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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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24,先取りの手巾

 ダンスの練習を終え、再び皆でテーブルを囲む。

 ファルダ国のダンスを練習してみて、やはり国同士の違いを感じた人が多いようだ。シルティもそういう点は日記に記していたからわたしも頷きながら聞くことができる。


「ロザロス夫人。ファルダ国のダンスにずっと慣れ親しんでおられたのですから、やはり、ロドルス国のダンスは難しいと思われたのですか?」


 まだ社交界にデビューしたばかりのような年頃、十代前半の令嬢がわたしを見て言う。それには年上の令嬢が「ハリストン令嬢」と窘める。


 シルティの初めてのロドルス国でのダンスを知っている者はその話題を主に笑い話として用いる。

 ティルズバーン夫人たちにそのつもりはないし、だからこその令嬢の制止だ。ハリストン令嬢は二年前のシルティに馴染みがないのかもしれない。


 下手をすればわたしへの嫌味ととられかねない言葉に、ティルズバーン夫人はちらりとハリストン令嬢に一瞥を向けた。

 窘められて少し拗ねた顔をするハリストン令嬢にわたしは笑ってみせた。


「ええ。とても難しいと感じたわ。ファルダ国のダンスに馴染んでいると、まるで池の中を泳ぐように感じて。森を走るとは違うのね」

「まあ。それは全く別物ね」


 笑いを混ぜて言うと婦人たちからも笑いがこぼれた。

 ファルダ国なりの表現には令嬢たちも少し驚いた顔をしてから笑いだす。おかげで場の空気が軽くなった。


「ふふっ。では泳ぎ方を教えてくれたのは、やはり公爵様かしら?」

「泳ぎ方と走り方を教え合う時間は互いに向き合えるいい時間になります」

「夜会でのお二人の息の合ったダンスに納得だわ」

「ええ。本当に」

「そんな親密な仲を一切見せずに突然ダンスで披露してくださるなんて。夫人も公爵様もわたしたちを驚かせるのがお上手なこと」

「ふふっ。わたしのお願いです」


 皆から笑みがこぼれる。

 わたしとギルベールの仲を非常によいと思ってもらえるのは嬉しいことだ。


(これからもっとわたしとギルベールのいい仲を見せつけていこうかな)


 それはそれで楽しい。今からとてもわくわくする。

 ……のに、頭の中で「しなくていい!」と叫んでいるギルベールがいる。いつもの反応だから気にしないとしよう。


「そうそう。実は今日、皆さまに贈り物があるのです」


 軽く手を打って笑みを浮かべる。そうするわたしに皆の視線が集まった。

 控える侍女たち、その中にいるリアンがわたしの視線に気づいて静かに近づいてくる。


「以前、皆さまがご興味を抱かれたファルダ国の刺繍。あれはこちらの国での取り扱いがまだありませんが、せっかくですから」


 手荷物から一枚の手巾を取り出し盆に置く。リアンはそれをティルズバーン夫人に差し出す。


 折りたたまれて柄が見えるよう置かれたそれは、数輪の花と飛ぶ蝶の模様。立体的な刺繍はそうそう再現はできない。


 それを見た婦人令嬢たちも感嘆の声を上げる。


「まあ……! なんて綺麗」

「素敵です!」

「肉厚な花びらと今にも飛びそうな蝶。印象が異なる二つをとても素晴らしく再現しているわ」


 皆さま喜んでいただけたようでなによりだ。


 受け取ったティルズバーン夫人も嬉しそうな顔をし、他の方々もリアンから同じものを受け取り喜色をみせる。喜んでもらえるのは嬉しいものだ。


「これほど素敵なもの、よろしいの?」

「もちろんです」

「もしかして、わざわざファルダ国から取り寄せて……?」

「布地は辺境領で、刺繍はわたしが施しました。これでも得意なのです」

「「「まあ!」」」


 辺境領に赴いたとき、戦後には町に出る機会があって散策に出た。そのときに出会った獣人の商団。

 彼らは布地を扱っていて、そのときに閃いたのがこれだった。だから手巾に相応しいものをヒュリオスのスワダント商会を通して送ってもらった。


 刺繍はシルティの体が憶えている。姫君であったシルティだけれど、生活していくために必要な技術は一通り身についている。


「夫人がわざわざこれほどのものを……」

「嬉しいわ。ありがとう」

「ふふっ。私たち、これからの流行りを先取りしてしまったかしら?」


 そういう婦人や令嬢たちも笑い合う。それにはわたしも笑みがこぼれた。

 さすが、わたしがこれから何をしていくか、あの夜会からしっかり頭に入れている方たちだ。


「今後こういった品はファルダ国から入ってくることになるでしょう。ですが、今皆さまに贈りましたその手巾は、わたしが作ったという証をしっかり残してあります」

「それは素敵な特別品だわ」


 この国で最初にできあがったファルダ国所縁の品。それもファルダ国の姫の手製。

 国としての第一号なんてほどの価値はないが、先取りという形にはなれる。印がつくというのはさらに特別感を演出できる。


 茶会に参加するという人数分をせっせと刺繍した。これはメイドたちの前でやっていたことだから屋敷の者たちも知っている。

 就寝前のひとときに談話室でギルベールの前でもやった。シルティが見せない姿だったのかそれともファルダ国の刺繍が珍しいのか、わたしの手元をじっと見ていたりした。なかなか楽しい時間だった。


(まあ、本当の第一号はギルベールにあげたんだが)


 驚き戸惑いつつも受け取ってくれた。シルティの心なのかわたしの心なのか、嬉しく感じたものだった。


 ファルダ国のダンスの練習のため時折時間をつくろうということになり、その日の茶会は解散となった。

 わたしも屋敷の前に停めてもらった馬車に乗り込む。だけれど、そこをティルズバーン夫人に呼び止められた。


「ロザロス夫人」

「なんでしょう?」


 背筋を伸ばして品良く、わたしの側までやってきたティルズバーン夫人は周囲を気にして少しだけ声を潜めた。


「夜会のことやあなたが戦場に出たこと。獣人を快く思わない方々には非常に面白くないようだわ。お気をつけて」


 談笑でみせた温厚な笑みが今は真剣で少し硬いものに変わっている。ティルズバーン夫人もまたそんな者たちの動きを警戒しているのだろうと感じさせるには充分すぎだ。

 背筋を伸ばし、ティルズバーン夫人に感謝の礼を。


「ご忠告感謝いたします。気をつけます」

「ええ」

「獣人をよく思わぬ方々がいるのは仕方ないことです。ですが、ティルズバーン夫人のように、こうして茶に誘い、文化を知ろうとしてくださる方もいる。わたしはそれで充分です」

「……ありがとう。そう言ってもらえてほっとするわ」


 改めて礼をし、わたしは馬車に乗り込んだ。

 ロザロス公爵邸までの道のりを馬車は進む。窓の向こうに流れる風景に視線を向けた。






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