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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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19,阿鼻叫喚

 ~*~*~*~*~*~






 トニスもイーサンもよく戦っている。ガードナーもリグテールも冷静にその腕前を遺憾なく発揮してくれている。

 それを嬉しく思う。誇らしく思う。――報いてやれないことを、申し訳ないと思う。


 前回の試合では俺は初戦でバートハート殿と戦い、負けた。あのときは今以上に目立つことを避けていたし、なによりバートハート殿が強かった。

 そして今回。帝国との小戦の後で第九師団は少し目立ち、見学者も多かった。その中で俺が初戦で負けるのは無難な道ではあるが、おそらく……前回の成績を含めて期待外れとがっかりする民衆もいるだろう。


(となると……)


 俺とて、毎回の試合で初戦負けを続けるつもりはない。それはそれでいろいろと非難を受ける。


「師団長。師団長のお好きに!」

「次こそ俺らがどこまでもお連れしますから!」


 そう言って笑うから、俺は本当に部下に恵まれたと思う。

 たまらなく嬉しくて。苦しいほどに満たされる。


「ああ。いってくる。――この試合は勝つ。きちんと見て、盗め」

「「「! はいっ!」」」


 俺の肩の上で守護獣がどこか嬉しそうに「うっきゅー!」と鳴けば、部下たちはそれにも笑って「ほどほどにな」「ちゃんと師団長の言うこと聞くんだぞー」とまるで子どもに言い聞かせるように声をかける。

 ……俺の守護獣は第九師団に入った子ども団員のようだと、時折思う。


「第五戦。騎士団第九師団ギルベール・ロザロス。騎士団第八分隊アルヴァ」


 一歩一歩足を進める、

 囲まれた周囲。四方からの視線。周囲を観客が埋め尽くし、その声と空気の震えが肌にまで伝わる。


 ロザロスの家名は三年前から王都中に、国中に知れ渡っている。だから今もその名に対する周りの反応をじかに受け取る。

 当然のことだ。それは俺が背負うものだ。


 中央まで歩みでた俺の前には、第八分隊の代表騎士アルヴァがいる。進行役と審判は離れた位置から試合を見守っている。

 その存在を見てから、俺は進行役に向けて手を挙げた。


「その前に、少しいいか?」

「はい」


 すぐに応じた進行役が俺のもとへ駆け足でやってくる。そして俺が口を開くより先に、進行役は承知しているというように頷いた。


「陛下より承っております。守護獣の件ですね?」

「ああ。先に披露だけしておきたいんだが……観客が混乱する可能性がある」

「承知しました。では、こちらから観客に注意しておきましょう」

「助かる」


 俺の肩の上で守護獣が自分の出番だと解っているようにふんっと鼻息を荒くさせ、胸を反らしているのが分かった。

 威張るところではないんだが……。まるで子どものはりきりのようなそれを見た進行役が小さく笑い、礼をしてから離れていく。

 陛下から事前に話をとおしてあったようだ。助かった。


 ちらりと王族観覧席に視線を向けると、笑みをたたえた好奇心にあふれる表情が見えた。……陛下からの頼みとあらば遂行する。それ以外にはない。


(こいつを可愛がってくれている妃殿下やアンシェ殿下にショックを与えないだろうか……)


 そこだけは少々不安である。


「第五戦開始前に、皆さまにひとつご覧いれたきことがございます」


 進行役がすぐに動く。俺も視線を戻して集中する。


「第九師団ギルベール殿の守護獣は、ご覧のとおり彼の肩に乗っております。通説とは異なること、鍛錬見学をされた方も驚かれたことでしょう。――しかし、かの守護獣のその姿は仮のもの」


 観客席や騎士たち、貴族たちからもわずかなざわめきが発された。

 無理もない。俺はただ瞼を伏せ、進行役のそれを聞くに徹する。


「ギルベール殿は此度、この場を借りて、ロドルス国の未来のため、守護獣の本来の姿を皆さまにご披露なさるとのこと。しかして皆さま、驚かれませぬように。そして決して混乱なされませんように。守護獣とは、主を守るもの。見目異なろうともそれは守護獣に共通することでございます」


