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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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115/125

28,楽しむ? ……まあ、楽しみですけれど

 ♢




 公爵家の馬車に乗り、屋敷の門を出る。からからと車輪が音をたて、整えられた道を進む。

 公爵家の木々も夏の盛りを迎えている。今度また騎士たちと一緒に整えることにしよう。


 今日もまた社交のために外出だ。

 出かける先はカフカント侯爵邸。先日の御前試合の折に声をかけてきた令嬢の生家であり、侯爵夫人が今日の茶会に招待してくれた。


 カフカント侯爵家。ロドルス国では名のある名家の一家であり、侯爵は御年六十歳。

 政治的立場としては中立を貫き、王都がある王領の西に持つ領地は海にも面しており、豊かで運営も問題ない。跡取りの息子もまた城に勤めつつ侯爵同様の立ち位置をとっているという。


『特段、主サマの敵になるような家ではないと思いますよ。気になる噂はありますけど、それ以外はとくに問題もないみたいです』


 調べあげたゼノンはそう言っていた。

 夜会などの社交の場ではわたしも侯爵を見ているし、そういう印象を持った。とはいえ、敵か味方かの判断はまだ下せない。


(侯爵に関しては一つだけ気になる話もある。それに――……)


 頭の中でぱらぱらと紙が捲られる。

 それを知る手がかりとしてもいいかなと思い、今回の招待を受けることにしたという点もある。

 とはいえ、おかげでギルベールには渋い顔をされたが。


『……カフカント侯爵は中立的で、獣人に蔑視はないと思うが……。本当に行くのか? 他の招待客には反獣人派もいるんだろう? というか……そんな者ばかりだとハインから聞いたが?』

『行く』

『……やめないか?』

『行く』

『……やはりこいつを見張りに――』

『うぎゅ!? うぎゅ―!』


 いつぞやのような問答を繰り返すことになったが、まあ、中立派と違ってギルベールが心配するのも無理はない。

 今回の茶会に親獣人派はいない。言ってしまえば敵の中に飛び込むもの。


(ふむ。ギルベールに心配されているということか。それもまた悪くないかな)


 意外とギルベールは心配症だな。わたしにそんなものは不要だというのに。

 少しだけ尻尾がゆらゆら揺れてしまうわたしの前で、ハインが怖い顔をしている。


「奥様。くれぐれも、くれぐれも、大人しくなさってください」

「分かっている」

「……本当ですか? ギルベール様がたいへん憂慮なさっておられました。奥様がなにかしでかさないか心配でたまらないと」

「なんと」


 ギルベールめ。わたしのちょっといい気分に水を差すとは。

 ちょっとむっとしてしまうわたしを見てなにを思ったのか、ハインがぎろりと睨むような眼光でわたしを見る。


「ギルベール様のご迷惑になるようなことはくれぐれも――」

「くれぐれもしない。わたしは迷惑になるつもりはない」

「……でしたら、よろしいのですが」


 今日の同行者はハイン、侍女代理として先日のギルベールの守護獣の訓練にも同行してくれたアステナが一緒だ。

 リアンを供にさせてもよかったが、御前試合の折にカフカント令嬢と少々面識を持ってしまったし、反獣人派ばかりの中で落ち着いて行動できる者がよかった。……リアンは日々頑張ってくれているがまだ大人とは言えない。

 それに、今回アステナを選んだのにはちゃんとした理由がある。

 加え、集まっている者たちが者たちだからこそ、ギルベールはわざわざハインにまでわたしへの同行を命じた。……半分はお目付け役だろうが。


「アステナ。集まり上、あまりいい気分にならないかもしれない。君自身へなにかしらが返ることもあるだろうが、しかと務めてほしい」

「はい。大丈夫です。誰がなにを言おうとも私たちは奥様がどのような御方か存じております。羽音など気にしません」

「ははっ。頼もしい」


 背筋を伸ばしてハインの隣に座るアステナの態度には、ハインもあまり心配はしていないようだ。

 しっかりお目付け役の任務を果たすことにしたのだろう。ハインは改めて背を伸ばし、わたしを見る。


「本日は私とアステナがお傍につきますので、気になることがあればすぐにおっしゃってください。……中立派のカフカント侯爵側がわざわざ反獣人派を集めて、その中に奥様を招待したこと。あまりいい気がしません」

「だからこそ、だろう。カフカント侯爵側に心変わりの気があれば、それはわたしにとって重要事項だ」


 中立派の動きには目を光らせておく必要がある。どちらに傾くかで全体の均衡が崩れる。

 今はまだ陛下が獣人を擁護するようにふるまっているから、親獣人派に少々の分がある。しかしひとたび問題が起これば、陛下の下す裁可で均衡に影響が出る。そうなるとわたしも動きがとりづらくなるし、ギルベールがどう見られるかもまた変化が訪れる。


