29,いろんな紅茶
「では、まずは私から……」
飛んでいた思考を引き戻すカフカント夫人の声と鼻腔をかすめる香り。
テーブルにはメイドたちの手で菓子が豊富に用意されていく。その中、カフカント夫人の視線が侍女に向く。
(おや。これはいい香り)
令嬢たちそれぞれの侍女が侯爵家のメイドから受けとったカップを主人の前に置く。わたしにもアステナが同じようにしてくれる。
音をたてないようソーサーを置き、流れるように手を引く。
「……」
横目で確認してから、カップを手にとった。
口に含めばやはり、素朴ですり抜けるような味わいが広がる。鼻を抜ける香りも爽やかでしつこくない。
「爽やかな香りですわね」
「ええ。すっきりとしつこくない」
「ふふっ。まさかカフカント夫人がこういった茶を振舞われるなんて」
耳がぴくりと動いた。
令嬢たちは楽し気に笑みを交わしている。カフカント夫人も主催者として皆を見守っている。
「ねえ、ロザロス夫人はどう思われます?」
「まあまあ。夫人はファルダ国のものがお好みに決まっているじゃない。ドレスもダンスも茶も当然」
「あら。まだ慣れないのですか? 私、心配です」
カップを傾け、軽く一口。
……やっぱりロドルス国のものは時折鼻に衝く。前世の感覚のおかげでおそらく他の獣人よりは強烈に感じないだろうけれど。
「あの、ロザロス夫人。合わないようでしたら――」
「非常に美味しいお茶ですね。カフカント夫人」
「あ、ありがとうございます」
「最初の一杯として、後の茶や菓子に影響しない素朴な味わいとすり抜ける香り。私の感覚にもさほど影響しない。よく周りにご配慮された一杯、とても美味しくいただけます」
にこりと笑みを向けて言うと、カフカント夫人は僅か目を瞠ってわたしを見つめた。それに対する他者の反応はまあ、反獣人派らしいもの。だから気にしない。
「ロザロス夫人は、とても感覚が優れていらっしゃいますので……」
「お心づかい嬉しく思います」
きゅっと膝の上で手を握り合わせ、落ち着かないのか視線を合わせようとしない。けれど決して不快ではないようだと分かる。
それを感じつつ、令嬢たちへ視線を向けて微笑む。
「皆さまも、主催者としてのカフカント夫人のご配慮に感心なされたのでしょう? カフカント夫人がこういった茶を振舞われたこともご承知で」
「え、ええ。もちろん」
ぴくりと眉を微かに跳ねさせた令嬢が微笑んで頷く。その隣でこれまた令嬢が笑みを浮かべた。
「ロザロス夫人は私たちとは感覚が違いますでしょう? 私たちも驚くことばかりなのです。私たちにはできないこともおできになりますし」
「ええ。これまでも、奇術の類かと思うようなことで皆をあっと驚かせてくださいましたものね。夫人か……ご夫君の奇術かしら?」
「まあまあ。そういうものは皆を楽しませる使い方をしてほしいですわ」
「皆さま、よろしければこちらの菓子もどうぞ。近頃とても人気になっているものなのです」
くすくすと出る笑い声をさりげなく止めるようにカフカント夫人が皿を出す。「あら、ありがとう」と立場逆転が当然であるかのようにイーヴァ伯爵令嬢たちが菓子に手を伸ばす。
ハインとアステナの、黙して控える従者としての振る舞いは見事だが、二人とも僅かに空気が変化している。
(……カフカント夫人の侍女も同じ)
さりげなく周囲の反応と態度も観察しておく。
「私たちもとても驚いたのです。まさか二十年後にいきなり守護獣が顕現するだなんて」
「ええ。なぜ今になってと、社交界ではもちきりの話題です」
「実は最初からいたのではないか、なんて話まで」
声を右から左へ流しつつ、紅茶を一口。
(なるほど。ギルベールが故意に守護獣を隠していたと。ギルベールは隠し事をよく思われない立場だ。それに、奇術扱いしてギルベールがロドルス国よりファルダ国に近いと思わせると)
令嬢たちがきゃっきゃと話を進めながら、次の紅茶を用意させていく。
紅茶はそれぞれの侍女が侯爵邸の厨房を借りて淹れている。わたしが持参したそれもアステナが侯爵邸のメイドたちと淹れてくれるだろう。
(っ、この茶は香りがきつい……)
「私が皆さまに振舞わせていただくのは国内有数の茶葉ですわ。皆さまにぜひ味わっていただきたくて」
「まあ。私これほどの茶は初めてです」
「皆さまに振舞うのだもの。これくらいは当然です。ねえ? カフカント夫人もそう思われるでしょう?」
「とても美味しいお茶ですね」
イーヴァ伯爵令嬢がカフカント夫人に向けた視線。それに答えたカフカント夫人の手が膝の上で微かに震えているのを見た。
(これが高級茶か……。あまり飲みたくないな)
獣人でなければ素晴らしい茶だと言えたかもしれない。が、獣人には少々きつい茶だ。
が、それを表に出すつもりはないのでささっと一口飲んでしまう。
「どうです? ロザロス夫人」
「とても美味しいわ。だけど一つ後学のために」
「……なによ」
「獣人には出さないほうがいいわ。――香りが強い」
イーヴァ伯爵令嬢が僅か眉根を寄せた。取り巻き令嬢たちも顔をしかめる。
「……私の茶が飲めないとおっしゃるの?」
「今後は注意したほうがいいと言っただけ。おっしゃっていたでしょう? 感覚が違うのだと」
「イーヴァ伯爵令嬢。獣人にはこの茶の香りが理解できないのですわ」
「ええ。そういえば、ファルダ国産の茶なんて聞きませんし、茶を嗜むことに慣れ親しんでおられないのではないかしら?」
不快に混ぜた嘲笑。反獣人派の集まり上なにを言ってもこうなることは解っているから、さしてどうとも感じない。
それより、口直しが早くしたいな。
「イーヴァ伯爵令嬢を不快にさせてしまったようですし、詫びにわたしの茶を振舞いましょう。――アステナ」
「承知しました。奥様」
わたしの後ろで黙して控えていたメイドが、背筋を正して毅然と答えた。




