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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
第二部

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17,御前試合、開始

 会場の席は埋まりつつある。平民たちの賑わいも、貴族の談笑も、この耳は余すことなく音を拾う。

 ただの雑音はそれほど気にならない。この優れた聴覚の使い方もあしらい方もこの身体はちゃんと知っている。


 開始までまだ間がある。席に座って力を抜き、目だけは貴族席をうろつかせる。


「でもでも奥様。旦那様を応援しないなんて、いいんですか?」

「ギルベール自身が勝ち進むことをしないからな。それに師団長格が相手でも、ギルベールが負ける可能性がある者は数名だけだ」

「そ、そうなんですか?」

「鍛錬の見学をした限りは。試合となると異なる場合もあるが、まあ、それ以外なら問題ないさ」


 戦うのはギルベールだ。そしてこれは彼自身の問題。

 わたしが応援しても勝てないものは勝てないし、決めるのはギルベールだ。


「ということは、その数名以外ならギルベール様は勝てる――そういうことですか?」

「勝てる。勝つかどうかを決めるのはギルベール自身だが」

「「……」」


 なぜだかハインとリアンが沈黙した。けれどすぐ、機嫌のよさそうな空気が伝わってきた。


 御前試合は開始予定時間どおりに開始の鐘が鳴った。

 わたしの席から試合会場はよく見えるし、観戦する民の姿もよく見える。高位貴族の席はそれぞれ個室になっているから前へ身を乗り出さないと見えない。気にもならないから見る気もないけれど。


 試合前、まずは余興として演舞や楽隊による演奏が披露される。

 これから試合をする騎士たちを鼓舞するものなのか、国の繁栄を願うものなのか。観覧する民も待ちきれないように余興に目を輝かせながら待っている。


 そうして演舞が終わった後、演者が退席してすぐに近衛隊の騎士たちが出てきた。

 彼らは入場口から試合場となる舞台に向かって並び、まるで警備するように周囲を、観覧席を、警戒する。


 じっと見ていると、警備された道を悠々と歩く人物が見えた。


「あの御方は……」

「陛下だ」

「陛下!? じゃあ、ああああのお傍にいる見たことない生き物って……」

「陛下の守護獣だ」


 ハインもリアンも驚いている。当然だ。ギルベール以外で存在しない動物の見目の守護獣は視たことがないだろう。

 同じように、観覧席にいる民の間にも動揺が走っている。


 そんなことを気にした様子もなく、問題ないとその態度と空気で伝えるように、陛下は舞台の中央まで歩き進める。靴が地面の石を打って音を鳴らし、正装の上に羽織るマントの裾が翻る。

 怯みなく、泰然と歩み出る。その姿に民の動揺もだんだんと静まり、視線が陛下に向く。


 中央まで歩いた陛下は傍にいる近衛騎士に視線で合図を送った。その騎士の肩に乗るオオワシがひと鳴きし、翼を広げる。


「今日ここに、我が国の勇猛な騎士の戦いを見に参った民たちよ。今日、皆に伝えておきたいことがある」


 陛下が身にまとうマントが風に揺れる。会場にいる全員に聞こえるように少しだけ張る声が、皆の耳に届く。


(あのオオワシの力か……。ギルベールの守護獣のように風で音を広げている。とはいえ、ギルベールのあの子よりも範囲はかなり狭いな。だから陛下も少々声は張らねばならないわけだ)


 その役目、ギルベールがしかと力を使えるようになったら代わってもらうといいだろう。あれならこの会場中に音を届けることも容易い。なんなら外までだってできるだろう。

 風の力は拡声器のような広範囲への使い方や一点集中へ感覚を届けるなど、各属性の力の中では応用性が高い。


「騎士たちの鍛錬を見学していた者もいるだろう。もしくは、音として聞いた者もいるだろう」


 陛下の手が己の守護獣に触れる。

 人の身の丈よりも少し大きな三つ首の獣。犬よりも狼のよう、狼よりも獅子のよう。不思議な見目のその守護獣の中央の首の頭に手を置くと、左右の首のうちよく陛下に甘えている首が陛下の手の上に頭を置く。……中央の子が鬱陶しがるような顔になってしまった。


「私の守護獣もまた、通説とは異なる見目をしている。そして王家にはかつて、翼の生えた馬の見目をした守護獣がいたという記録が残されている」


 守護獣とは、存在する生き物の見目をしている。

 それが大陸の常識だ。しかし、そうではないという目の前の守護獣に民も驚きを露わにし、また少し動揺が走る。


「見目が異なろうとも、守護獣が守護獣であることに変わりない。受け入れることに少々時間もかかろう。しかし、皆の周囲に今後こういった守護獣が生まれぬとは限らぬ。そのとき、どうかその主が肩身を狭くさせ、守護獣をいない者として振舞わねばならないようなことになること、私は望まない」


