16,誰を応援するの?
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御前試合は式典や祝祭などで使われるという大広場を使用する。
中央の舞台を囲むように民の観客席が並ぶ。貴族席は平民席よりも高い場所にあり、王家の観覧席は最も見栄えのいい場所にある。
王都には王立の闘技場もあるそうだ。昔は人や動物を戦わせる娯楽があったそうだけど、現在はもう闘技場としては使われていない。普段は演劇、祭りでは主舞台としても使われるなど、民の中で広く使われているそうだ。
今回の試合会場は国としての催しで使われる広場。安全面も騎士団や近衛隊がしかと担ってくれている。その警備体制は歩きながらちらりと確認しておく。
「あら。ロザロス公爵夫人ではありませんか」
声をかけられて振り返る。
そこにいたのは数名の貴族令嬢。……見覚えのある面々だ。
頭の中でゼノンとアランが調べている途中の貴族家の基本情報がぱらぱらとめくられる。家名、家族構成、獣人に対する派閥、政治的立ち位置、個人の行動と功績、就いている役職、関係ある他家などなど……優先的に調べさせた人物の中に目の前の人物もいた。
「ごきげんよう。カフカント令嬢」
「今回は観戦にいらしたのね。そういえば見学も熱心だったようですし、観戦する理由ができたのかしら?」
嘲りの笑みを浮かべてこちらを見る。
随分と品のない……というか、自信満々な態度だな。見ていて少々呆れてしまう。しかも見学の折の噂をここでまぜかえしてくる。
周囲の視線を集めようが気にせず言いたい放題なこの令嬢、カフカント侯爵子息の娘は生粋の獣人蔑視派。社交界においてはサルヴァン公爵夫人派だ。
そして、そんな彼女の取り巻きたちも同じような目をわたしに向けてくる。
「ですけれど、まあ……あなたのような方が応援したところでねえ。お相手も困るのではないかしら?」
「応援などしませんよ?」
そう言うと後ろの二人の視線を感じた。前のその人も一瞬目を瞠りこそすれ、すぐに口元が歪む。
「まあまあ、そのようなことをおっしゃって。御夫君を応援してさしあげないの? 応援くらいしてさしあげればよろしいのに。あら、もしかして……。ごめんなさい。戦う御夫君の応援なんて御父君のことを思い出してしまって嫌なのね。だけど大丈夫でしょう? 第九師団じゃ勝ち進められるわけないですし」
見学の折の噂の話……と見せかけてギルベールという存在を出してくる。だからといって、返事は一切変わらないのだが。
(獣人蔑視に加えて、ロザロス家も格下扱い。果ては第九師団まで引っ張ってくるか……。頭の中が渋滞しそうだ)
『無能弱者の集まり』第九師団がそう言われているというのは鍛錬見学の折に耳に入った。
わたしは辺境領での戦いで第九師団を知った。その呼ばれ方は後に知ったことだが、なぜそう呼ぶのかが理解できなかった。
第九師団は優秀だ。
人員は少ないし守護獣の力は弱い。そういう点において他の師団に比べれば劣るのだろう。しかし、ギルベールの指導の成果か、個人の技術は他の師団には決して引けを取らない。
なにより第九師団は――師団長への想いがどの師団よりも強い。憧れ、尊敬、守護獣という存在で判断されて第九師団に配属されたからこそ、守護獣なしと言われながらも師団長にまでなったギルベールを慕う者は多い。
(ギルベールに強力な守護獣がいたと知っても、嫉妬するよりも喜ぶ者たちだからな)
見学でもずっと見ていた。ああいう者たちは得難いものだ。
とはいえ、ギルベールが師団長になる前の第九師団というのは、言われるとおりに『無能弱者』であったそうだが。そこは知らないので加味しない。
「あら。あなたたちは夫人の従者? 大変ねえ、こんなにも堂々と外に出ている夫人の付き添いだなんて。あなたたちまでなにか言われてしまいそうで私とても心配だわ」
カフカント令嬢の目がわたしの後ろに向く。
従者として黙して控えるハインとリアンの顔はわたしには見えない。だからだろう、カフカント令嬢は口元を歪める。
「なにかあったらいつでも相談してちょうだい。なんたって、ひどい逸話の多い夫人だもの。屋敷じゃ言いにくいこともあるでしょうし?」
「――お言葉ですが」
嘲笑を浮かべるカフカント令嬢と取り巻きの女性たち。胸中の嗤いが耳にまとわりつくような感覚を覚えたとき、それを振り払う声がした。
ちらりと一瞥を背後に向ける。
堂々と胸を張って、前を見つめるリアン。
「……何かしら?」
「噂が真実であるとは限りません。奥様は我々使用人のことを気遣い、仕事を労い、いつでも感謝を口にしてくださいます。使用人の安全のためにだれよりも先に動き、助けてくださる。そんな奥様を使用人一同心から尊敬し、感謝し、お仕えしたくてしております。皆奥様が大好きなんです。獣人だからって関係ありません」
