30,侍女の役割
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『アステナ。今度の茶会に同行しなさい』
『私でよろしいのですか? リアンではなく?』
『あまりいい集まりではなくてね。万が一の用心を兼ねる』
数日前にそうおっしゃって奥様は私の同行を決定した。その意味は奥様の最後の一言で察した。
私はもともと奥様のお傍に仕える仕事は少なかった。だけど、旦那様と奥様が辺境での戦から戻られてから、その機会が増えた。
これには旦那様と奥様それぞれの思惑がある。そして、そこに飛び込んだ私は、旦那様からの命を確実にこなすこと、奥様の教えを受けること、この二つを主な事として今は励んでいる。
私はまだ半人前だ。だけどあらゆる知識を詰め込み、奥様直々に経験を与えられ、騎士たちに実践を仕込まれている途中の身。
まだまだ短期で身に刻みついているとはいえない。だけど、刻みこむのを待つなんて呑気なこと、時間は許してくれない。
(緊張、する)
手が汗ばむ。震える。
正直に言えば、自信がなくて、不安しかない。
『うまくやろうとしなくていい。とにかく彼女を止める。これを徹底してくれ』
奥様と旦那様では、私に求めるものが異なる。
そして、私の優先は――旦那様のご指示。とにかく奥様がなにかしようとするときに止めること。
(旦那様。それが一番自信がないです……)
奥様は止められるような人なのかしら。無理だなと思わせる人である気がするけれど、旦那様だけはいつも止めようとなさる。
奥様はそれを笑って、ずんずんと進んでいく。――だけど絶対、旦那様を置いていくことはしない。いつも隣で、傍で、笑ってる。
『彼女を止める。そのために必要なことを身につければいい。……そういう点では彼女が求めることの素養が活かせるか』
……おっしゃることは解ります。とても難しいですが。
生まれは子爵家。両親とはあまり仲がいいわけじゃない。
元々は騎士になりたかった。女性が騎士になるには近衛隊に入るしかない。両親に話をしても取り合ってなんてもらえなかった。
『馬鹿なことは言うな。おまえは高位の貴族か指折りの商家に嫁いで我が家のために尽くせ』
両親は上へ上へと野心が強い。私の人生はその言われた道を進むしかない。
だから――ロザロス公爵家が使用人を求めていると知ったとき、これだと思った。
行儀見習いという建前で両親を説得して、家を出た。
使用人でもなんでもよかった。あの家を出られるなら。
それが今、こんな形で叶ってる。
少しだけ違う形だけど、それでも、この胸にある満たされた気持ちと沸き起こる熱意は、まぎれもない本物。
(そのためなら、どんな困難だって乗り越えてみせる)
侯爵邸の厨房。茶会用に与えられている一角には、手伝いとして侯爵家のメイドが数人いる。
各家の侍女は自分の主の番の少し前にここに来て茶を用意する。それをメイドたちが手伝い、会場まで運ぶ。
厨房に入ってすぐ、私はメイドたちに「本日はよろしくお願いします」と礼をする。それには侯爵家のメイドたちも軽く頭を下げて応じてくれる。
厨房の一角は広くはないけれど数人のメイドが準備で動くには充分。離れた場所では料理人たちが動き回っていて調理器具の音が耳に入るけれど、耳障りなことはない。
与えられている一角は物もごちゃごちゃと置いていないし無駄がない。
棚にはそれぞれの家が持ってきたのでしょう茶葉の入った缶が置かれている。私が奥様の指示で持ってきたそれも置かれてある。
「お湯をお願いします」
「分かりました」
お願いするとすぐにメイドが動いてくれる。それを横目で確認しながら、私は持参した茶葉の缶を取った。
メイドには背を向け、蓋を開ける。そして、袖に隠している銀の針を茶葉の中に刺した。
(反応はなし。……毒が仕込まれてることはない)
主催者の屋敷が中立派とはいえ、招待されているのは反獣人派の家の令嬢ばかり。
(どんな手で奥様に難癖付けてくるか分からない分、警戒はきちんとしないと)
獣人というだけで、人の目は変わる。
私たち公爵邸の者は奥様がどういう人かを知っている。獣人というだけで毛嫌いしていた元使用人たちもいたけれど、奥様という人を知れば変わったのかもしれない。不毛な話だけれど。
「ティーポット、もう一つありますか?」
「はい」
すぐに頷いたメイドが陶器製のティーポットをもう一つ用意してくれた。
目の前に二つのポット。片方に一人分、片方にそれ以外の人数分の茶葉を入れる。
「あの……」
「はい。なんでしょう?」
「なぜ、二つのポットに?」
疑問に思ったメイドの一人が私の側で首を傾げる。
きっと他の侍女は皆一緒に入れたのね。基本的な茶葉の量で淹れれば問題はないから、それでいいと思うし、私もそうしたでしょう。
私は、一人分のポットを示す。
「こちらのポットは奥様用です。獣人である奥様は他者よりも嗅覚が優れていらっしゃいますので、私たちの一人分量よりも少し少なくするほうがお好みでして」
「そうなのですね……」
奥様は嗅覚という点において、屋敷の料理人にも同じことを求めた。
だけどそれはたしか、奥様が病で伏せられてから後のこと。それまでの二年間ずっと我慢しておられたのかと思うと、気づけなかったことが申し訳ないと、今なら思える。
ちなみに、紅茶を淹れるこれに関してはリアンから聞いたこと。
『分量はいろいろ試して、奥様とこれだっていうのを発見したんです!』
そう嬉しそうに言って、躊躇いなく私にもその分量を教えてくれた。本当にあの子はいい子。
それに、奥様は香りの強くないものや花香を好み、パンチあるものや甘みの強い香は苦手にしているとまで教えてくれた。嗅覚を刺激する以外での好き嫌いはないらしい。
こういうことを把握するのも、侍女候補としての務め。
「お湯の準備が整いました」
「ありがとうございます」
すぐに沸いたお湯をポットに注ぐ。蒸らす時間を利用して、先ほど声をかけてくれたメイドに話をふる。
「可能なら、奥様にお出しする茶葉は少なめにというのを覚えておいてくれると嬉しいわ。中立派のカフカント侯爵夫人には今後もこうしてお誘いいただくこともあるでしょうし」
「……ええ。そうですね」
「菓子なら、奥様に好き嫌いはないから」
笑顔でそう言うと、メイドは少しだけ表情を強張らせた。