 民衆は陛下の言葉に聞き入っている。リアンやハインも陛下を見つめ、陛下の守護獣は堂々とした立ち姿でその傍にいる。


「不安に思うことはない。我が守護獣の火の力、これからも存分にこの国の繁栄のため行使していくと約束しよう!」


 宣誓するように軽く手を挙げる陛下。それに倣うように守護獣が三つの首それぞれから火を噴いた。

 三柱の火は上空で絡まり合い、弾ける。降り注ぐ火の粉は一粒がまるで光の粒のように輝き、人の手に触れることなく宙で消えた。


「さあ、御前試合の始まりだ! 我が国の勇猛なる騎士たちの日頃の研鑽を存分にその目に焼き付けてくれ。騎士たちよ! その腕を遺憾なく発揮してくれ」

「「「おおおぉぉっ!」」」


 観客も騎士たちも非常に盛り上がっているのはなによりだが、わたしの耳には音が大きい。思わず片耳を塞ぐ。

 塞いだ側がリアンがいる方だったからか「大丈夫ですか?」と遠くで言っているような微かなリアンの声が聞こえる。とりあえず頷いておいた。


 銅鑼が鳴り、進行役の男性が舞台に上がる。


「それではこれより、ロドルス国の太陽の下、御前試合を開始します!」


 再びの歓声。今度はもう両耳を塞いだ。

 とりあえず収まっただろう頃合いを見て、そっと耳を開ける。……よし、大丈夫だ。


「一回戦第一試合。騎士団第六師団、対、近衛隊第二部隊」


 御前試合は騎士団から十の師団、地方分隊から十の隊、近衛隊からも十の隊が参加し、優勝を狙って試合をする。各隊参加者は五人、先に三勝したほうが次へ勝ち進む。

 どの師団がいつ戦うか、それは当日そのときにならないと分からない。だからわたしも第九師団がいつ出てくるのかは……――知っている。


(さくっと簡単案件としてアランとゼノンに探らせた限りでは、第三試合。相手は近衛隊第四部隊)


 近衛隊のほうはあまり詳しくはない。実力を測るための見学をしてくれたのはゼノンで、曰く「大技よりも堅実重視ですね」とのことだった。

 近衛隊は護衛を主な任務とするから、実際に戦場に出るような騎士団とは戦い方も少し違う。その中でも第四部隊は堅実な守りの手を得意とするのだという。


 会場中央では、進行役の紹介に応じて戦う騎士たちが出てくる。その度に観客から拍手の嵐が沸き起こり、第五戦の人物、騎士団第六師団団長シュバルツ・ワルツハルトの登場に観客がひときわの歓声を上げる。

 第六師団は強者を揃えたのだろう。屈強な男たちだ。それにひきかえ、近衛隊第二部隊は真逆ともいえる。


 近衛隊第二部隊。この部隊はフィリーシア王妃殿下を守る部隊なのだそうだ。故に、女性騎士が隊の半数を占める。

 今、紹介されて出てくる騎士のうちでも三名が女性騎士だ。


「従者君。女性騎士は近衛隊のみに認められているのか?」

「はい。女性を守る騎士として近衛隊にのみ。昔は近衛隊でも女性騎士は認められていなかったそうです」


 女性を守る騎士が男性ばかりでは行き届かぬ点も出てくるだろう。近衛隊にのみ認められているというのは理解できる。


(とはいえ、前世の戦場は魔法が主軸で、男女は関係がなかったからな)


 守護獣の力が強力であっても、やはり個人の実力というのは無視できないのだろう。近衛隊でも護衛のための鍛錬は並大抵ではないはずだ。


「とはいえ、個人や家が雇う騎士においては性別を関係なしとする家もありますので、女性が騎士になれないわけではありません。ギルベール様がおっしゃるには、師団長会議の中でもその点は話に出ており、女性騎士の誕生も遠くはないかもしれないと」

「いいことだ。身体的面において差が出るとはいえ、優劣にはならないからな」

「奥様も屋敷の騎士さんたちと互角――…いえ! 勝ってますもんね!」

「彼らも強いぞ?」


 今の公爵邸に女性騎士はいない。ギルベールは優秀な人材なら性別関係なく雇用するだろう。そういう騎士の誕生が楽しみでもある。

 そう思うわたしの後ろで「鍛錬で勝つどころか戦場経験おありだそうで」「そうなんですか!?」とこぼしたハインにリアンが目を剥いているのが容易に想像できた。


 第一試合が始まった。

 この御前試合、相手が王族を守る隊だからといって忖度は認められない。守られる側の王族も勝敗に口を出すことはできない。あくまでも実力の勝負だ。


「あわ、あわわっ。試合ってすごい迫力ですね……! 怪我しないかひやひやします」

「本気だからな。観客席に被害が出ないよう周囲で騎士が防御しているのも、遠慮なく戦える一因だろう」


 中央と観客席の間。試合をしている者たちを最前で見守っているのが、同じ隊の他のメンバーや他の隊の者たち。

 彼らはただの観戦ではなく、万が一のときには観客の安全を守る役目を担っている。守護獣の力を使うことが認められているからこそこういった確保はなさねばならない。

 大きすぎる被害は今後の開催にも影響が出る。最優先で守るべき王族の側では専属の護衛隊が目を光らせている。


 そんな騎士たちの中に第九師団の面々、そしてギルベールがいる。

 その姿を確認してから、わたしは再び視線を試合へと向けた。






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