 進行役の視線が俺に向けられるのが分かる。それを感じて瞼を開き、肩に視線を向けた。

 藤色のくるりとした愛らしい目が俺を見る。


「皆に、おまえの本来の姿を視せてくれ。言っておいたとおり、頭上一回り程度で戻っておいで。――ちゃんと、視ているから」

「きゃう」


 俺の肩からおりて、その翼で空に向けて飛んでいく。

 普段俺から離れようとしない守護獣を説得するのは少々苦労した。だが、分かったこともある。


(俺が視ている。それが、あいつの安心につながる)


 守護獣が泣いたり離れなかったり。そうしたことがある度に考えていた。――なぜ、そうなっているのか。

 彼女にもいろいろと知恵を借りている中、一つの可能性にたどり着いた。


 二十年間ずっと視ていなかった。だからあいつは視てくれと言わんばかりに傍にいて、隠形しないのではないか?

 扉を隔ててしまえば、次に扉が開かれたときにはまた視てもらえないかもしれない。離れてしまうと、今度はすり抜けてしまうかもしれない。


(視てほしいという想いの強さと渇望、か)


 ならば、安心だと、大丈夫だと思えるようになるまで、俺はずっと視ている。

 これまで視ていなかった俺だが、もう、視ないふりはしないと決めたのだ。


 上空へ飛んだ守護獣は俺を振り向く。目が合って、嬉しそうに「きゅぅ」と鳴いて――ポフンッとその身が煙に包まれた。


 会場が困惑する。何事かとわずかにざわめく。

 そして――煙を振り払って、空気を震わす咆哮と同時にその巨躯が視えた。


「「「きゃああぁぁ!」」」

「なんだあれは!?」

「化け物だあ!」

「あんなのが本当に守護獣なのか!?」


 ――……瞬間の阿鼻叫喚。


(まあ、こうなるか……)


 愛嬌の塊のような先ほどの姿が、煙を晴らせば獰猛な生物に変わっている。

 その鋭い爪はなにをも引き裂くだろう。その獰猛な牙はなにをも貫くだろう。強靭な翼は嵐を起こし、鋭き刃のような眼光のひと睨みは相手を容易に委縮させる。

 他の守護獣に……いや。どの動物にも見ぬほどの巨体が雄大に空を飛び、咆哮をあげる。普段は「うきゅう」と可愛らしく鳴いているが、この姿ではひと鳴きですべてを威圧し、空気を震わせる。白い鱗は太陽の光を反射させ神々しいまでに輝いているが、誰もその美しさは目に入っていないらしい。

 俺の耳には「皆さま落ち着いてください!」と進行役や第九師団の面々が必死に観客を宥めている声が聞こえる。……非常に申し訳ない。


 これ以上はよろしくない。

 そう判断した俺はすぐに守護獣を手招いた。それに応じて守護獣はすぐに降下し、ポフンッと音をたてて再び小さな姿に戻った。


「ご苦労だった」

「うー、うきゅ、うぎゅぅ……」


 ……なにやら少々不満があるようなむすっとした顔をしている。さすがにあんな反応をされて気分を害しただろうか?

 とりあえずよしよしと撫でてやれば「うきゅきゅ」と尻尾を揺らして機嫌よくなった。よかった。


 内心でほっとしつつ、俺はちらりと王族観覧席に視線を向けた。陛下がうずうずとした好奇心にあふれる目で、今にも走ってきそうな様子でこちらを見ている。妃殿下もアンシェ殿下も唖然とした顔をしている。……見なければよかった。


「え、えー、こほんっ。では、第五戦を開始いたします」


 観客の混乱も収まり、進行役が改めて仕切りなおす。彼にも悪いことをしてしまったな……。

 守護獣は俺の肩から離れ、傍を飛んでいる。


「これまでのように風で俺を助けてくれ」

「きゃう」


 俺はまだ守護獣を用いての戦闘も、その連携も訓練できていない。この御前試合もこれまでどおりの方法で戦うだけだ。


 目の前の騎士アルヴァは俺の守護獣に呆然としていたようだが、すぐに表情を変えて剣を構える。


「それでは、始め!」






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