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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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21,泣かないで、皆失神するから

 陛下もまた周囲に己の守護獣の姿を視せた。俺と陛下だけが持つ守護獣を公にすることは今後を見据えてのものであることは充分に理解するし、俺が二十年間周囲から向けられたものや陛下が抱えていた苦労はなかなか理解されるものではない。


 しかし、陛下が俺に対して同じ境遇の仲間であるかのように振舞うのは話が別だ。

 そうなると陛下がこれまで貴族や重鎮を抑えて為してきたことがすべて、水の泡になりかねない。

 俺は反逆者王弟の息子だ。それでいいし、それ以上は求めない。


 ――ただ、陛下の治世の迷惑にはなりたくない。

 俺はただ、忠を尽くすだけだ。


(陛下も解っておられるだろうに……)


 内心で息を吐く。

 だからといって俺がそう声に出せば周りが「生意気だ」と言うし、陛下も「気にするな」とおっしゃるので、どうすればいいのか非常に困る。


「ギルベール」

「はっ」

「見事な試合だった――……と言いたいところだが、おまえは本当に勝つ気がないな」

「そのようなことは……。試合は実戦同様にこなす心構えです」


 陛下は解っておられる。俺が優勝を目指さないことも、一定の勝利で身を引くことも。

 俺と俺の部下にだけ聞こえる声量で言うと陛下はやれやれと肩を竦めた。それを見て、申し訳ないような、解っていて咎めない安堵のような、不思議で言い表しがたい感情を抱く。


「まあいい。それより――こっちだこっち」


 陛下の声音が明るくなり、手が伸びてくる。

 それを拒むつもりはないのでじっとしていると、やはり陛下の手は俺の肩に乗る守護獣に向いた。


 俺の守護獣が陛下の手に収まった。あわあわとしている守護獣を視て陛下は笑い、守護獣は陛下のすぐ傍――おそらくそのあたりに陛下の守護獣がいるのだろう――を見て「ひぎゃっ」と泣きそうになっている。

 ……さすがにここで大泣きされるとまずい。後ろでは部下たちもあわあわとしている気配を感じる。


 陛下はすぐに俺たちに立つよう告げると、興味深そうに俺の守護獣を見つめる。


「ふむ……。これがああなるとはとても信じられん。どう見ても光属性あたりの愛らしい動物だ」

「うきゅ!? うきゅきゅー!」


 陛下の手の中で俺の守護獣が怒っている。それが一目で分かるので、陛下も「怒らせてしまったか。すまない」と平然と謝る。


「……観客や他の方々も驚かせてしまいました。いらぬ混乱を起こしたこと、申し訳なく」

「気にすることはあるまい。今後のことを考えればどこかで視せる必要は出てくる。むしろ、準備の上でできたことだ。よかっただろう」

「はい。その……妃殿下やアンシェ殿下は……」

「驚いていたぞ。だが、先の戦のことを軽く話してはおいたからそれほどでもない。私も非常に感激した。守護獣というものは本当に不思議で面白い」


 陛下が恐れもなく平然と俺の守護獣を撫でている。それを見ている後ろの護衛騎士たちは本来の姿とのギャップに顔が引き攣っていたり陛下があまりに平然としているので驚いていたり、いろいろな顔をしている。……俺の守護獣はこれまた平然と撫でを受け入れている。どころか「こっち撫でて」と言うように陛下の手を誘導しようとしている。やめてくれ。


「試合ではあまり力は使っていないように見えたが、どうした?」

「守護獣との戦闘や連携は未熟な身ですので、これまでのように周囲の音を運んでもらうようにしておりました。それ以外でも独断で私の助けを」

「おまえの守護獣は全力を出せばどこまでできるのだろうな……」

「うっきゅー!」

「なかなか頼もしい挙手だが?」

「……。……陛下の守護獣は?」

「あまり力を使うことがない。火の属性となると全力を出させるにも場を考える。……浴場の水を一瞬でぼこぼこ沸き立つ熱湯に変えたことはあったな。おかげで入れなかった」


 ……なにを思ってそのようなことをなされたのですか。

 出そうになった問いを喉の奥へ押し込む。俺の後ろで部下たちも唖然としている気配を感じた。


 少し懐かしむようにそんなことを言った陛下は、俺の肩に守護獣を戻した。


「ギルベール」

「はい」

「今日は少々民を騒がしくさせた。今後も混乱は起こるだろう。――だが、おまえはそれを鎮めるため尽力してくれると、私は思っている」

「陛下の御代に尽くすは臣たる私の当然の役目。ご期待にそえるよう我が力すべて尽くしてまいります」

「頼りにしている」


 吐息をこぼすような、笑みを含めたそれを残し、陛下は身を翻した。

 その背を見送り、見えなくなって、俺は息を吐く。


「き、緊張したあ……」

「いきなり陛下がいらっしゃるなんて心臓に悪い……」


 部下たちが少々顔色を悪くさせている。……無理もない。

 俺が師団長になってから、陛下が師団の視察に来られることが増えたとガードナーは言っていた。もともと第九師団は王都にある第一支部の勤めであったので、陛下が視察に来られることなどあまりないことだったらしい。