 さて、何があるのか。

 警戒よりも少しだけ感じる高揚感。これはいけないなと思っていると、馬車は歩みを止めた。


「カフカント侯爵邸に着きました」


 扉の外から御者君が声をかけてくれる。それを受けてアステナ、ハインが外に出た。

 ハインの手を借り、わたしも馬車を降りる。目の前にある屋敷を見ても一切、気圧されることも緊張を抱くこともない。


 屋敷の前に、後ろにメイドを従えながらわたしを出迎える一人の女性がいた。

 年齢はわたしと同じ十七だそうだ。薄めの化粧を施している、どこにでもいるような平凡的な女性。落ち着いた色合いのドレスは彼女に楚々とした印象を与える反面、実年齢よりも大人びた見目だと感じさせる。


 その人はわたしを見て礼をする。


「ようこそお越しくださいました、ロザロス夫人。お待ちしておりました」

「出迎えありがとう、カフカント夫人」


 目が合って、カフカント夫人は少しだけ瞼を震わせた。なにかを言おうとして、けれど後ろに控える使用人たちを気にしてか、それが音になることはない。


「ご案内いたします。どうぞ」


 結局それだけを口にし、身を翻す。その後ろにわたしも続く。


 どこの屋敷でもそうだが、やはり獣人という相手に視線はさまざまだ。

 カフカント侯爵は中立派であるが、使用人たちは王都民寄りだと感じられる。そんな中を歩くが、ハインもアステナも一切気にせず動じていない。


 案内されたのは庭にあるガゼボ。適度に日射しを遮る屋根の下、数名の令嬢たちが集まっている。後ろに控えているのは侍女だろう

 身分上わたしが最後の客だ。すでに集まっている者たちはわたしに気づいたが、澄ました表情で立ちあがる様子もない。

 本来ならそれを咎めるのが主催者であり侯爵夫人であるカフカント夫人だが、気弱な性格なのか、口にしようとして、けれどできずに止まる。


(招待客はカフカント令嬢、イーヴァ伯爵令嬢、キルベルン伯爵令嬢、ミルフレン侯爵令嬢――……反獣人派の主だった家の令嬢たち。夫人はわたしとカフカント夫人だけ。……身分もなにもあったものじゃないな)


 気弱な侯爵夫人と獣人の公爵夫人。敬意を払う相手でもないということか。


(しかし、なるほど。ゼノンとアランの調査どおりだ)


 ハインとアステナを後ろに控えさせ、わたしは席に座る。これで全員が揃ったのだろう、カフカント夫人も席に座る。


 ……少々以上に空気が悪い。けれどそれを顔に出すことはない。

 場を取り仕切るカフカント夫人が皆を見てから口を開く。


「本日は皆さまお集りくださってありがとうございます。お伝えしていたとおり、本日は皆さまで持ち寄った茶を味わう場にしたいと思います」

「皆さまがどのような茶葉を持参なさったのかとても楽しみですわ」

「振舞うのですもの。それは相応しいものに決まっております」


 楽しみだと笑っているわりにその目は笑っているようには見えない。全く、呆れたものだ。


 今日の茶会の内容については事前に招待状に書かれていた。それぞれが茶葉を持ち寄り、皆に振舞う茶会とすると。

 わたしはそういう場は初めてだ。以前のティルズバーン夫人たちとのダンスレッスンのときは茶会も兼ねていたけれど、すべてティルズバーン夫人が用意してくれていた。


(持ち寄る場合には考慮しなければいけないこともいろいろあって面倒だ)


 ロザロス公爵家において、もっとも貴族のあれこれに精通しているのは当然ギルベールだ。

 しかし、ギルベールの社交とシルティの社交は少々違うところがある。女性たちの社交はその最たるものだろう。こういう場合、ロザロス家ではギルベールよりもハインが役に立ってくれる。


 ハインは生まれこそ辺境であり王都と馴染みはない。しかし、ギルベールが王都で暮らすことになった事情から、ギルベールを支えようとハインは動き回った。

 ギルベールの身の回りのことは当然、なにか力になれればと貴族家の情報や繋がりまで、側近としてギルベールの力になれるよう動いたらしい。


 そして、それはわたしにとっても有益なものになっている。

 ハインが知っている貴族家同士の繋がりや付き合い、仲の良さなども把握できているところがある。


(従者君もゼノンとアランのように育てればいい人材になるだろうに)


 いっそ山に放り込んでしまおうか。そう考えるけれど、頭の中のギルベールが「するな!」と必死にハインを守ろうとしている。……悩ましいが、ギルベールがそう言うならば引き下がるしかない。残念だ。






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