はっきり物怖じせず堂々と言い切ったリアンに、カフカント令嬢たちは唖然と口が開いている。まさかわたしの従者にそんなことを言われるとは思わなかっただろう。
そんな彼女たちと、あまりにもきらきらした目をするリアンとの対比に思わず吹き出す。……ハインに睨まれた。
驚きが解けたのか、カフカント令嬢は頬を引きつらせて必死に笑みをつくる。
「へ、へえ……。変わっているのね、ロザロス家の使用人は」
「一緒にしないでいただきたいですね」
「あら。あなたは違うのかしら?」
いいものを見つけたようにカフカント令嬢の視線がハインに移る。
わたしもちらりと見るけれど、その表情は不快を露わにするものではなく外面用なのか、他者に内心を読ませないようにできていた。
ハインは長くギルベールの側近として仕えている。それにわざわざ辺境領から同行してきた人物だ。
これまでギルベールへの悪評に憤り、ギルベールの孤独を理解し、傍で見てきた彼は、だからこそ表情の使い方も上手い。屋敷内では素直なそれも外ではそうではないようだと冷静な思考の隅で思う。
……そんなハインとは違い、リアンは否定されたことに愕然とした素直な表情を浮かべている。
「奥様には確かにいい噂はありません。実際かなり行動的でこちらが驚かされることも多々あります」
「! でしょう?」
「ですが――それが道理から外れた行為であったことなど一度もありません。むしろギルベール様を助けることばかりです。少々お控え願いたいと思うこともありますが、されてしまうとむしろ違和感にすらなりそうですね」
「ははっ! では遠慮なく」
「少しは自重ください」
釘を刺されようとも気にしない。軽く笑えば呆れたように肩を竦めるハインの隣で、リアンは喉の奥を震わせている。
小気味よく言葉を交わすわたしたちを見て、カフカント令嬢や取り巻きたちは忌々し気にこちらを睨んでくる。
「獣人なんて野蛮なものに感化されるなんて。汚らわしい」
「まったくですわ。私たち貴族ならありえないことです」
「品性も優雅さもありませんね。カフカント令嬢。行きましょう」
毒を吐いている目の前の面々は、こちらに構う気も失せたのか早々に場を去ろうとする。取り巻きに促されてこちらを睨みながら去ろうとするカフカント令嬢に、最後に一言を贈る。――彼女の耳に入るように。
「アーク・マリダリー殿が勝ち進めるといいですね」
「っ……!?」
去っていく背中ががばりとこちらを振り向き、驚愕の表情が視界に入った。
それににこりと微笑み返せば、唇が震え、顔色も少し悪くなる。けれど震える唇は音を出すことはない。
「どうされましたの?」
「! な、なんでもないわ! 行きましょう!」
乱暴な足取りで去っていく。離れていく背中を見届けるつもりはないから、わたしたちも会場へ向かって歩みを再開させた。
「奥様。誰のことを言っていたんですか?」
「アーク・マリダリーというと伯爵家の三男でしたね」
「さすが従者君。よく知っている」
ハインが片眉をわずか上げた。
ギルベールの支えをするハインは貴族関係も頭の中に入っている。ギルベール自身はあまり貴族関係に入り込むことはないが、真面目なハインがそこを疎かにすることはない。
「カフカント令嬢のひそかな想い人さ。彼も騎士団の所属で御前試合に参加するらしい。令嬢の応援相手というわけだ」
「片想いなんですね。奥様がそれを知っていたから驚いていたんでしょうか?」
「マリダリ―家は王都から離れており、当主である伯爵は親獣人派と聞きます。そのような相手を想っても、あそこまであからさまに反獣人派である彼女を迎えるとは思えません」
「だから彼女自身も秘めているのさ。叶うことのない恋ほど長く強烈に焼き付くものはない。秘めているそれをよりによってわたしに知られているなど思いもしなかっただろう」
建物に入れば案内役を務めてくれる王宮侍従が来てくれた。その後をついて廊下を歩く。
だんだんと人が少なくなる上階廊下を歩き、目的の場所に着く。
高位貴族の観覧席は個室になっている。試合会場に向く壁は取り払われ、空気も音も直接流れ込んでくる。
観覧するには充分な広さ。侍従に頼めば飲み物や軽食まで運んでくれるというが、今はまだいいかな。
侍従には下がってもらい、わたしは観覧用の椅子に座った。
「しかし、よくマリダリ―家の子息が参加するとお分かりでしたね。公に発表などされませんが……まあ、当事者が口にすれば広まりますし、見学の折に誰かからお聞きに?」
「いや。全師団ゼノンに探らせた」
「……。……そうですか」
少々間が開いたのでどうかしたのかと思ってハインをちらりと見れば、なんとも言えない表情をしていた。なにかあっただろうか?
そもそも、そこまで厳重に秘されている情報でもない。師団によって扱いが異なるだけだし、ギルベールは師団内で皆に教えているようだし。
「機密でもないし、ただの腕試しだぞ?」
「……そういう心配はしていません」




