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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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22,似たもの主従からの、くれぐれも

 ~*~*~*~*~*~






「ではいってくる」

「くれぐれも、くれぐれも、なにも起こさないでください」

「従者君。だんだんギルベールに似てきたな」

「奥様にはだれでもこうなると思います」


 目の前の非常に渋面な顔に笑うと、さらに眉間の皺が深くなった。今朝の出勤前のギルベールと同じ顔だ。主従は似てくるものらしい。


 今日はわたしに予定がある。ギルベールも把握しているからこそ今朝はずっと渋面顔だった。しまいには「やはり守護獣を見張りにつけたほうがいいか……?」「うぎゅ!?」と守護獣と話し合いまで始めていたほどだ。守護獣に強く拒否されていたけれど。


 公爵家の馬車に乗り込んで出発する。今日の供はわたしの侍女に一番近いともいえるリアン。

 出かける先が先なのでただのメイドに供をさせるわけにはいかない、というのがハインの言い分だ。そのあたりのことはよく分からないのでハインに人選は任せた。


『こういったことはファルダ国では気にしないものなのですか?』


 逆に怪訝とされたので、曖昧に誤魔化しておいた。わたしはそういったことには詳しくない。

 ともかく、他者の屋敷へ出向く際は信頼のおける者を供にするのがいいというのは理解した。


(出先で何かあれば家としても問題である、というのもあるのだろう)


 貴族社会ともなると、いつどこで何が起こるか巻き込まれるか分からない。警戒して身を固めることも、相手への礼儀も大事なことだ。

 ……そういったこと、前世のわたしは毛程も気にしていなかったからな。というか、ほぼほぼ一人旅だったし。


「リアン。なにかと供をさせてすまない」

「いえ! 私もまさかこんなふうに働くことができるなんて思ってもいませんでしたが、今がすごく充実してます!」

「ならよかった」


 にこにこと笑顔で、それでいて充実感を感じているのがよく分かる。そうして過ごせるというのは貴重なことだ。


「……そろそろ専属の侍女を考えたほうがいいか」

「! 立候補します!」

「ははっ。やる気でよろしい」

「ファルダ国ではどのような方々が侍女だったのですか?」

「非常に優秀な者たちだったよ」


 ……王宮勤めの者たちだ。きっとそうだっただろう。


(シルティの侍女……知らないな)


 情報本にそれらしい名前は記載されてあった。思い出話にもちらちらと名前はあった。けれど人物像までは解らないし、シルティと日頃どういうふうに接していたのかも分からない。

 ……こういうときは記憶がないことが少しだけ厄介で面倒でもある。


 ……だが、なくてよかったと思わなくもない。

 シルティ自身の心の痛みも。ギルベールへの痛みも。記憶があれば今以上に強く感じただろう。


「それより、わたしが町へ出るときに供をさせて、ご家族になにか影響はなかった?」

「はい。大丈夫です。両親も兄姉も私がメイドに昇格したって聞いたらすっごく驚いてくれて。そうなると思ってなかったみたいです。えへへ。ただのパン屋の娘ですし」

「生まれがどこであれ、良い点があれば報いるのが当然だ。リアンは日頃からよくやってくれている。素直で元気で頑張り屋だ。わたしの側につくことが増えるからと執事君からもいろいろ教わっているんだろう? パン作りも菓子作りも上手でとても美味しい」

「あ、ありがとうございます! 奥様に褒めていただけるなんて照れちゃいます」

「明日はタルトがいいな」

「お任せください!」


 とんっと胸を叩いてくれるからわたしも非常に心が軽くなる。

 リアンのこういう素直なところはいいところだ。そんな姿には自然と笑みが浮かんだ。






 今日の予定は、ティルズバーン公爵邸でのお茶会だ。


 わたしがシルティとして出席した初めての夜会で出会った人々。その中で中立派筆頭派閥ティルズバーン公爵夫人と同派閥の令嬢婦人たちと交わした、ファルダ国のダンスを教えるという約束を果たすため今回はお邪魔することになった。同時に親睦を深めるお茶会をすることになっている。

 だからギルベールも止めるに止められなかった。非常に渋々な表情ではあったけれど。


『ティルズバーン公爵は陛下の施策にも中立的で、あくまで国益を考える人だと思う。夫人も、派閥のどうこうよりも公爵の考えに近いと思う。……とはいえ、余計なことはしないように』


 最後には何十と聞かされた言葉をつけて教えてくれた。

 わたしもギルベールの考察におおむね同意する。ティルズバーン公爵は特別ギルベールと親しくするでもなく、かといって邪険にするでもない態度をとっていた。夫人はこれまで『シルティ』にも親しく声をかけてくれたようだし、かといって肩入れをするわけではない。


 サルヴァン公爵夫人の派閥が反獣人派。妃殿下の派閥が親と中立の混ざり、とするならば、ティルズバーン公爵夫人は中立派だ。

 敵にすれば反獣人派派閥が大きくなり勢力図が変わり、親獣人派となれば派閥の均衡は比較的安定する。……非常に厄介な問題だ。


(まあ、わたしとしては反だろうが親だろうがどちらでもいい。……とはいえ、味方ではなくも敵にならないようにはしたいな)


