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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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27,苛立ちと報告

 ~*~*~*~*~*~






「なんなのよもうっ!」


 音をたてて棚から物が落ちる。私の後ろでその音にびくついているメイドも癪に障る。

 書棚から本を手に取って、思いっきりメイドに投げつけた。


「不愉快だから出ていって!」

「は、はいっ……!」


 外出着から着替えなくちゃだとか、そんなことも今はどうでもいい。

 腹が立って仕方ない。苛立ちを紛らわせたくて指を噛む。


(なんなのよもう。どこもかしこもロザロス家の話題ばっかり!)


 今の社交界はそればっかりで嫌になる。

 もとは、公爵とは名ばかりのロザロス公爵の守護獣から始まった話題だった。それがまさか陛下も同じだなんて話になって、挙句には辺境領での帝国兵との戦にロザロス夫人まで活躍したことが決め手になった。

 どの家でも話題はそればかり。称賛もあれば嫌味もある。


 称賛なんて、聞きたくもない。

 ロザロス公爵の守護獣は私だって社交界で視た。一見すれば可愛らしい姿かもしれないけれど、あの反逆者の息子で、しかも落ちこぼれの男の守護獣。どうせ大した力なんて持ってないに決まってる。


 私の周りにいる者はだれだって、これまでロザロス公爵を貶して嗤っていた。今だって結局は「守護獣を見せびらかして生意気な」「守護獣がいたなど、小賢しく隠していて我々を馬鹿にしていたのか」なんて言い合ってる。


(そうよ。今さら守護獣がいたなんて、そんなのありえない)


 産まれたときに傍に生まれる。それが守護獣なんだもの。

 そうじゃなくて二十年も経ってからなんて、そんなことあるわけない。そんなの守護獣じゃない。


(どうせ、あの獣女がなにかしたんだわ)


 思い出しても腹が立つ。


 獣もどきなんて野蛮な国の者。落ちこぼれと結婚なんて当時はそれは愉快な話題だった。

 どんな奴かと思って楽しみに待っていた。


 ――それが、微笑むだけでなにもできない、面白みのない獣だった。


 拍子抜けした。こっちがなにを言っても大して反応もしない。お姫様のくせになにも言い返してもこない。いつも黙ってるだけ。

 だけど、明らかにロザロス公爵とはうまくいっていない様は面白かった。それも当然。だって仲良くなんてできるわけがないもの。


(だったのに……)


 なんなの。あの夜会のダンス。

 あれを踊ってた二人の、見たことない、見つめ合う表情。

 それだけじゃない。サルヴァン夫人の輪の中でこれまで見せたことのない態度を見せた。こっちを馬鹿にしたような、生意気な態度。


 ――不愉快だった。

 ただの獣もどきが。守護獣すら持たない廃れた国の形だけの王女が。


(所詮は敗戦国のお詫びの品じゃないの)


 それが今になって動いている。

 ロザロス公爵を引き立て、社交界ではダンスや装飾にまでその存在感を出してこようとしている。


(腹が立つ……!)


 なんで今になってしゃしゃり出てくるのよ。大人しく、これまでみたいに黙って微笑んでいればそれでいいのに。


「こら。メイドにあたるものじゃない」

「お父様!」


 開けっ放しだった扉の向こう、扉に凭れるようにこっちを見るお父様がいた。

 叱られたことにはちょっと威勢も削られる。だけど、居ても立ってもいられなくて思わずお父様に駆け寄った。


「だって腹立たしいのだもの! あの獣女!」

「ああ、あれか。話題など今だけのものだ。あまり気にするな」

「だけど……。私やお父様がせっかくいろんな話題を出して評判を下げてきたのに……」

「滅多なことを言うんじゃない。もとからなんの価値もない者のそれを示しただけだ」


 そうだった。お父様に少しだけ叱られた私も頷く。


「ねえお父様。生意気なあの獣、なんとかできない?」

「そうだな……。今は難しいが――……そういえば、例の女はどうなってる?」

「……だめ。全然言うこと聞かないの」


 お父様が何かを考える顔をする。私はそれを待つ。

 お父様もロザロス公爵やあの獣をあまりよく思ってない。だから、きっといい考えをくれる。これまでだってそうだったもの。






 ~*~*~*~*~*~






 ぱらぱらと資料を捲る。そこに記されていることすべてを頭に入れていく。同時に耳を働かせることも忘れない。


「――ってところだな。ざっくりだが、ロザロス公爵をよく思ってる奴はまあ少ない。今回の守護獣だの主サマの戦闘だので評判はさらに割れた」

「だろうな。守護獣でギルベールを図っていた者たちにとっては、実は守護獣がいましたでも口の動きは変わらない。態度の変化が出たのは主に中立派だろう」

「中立派、親獣人派では今後への期待が見て取れますが、反獣人派は不満と怒りを募らせています。公爵がなにか手を使って守護獣を隠していたのではないか、と」

「ははっ。正直でよろしい」

「それを軽く笑ってるあんたもあんただ……」


 公爵邸のわたしの私室。そこにいるのはわたしの密偵であるゼノンとアラン。

 二人にはいろいろと調査を頼んでいたが、今日でやっと頼んでいた多量仕事に区切りがついた。それもあってゼノンは解放されたと言いたげに伸びをする。


「くぁぁっ~。やっと終わったなあ、アラン」

「ああ。……なかなか骨の折れる仕事だった」

「そりゃそうだろ? 優先度の高い貴族家に加えて騎士団師団長格の家族構成、属する派閥、公爵サマへの態度と獣人への評価、現政治への姿勢、その他諸々を一か月で調べ上げろってどんだけこき使う気だって話だよ」

「そう言いながらちゃんとやってくれたじゃないか」

「やんなきゃどんな罰課されるかと思ってびくびくしてましたけど?」

「罰? 考えてなかったな。わたしの密偵はこれくらいできる者だと知っている」

「お、おう」


 非常に不満の強そうだったゼノンの表情がちょっと変わった。素直でよろしい。

 そんなゼノンの足元では一匹のネズミが大人しく待機しつつ、ゼノンを時折見上げている。彼の守護獣だ。

 光属性の守護獣で、その小さな身でゼノンを先導するように他家へ侵入することも容易いという。ゼノンは「光属性だし大した力はない」と言うが、密偵仕事に小型守護獣は非常に使い勝手がいい。


「主。他に仕事は?」

「数日休みにしよう。アラン、ロイジーと町にでも行ってくるといい。公爵家からも護衛を出そう」

「……いいんですか?」

「ああ。数か月、ロイジーから楽しみと君との時間をとってしまったからな。詫びだ」


 ロイジー自身も仕事を覚えることや慣れない生活で大変だっただろう。唯一の頼れる肉親をわたしが使っている上、ロイジーはアランの仕事については知らない。

 リアンという友人ができてはいるが、やはり家族が相手であるときとは違うはずだ。


「ありがとうございます」

「主サマ。俺は?」

「アランとロイジーを守るために君に協力してもらう」


 二人がこてんと不思議そうな顔をする。

 アランとロイジーを町へ送り出すのは簡単だ。肉体的攻撃からは公爵家から出す護衛騎士でも対処できる。しかし、そうではない部分がある。


「君たちの元雇用主に居場所を悟られても面倒だ。どうせいずれはばれるものだが、今はまだそれは延ばす」

「で、俺にどうしろと?」

「光属性の力は使い方次第で非常に便利なものになるんだ」


 にこりと笑みを向けるとさらに二人の顔が不思議そうになった。


「休みが明ければ次の仕事だ」

「はい」

「あいよ」






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