 少し増えた事とはいえ部下たちは毎度緊張している。緊張しなくていいと言っても「そりゃ師団長は訳ありでも王家のご血筋ですもん!」「そういえばそうだった!?」と反論されたり驚かれたことがあった。……俺はただの騎士として、貴族として、在るつもりなんだが。


「俺たちも片づけを済ませるか」

「「「はい!」」」






 御前試合が終了すれば、参加した隊の面々や各師団の者たちで慰労会が催される。

 王城にある騎士団の訓練場を広々と使って行われ、各師団や参加者の交流が図られる。


 前回、初めて参加する側になった俺はその慰労会では隅の方で過ごしていた。第九師団代表として参加してくれた者たちや日頃から鍛錬を頑張っている者が羽目を外せることのほうが大事であったし、健闘すれば他の隊から引き抜きの誘いもあるかもしれない。そのときに俺がいては邪魔だろうと思ったということもある。

 が――……。


「師団長! こっちこっち」

「師団長もいっぱい食ってくださいよ」

「第九師団諸君、ギルベール殿は捕まえておかないと隅へ行ってしまうぞ」

「「「捕まえときます!」」」


 第九師団の面々や第二師団長バートハート殿まで悪乗りしてくる。……困るのに、嫌な気にならないのだから不思議だ。


 俺があまり前に出ないようにと思っていても、初めてのことに興味津々の守護獣が料理を見たり磨かれたグラスに映る自分を見て遊んでいたりする。こちらもこちらで自由だ。そんな守護獣に第九師団の面々が小皿に料理を取り分けてくれている。


「しかし、本当に君の守護獣には驚かされる。辺境でも少しだけ視えたが、今日はその比じゃなかったな」

「皆さまを驚かせたのは申し訳なく思っています」

「いや。それでも決して不要なことではあるまいさ」


 バートハート殿も解っているのだろう。……俺もただ驚かせたいという気持ちや自慢であんなことはしない。


「ギルベール!」


 大きな声が背中にかかってきた。傍のテーブルで小皿に盛ってもらった料理を食べていた俺の守護獣が「ぴぎゃっ!」と驚いて俺にしがみついてくる。

 しかし声の主はそんなことは気にしていないのか見えていないのか、ずかずかとやってくると俺の肩に腕を置く。


「なんだあの面白い守護獣は! あれとやりたかったってのに負けやがって!」

「第六師団は皆強力な相手ではないですか。ワルツハルト第六師団団長」

「てめえんとこが勝ってくれなきゃ意味ねえだろうが」

「皆善戦してくれました」

「もっと鍛えろ。なんなら俺が相手になってやる」

「それはそれで実り多いものになるでしょう」

「うし。決まりだ」


 さくさくと合同演習を決めてしまった大男。騎士というには屈強すぎるほどの鍛え上げられた体躯、悪の総大将であるかのような厳めしい顔つき、鋭い眼光は相手を射殺すのではないかと騎士団内では囁かれているそうだ。


 こちらが潰れそうな重さが肩に乗っているので少々痛い。「腕をよけていただいても?」と言うとすんなりととがれ……その大きな手が俺の守護獣を掴み上げた。


「にしてもなあ、これが本当にあれか? 実は別ってオチじゃねえよな?」

「うぎゅっ!? うぎゅぎゅ、うぎゅう!」

「おお! 怒ったか!? ハッハハ!」


 ……小動物が獰猛な肉食動物に捕まっているようにしか見えない。

 小さな守護獣がむんずと掴まれているので第九師団の面々が少しおろおろとしている。


 短い手足を必死にばたばたと動かして抵抗、ぶんぶんと殴る蹴るの真似をしているが短すぎて一切届かず。しまいにはなにもできないことで目に涙をため始める。「な、泣かないで。な?」となんとか守護獣を宥めようとしているのは、その泣き声の威力を身をもって知っているからだろう。俺もあれは避けたい。

 俺に向かって短い手足で必死に助けてアピールをしてくるので、さすがに俺も手を出した。


「ワルツハルト殿。守護獣をお放しください」

「ん? なんだ泣き虫だな」


 ぱっと手を離された守護獣が俺に飛びつく。泣きべそをかいている守護獣を撫でてやれば次第に落ち着いていくので、第九師団の面々もほっとした顔をみせた。


「シュバルツ。あまり虐めるものではないな」

「してねえよ。あんな強烈な姿視せた奴があの程度で泣きべそかくか?」

「まだ幼い子なんだ」


 バートハート殿が肩を竦めている。俺の手の中で守護獣が威嚇するように怒っている。それを見てワルツハルト殿が笑っているのだから、俺は少々疲弊を覚えた。


(シュバルツ・ワルツハルト第六師団師団長……。同じ王城勤めとはいえ合同演習をしたことはない。ガードナーが言うには強者を好む性格だったか)


 そう聞いて浮かぶのは、ファルダ国先王。

 彼についても、娘である彼女は「戦い好きで強者を好む人」だと言っていた。似たところがあるのかもしれない。


(……他の師団長と違って、あからさまに俺を嫌っている感じはしない人だ)


