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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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23,ダンスレッスン

「時間通り。皆さまそろったことですし、まずは私から皆さまに一杯を」


 ティルズバーン夫人の合図で公爵家のメイドたちが動きだす。

 夫人が用意したのだろう茶をカップに注ぎ、それぞれの前に出す。


 わたしの鼻につくような香りはない。手に取ってまずは軽く香りを楽しむ。それから口に含んだ。


「とても美味しいですわ、ティルズバーン夫人。さすが夫人がお選びになられた最初の一杯です」

「そう言っていただけてよかったわ」


 令嬢と夫人が笑みを交わし、他の令嬢や婦人たちも微笑んでいる。


(最初の一杯は突出したものでないほうがいいのか……)


 客に茶を出すとなれば茶葉の選定などもたいへんだろう。良質なものをと考えがちだが、ちらりと目を向ければテーブル中央にはスイーツの数々が置かれている。

 こういうものの邪魔をしないもの、というのも好まれるのだろうか……。


「あの……ロザロス夫人」

「なにかしら?」


 思考から引き戻す声を受けて顔を上げる。視線の先には声をかけてくれた令嬢がいる。

 しかし、わたしは他貴族にあまり詳しくない。ギルベールが教えてくれた限りで分かるところもあるが、ギルベールの狭い人脈ではすべては把握できない。


 ティルズバーン夫人の周りにいる令嬢や婦人たちの顔は夜会である程度覚えたが、名前までは知らない者もいる。

 目の前の令嬢もその一人。しかし、わたしを見る目に嫌悪や軽蔑はない。どころか、どこか心配そうに眉を下げる。


「その……戦に出られたと聞きましたが、大丈夫でしたか?」

「心配してくれてありがとう。傷ひとつ負っていないから大丈夫よ。騎士の皆さまもとても素晴らしい活躍で、ロドルス国の安泰が実感できたわ」

「夫人は戦場に出られたのですよね?…… 恐ろしくはないのですか?」

「ええ。ロドルス国から見れば驚いて受け入れがたいことかもしれないけれど、わたしの生国では自然なことなの」


 ロドルス国では女性騎士という存在はない。女性でも騎士にはなれるが、女性王族に仕えるという限定的な立場だ。戦場に出るような騎士団の者としての職に就くことはできないらしい。

 ファルダ国ではそうではない。獣人として身体能力に優れている彼らはそのあたりの区別がない。頼もしき女性騎士という存在はシルティの護衛としても、戦場に出る騎士団の騎士としてもいたらしい。


「国が違えば違うものですね。女性には相応しくないなんて言う声もありますけれど……」

「獣人という種も関係しているのでしょう。それに、家庭内では男性が女性の前で身を縮める、というのもファルダ国ではよくあることです」

「あらあら。ふふっ」


 それぞれの家庭があるだろう。聞くこともあるのだろう。婦人たちが心当たりがあるように笑う。


 ファルダ国家庭像はシルティの経験談だ。――なにせ、両親である先王と王妃がそういう関係だったようだから。

 シルティの情報本に書かれていた、ファルダ国での日々の思い出。その中に記してあった家族の話は非常に微笑ましいものだった。


「ファルダ国……。隣国なのに知らないことばかりね」

「生まれ育った国のあたりまえは他国では驚愕とされるもの。……国は大きな籠のようなものです」

「そうね。――皆も、広く物事を見て、多くの視点で判断できるようになってちょうだいね」

「「「はい」」」


 ティルズバーン夫人の物事の見方が派閥にも影響を与えているのだろう。今のそれはいい方向であるといえる。


 少しの茶を楽しんだ後、ティルズバーン夫人が軽く手を叩いた。


「さあ。ではそろそろ、ロザロス夫人からファルダ国のダンスを教わりましょうか」

「「「はい!」」」


 そう。今回のお茶会の目的はこれだ。

 夜会での約束から、それは今後の社交界の流れを考えて早めにと調整していたが、わたしが辺境領の戦に出ることになり、ティルズバーン夫人が改めて日程を調整し直してくれた。


 隣室はダンスが踊れるほどの広さのある部屋になっている。そこに皆が集まり、わたしがダンスを教えることになっている。


「ファルダ国のダンスはロドルス国とは異なり少々動きに激しさがありますが、その躍動感が大きな特徴であるともいえます。密着したまま体を回転させるという動きは、獣人が持つ尻尾という特徴からあまりありません。ステップは軽く、なんなら跳んだって男性は応えてくれます」


 冗談交じりに笑いながら言うと令嬢たちも笑う。

 説明しながら軽く動く。婦人や令嬢たちの視線がわたしに向いている。


 ダンスを教える。その話になったときから、わたしなりにシルティの体が憶えている動きを繰り返した。ギルベールもなにか思うことがあったのか「ファルダ国のダンスを教えてくれないか?」とわたしに言ってきたほどだ。互いに練習できるいい機会になった。

 シルティの体が憶えている動き。わたしが会得すべき動き。同じようで異なるこれを身につけるのは大変だった。身体の使い方をうまく切り替えればなんとかこなせるが、いつかそれもわたしとしてちゃんと行いたいものだ。


 ひとまず教えられる程度にはわたしも覚えた。今日はそれを教授していく。


「――あっ」


 とある令嬢がバランスを崩して転倒しかかったのを、背に腕を回して抱きとめる。

 ファルダ国のダンスの動きは慣れないと少々難しい。練習で転倒してしまうのも無理はない。


「大丈夫?」

「――っ、は、はいっ」

「足を挫いていないか、念のためゆっくり動かしてみるといい。痛みはないか?」

「だ、大丈夫です……!」


 立ち上がっても問題ないようだ。よかった。

 わたしはほっとするけれど、どうにも令嬢の動きが少しそわそわとしてしまっている。……なにか問題があっただろうか? そう思って見つめているとさらにそわそわとさせてしまっているようで、離れて見守っている侍女たちの中にいるリアンから「はうっ。奥様またやっちゃって…!」なんて声が聞こえた気がした。

 なぜかティルズバーン夫人まで「あらあら」なんて笑って言うからこちらも解らず困る。


「ロドルス国ではあまりない動きですから難しいでしょう。いくらでも手はお貸ししますから、どうぞご遠慮なく」

「あ、ありがとうございます……!」


 微笑ましい眼差しを向けている婦人たちがいたり。どこか楽し気な明るい空気が漂う令嬢たちがいたり。


(……まあ、いいふうに交流できているなら、それでいいかな?)






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