬉しそうにしていた。


 そのすべてを、口にもせずに決めつけて非難する。

 私の隣からも僅かに苛立ちが感じ取れる中、奥様だけは平然とした調子を崩さない。


「飲む飲まないは自由ですから」


 背中しか見えないのに、奥様はきっと笑顔だと、はっきりと感じ取れる。証拠に令嬢たちの顔は不快気だ。

 出した茶を「飲みたくない」なんて言われれば用意した者は気分を害する。だけれど奥様からそんな反応がないことが予想外なのか、それ以上の不快なのか。


 奥様と令嬢たちの間でカフカント夫人の視線が忙しなく動く。


「あ、あの……皆さん――」

「カフカント夫人。せっかく淹れた茶ですが、皆さまお飲みになられないようですのでわたしたちでいただきましょう」

「は、はい」

「申し訳ないのですけれど、そちらからカップを回収していただいてよろしいかしら?」


 令嬢たちを取りなおそうとしていたカフカント夫人に奥様が立て続け要望を出す。

 少し混乱してしまったカフカント夫人が侍女の手を借りずに自分で動きだしてしまって、それを見た侍女たちが後ろから急いで手をだす。


 少しだけ慌ただしくなった中、私は見た。

 奥様の手がさりげなくカフカント夫人のカップを自分のほうへ引き寄せ、さらに自然な動きで令嬢たちのカップを回収しようとするのを。






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