 師団長になってからワルツハルト殿に感じたのはそういう印象だった。師団長会議の折に話すことがあるくらいで「今度試合してくれ」なんていう他愛ない話だった気がする。

 今もバートハート殿と話をしながら俺の守護獣を興味深そうに視ている。俺の守護獣はすっかりワルツハルト殿を敵のように思っているのか、眉を吊り上げているかのような様相だ。


「んで、試合じゃなんでもっと守護獣の力を使わなかった? 風の属性だろ?」

「まだ守護獣の力の行使については未熟な身ですので。それに、観客を混乱させましたし、その上力でまで被害を出すわけにはいきません」

「ってことは、守護獣の力を使っての勝負はまだできねえのか?」

「はい。それに関しては個人訓練をするつもりですので。まだ少々」

「んだよ。ってことは手合わせはその後か」


 すぐにでも始めようと思っていたのだろうか……? それはそれで困る。

 期待外れというような表情をバートハート殿が「ギルベール殿の事情を考えろ」と窘めている。しかし、そんな言葉も聞いていないのか、ワルツハルト殿はぐいっと身を乗り出す。


「んじゃ、すぐにやれ。そんで俺と試合しろ。守護獣の力ありで」

「訓練は始めるつもりですが……試合は王城の鍛錬場以外でお願いします」

「あ? なんでだ?」

「守護獣の力で城に被害を出したくありませんので」


 言うと、ワルツハルト殿がぽかんとした顔をした。傍では俺の言葉の意味を理解しているバートハート殿が苦笑いを浮かべている。

 ぱちりと瞬き、ワルツハルト殿がくるりとバートハート殿を見る。


「……そんなにすげえのか?」

「そうだな。帝国兵やダグダ族をひと羽ばたきで壊滅させ、周囲の木々までなぎ倒した威力だからな。あれほどの風属性の力を見たことがない」

「マジでか?」

「まあ……。ですので、場所は――」

「よし分かった。んじゃ盛大に王都のはずれでやろうや」


 ……俄然やる気にさせてしまった。

 ぎらつく目になにも言えずにいる俺の側で、守護獣が「やるなら相手になってやるぜ」と言わんばかりに胸を反らしている。それを見てワルツハルト殿も「面白え守護獣だな!」と笑っている。


(……またいろいろと引き寄せてしまった)




 ♢




「ハハハッ!」

「笑いごとではないんだが……」


 夜。夕食を終えて食後の一杯を彼女とともに飲んでいる。

 給仕が皿を片づけている中、控えている使用人たちの中にも喉を震わせている者がいる。屋敷でのこういう空気は好ましいし心地よいからとくに咎めるつもりはないが、それに比べれば目の前の笑いは遠慮がないなと感じてしまう。

 だからなのか、見ていてため息がこぼれた。


「第六師団団長はそういう人なのか。なるほど。ファルダ国先王に似ているかもしれないな」

「ガードナーやバートハート殿が言うには勝負や猛者が好きなようだ。思い出せば、俺が師団長になったばかりの頃『剣だけでのし上がってきたな』と声をかけられたような気がする」

「第六師団は同じ王城勤務だろう? これまで接点は?」

「会議以外ではない。ワルツハルト殿は俺に関心があっても第九師団には関心がなかったんだろう」

「ああ……。聞く限り、以前の第九師団は興味を引かなかっただろうな。今回はすんなり合同演習を決めてくれたんだろう? 進歩じゃないか」


 彼女もその話は聞いているようだ。俺はなにも言わずにカップを傾けた。

 俺の守護獣が俺と一緒に食事をするようになってから、料理長は守護獣用に小皿に料理を盛りつけてくれるようになった。当初はそれにいたく感動していた守護獣だ。今もむしゃむしゃ食べていて、見ていると昼間のワルツハルト殿への態度を思い出す。

 彼女もそんな守護獣を視て微かに笑みを浮かべる。


「では、早くに守護獣の力の訓練を始めよう」

「同属性のリグテールとトニスに協力を頼もうと思っている。御前試合も終わったから、近い休日に」

「わたしも同席する。ロドルス国でのそれは興味がある」

「ファルダ国のやり方は参考になりそうか?」

「どうだろうな。獣人は守護獣がいないから」


 獣人が持つ、守護獣と同じことができる力。

 しかしそれは守護獣持ちとは違い、彼ら自身が、守護獣に指示を出すなどのこともなく己のものとして使えるもの。


(獣人自身が使えるとなると、守護獣に近いのか……)


 指示を出すだけの人間とはおそらく訓練方法も違うだろう。その点において彼女も指導できることはないのかもしれない。

 彼女が詳しいのは、守護獣という存在そのもの。


(陛下も守護獣には関心を抱いておられるようだったな……。また私的に呼ばれそうだ)


 それはそれで頭痛の種だ。

 すでに痛みが走りそうな俺の側で、食事を終えた守護獣が非常に満足そうな顔で「うきゅ」と鳴いていた。






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