 獣人やわたしにどうである、という態度はさして大事ではない。わたしが敵とする者の基準と判断は別だ。

 派閥や社交界での関係というものは利用できることが多いだろう。そういうところを考えればあまり敵は増やしたくない。ただでさえ反獣人派はわたしにとって敵が多い。


 考えていると馬車はティルズバーン公爵邸に到着した。一度馬車は止まり、門番とのやりとりの後再度進む。

 ちらりと窓の外を見れば整った車道が見え、脇を固める木々やその合間から見える庭も人の目に触れても問題ないよう整えられているのが見て取れた。


(……なるほど。これが公爵家か。ロザロス家とはやはり違うな)


 ロザロス家は使用人の手も少なく、庭師も高齢であるからギルベールも完璧を求めない。

 その理由としてあるのは、ロザロス家には滅多に客が来ないということだろう。とはいえ、客人が通る場所の手入れはされている。それでも一人の庭師ではやはりどうしても手の届かない場所が出てくるのは仕方ない。他家に比べれば手入れは行き届いていないだろう。


(ロザロス家は騎士の手もあるから、まあいいか)


 以前、庭の木々を整える手として騎士たちを使った。その守護獣の力を主に庭木の手入れに使わせたが、なかなかにいい鍛錬になった様子だった。わたしもいろんな属性の力を見ることができて有意義だった。


(他家の様子を見ることができるというのもいいな)


 ロザロス家だけを知っている、そんな狭い世界ではいけない。広く見なければあらゆる物事の先を見据え、ギルベールを幸せにすることなどできない。

 なにかを為すにはまず情報、そして力が必要だ。無駄な情報などなにひとつない。


 屋敷前で止まった馬車の扉が開き、外に出る。

 目の前にはロザロス邸と同等に荘厳で威風ある建物。……周囲はともかく屋敷自体はロザロス邸と遜色ないな。ロザロス邸は仮にも王弟に与えられた屋敷だし、ティルズバーン邸は歴史とこれまでの国への貢献の証だろう。


 ざっと屋敷を一瞥で把握すると、わたしの前に一人の執事らしい男性が歩み出てきた。


「ようこそおいでくださいました。ロザロス公爵夫人。私がご案内いたします」

「お願いします」


 当たり障りなく、にこやかに。

 ここからはギルベールの妻である公爵夫人として。


 歩き出すわたしの後ろを手荷物を持ったリアンが続き、屋敷へと足を踏み入れる。

 すでに参加者は集まっているのだろう。動き回るメイドの姿がちらちらと見える。そしてそんなメイドたちは、わたしを見てそっと壁際に下がって頭を下げる。


(認めて僅か顔をしかめる者が多い。だが、あからさまな者はいない)


 他家に来ればどうしてもわたしは目立ってしまう。今のロザロス邸が日々の光景すぎて逆にこういうものは新鮮だ。


 執事の案内を受けて通されたのは、複数人で囲めるテーブルがある部屋。客人を招いて使うのだろうその部屋にすでに招待客が集まっている。

 わたしはこれでも公爵夫人であり、夫であるギルベールはいろいろとあれど王家との繋がりが強い。社交界ではないがしろにされがちだが、陛下は弟ジルベールの罪をすでに処罰し、その上でギルベールを今の立場に留めているから、それに則るのが筋である。


『もう出発なさるのですか? 奥様の立場上、赴くのは一番最後になるようにするべきです。奥様より遅くなる場合は相応の理由を述べるものであり、公爵夫人を待たせるとなると無礼と言われかねませんから。……ファルダ国にはこういったマナーはないのですか? まさか……無視してきたわけではないですよね?』


 なにを想像したのかは問わずにおいた。ハインはだんだんギルベールに似てきていると思う。よくない影響だな。


 しかし仕方ない。この枠にかちりとはまるつもりはないが、壊すときだけ壊せばいいだろうし、壊しすぎればなにかと目の敵にされ調和を乱す者とされかねない。

 そうなればティルズバーン夫人だけでなく、フィリーシア妃殿下とも溝ができる可能性がある。それは避けておきたい。


「ようこそ、ロザロス夫人。皆さまと楽しみにお待ちしておりましたわ」

「ごきげんよう、ティルズバーン夫人、皆さま。此度のお招き嬉しく思います」


 身体が動く。スカートを軽く持ち上げ、片足を少し下げてもう片足の膝を軽く曲げる、腰を落とす。

 シルティの体にしみ込んだ動きだ。こうした動きをわたしも習得できるよう、日々訓練中である。


 ティルズバーン夫人の招きに応じて空いている席へ座る。リアンは他の招待客の侍女たちと同じように少し下がって控える。……ちらりと見れば、他の侍女が自分より年上な上、慣れない場所と空気にリアンが緊張しているのが分かった。年相応でよろしいことだ。






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