15,違います
♢
御前試合。当日。
今日の主役は騎士だから、外出用ドレスの中でも派手さのないシンプルなものに身を包む。するりと尻尾を重なる布地から出し、身なりを整える。
出発準備ができたわたしはメイドたちの中にいるロイジーに目を向けた。
「ロイジー。念のため今日は屋敷を出ないように」
「承知しました」
ロイジーはもともと不当な契約により働かされていた上、その身を雇用主に狙われていた。
現在はロザロス公爵家の下に保護し、ギルベールとの雇用契約をもってロザロス公爵家のメイドとして働いてくれている。――突然いなくなったロイジーを元雇用主がどれほど執着して捜索しているか、それは公爵家にとっても大きな懸念要素である。
だからこそ貴族が集まる試合会場にロイジーを連れていくことはできない。ロイジーもまだ少女と呼べる年齢であるが、それを理解している。
(ロイジーは元雇用主についてなにも言わないが……もしそこに傷があるなら、あまり聞き出す無理強いもしたくはない)
そこから抜け出すことができたなら、今ある平穏を雇用するギルベールと招き入れたわたしで守るのが責務だ。
(元雇用主側の暗部の動きを探るのも難しいだろうが……。ま、ゼノンならやれるだろう。やってくれないと困るし)
山修行を終了させてから、ゼノンとアランはそれはそれは熱心に働いてくれている。時折わたしの元に報告に来てくれる。追加仕事も喜んで引き受けてくれる非常によき部下だ。
今は全体の基礎的な情報集めが主流だ。今後を見据えてそこからいろいろと派生していくことになる。
さて……。思考を戻して、わたしは並ぶメイドたちを見た。
「同行者は決まったかな?」
今日の御前試合。ギルベールが守護獣の本来の姿を披露するということで、わたしは二人同行者を連れていくことにした。
一人はギルベールの従者であるハイン。もう一人をメイドたちから選ぼうと思ったのだが、人数が多いのでメイド長に一任した。
『大変なんです! みーんな行きたがっちゃって!』
リアンが熱を込めてそう教えてくれた。……メイド長に苦労する仕事を与えてしまったかと少々すまない気持ちになった。
『はいはいはい! 私行きたいです!』
『私も! 旦那様が守護獣と一緒に出るだけじゃなく奥様が観戦に行かれて声援を送るなんて眼福光景見にいかないわけないです!』
『同行が無理ならせめて休みを! 個人的に見にいきますから!』
『私だって行きたいわよ!』
偶然、メイドたちの白熱した立候補の嵐を耳にしてしまったこともあった。……最後にはメイド長まで乗り気だったようでちょっとなにも言えなくなってしまったけれど。
ちなみに、それをこっそりギルベールに言うと非常になんとも言い難い顔をしていた。それはそれで面白かった。
思い出していると、一歩前に出てきたメイド長が教えてくれた。
「はい。厳正なる抽選の結果、メイドを代表し、リアンを同行させることに決まりました」
(……そうか。抽選したのか)
数多くが名乗り出たのだろうと想像できて内心で苦笑う。しかし、わたしの同行という形でもそれだけの者が手を上げてくれたのなら嬉しいことだ。
リアンはばっちり外出用の身なりを整えて控えている。他のメイドたちは少し悔し気だったり悲しんでいたり。メイドたちの本気度が垣間見えて思わず笑ってしまった。
「では、今回観戦に行けない者のために今度ギルベールに一肌脱いでもらって、御前試合で披露する守護獣の本来の姿を視せてもらうというのはどうだ? 今視せている愛嬌のあるあれのままの印象でありたいなら無理は言わないが」
「まあ……。ですが、そのようなことを旦那様にお願いするなど……」
「それくらい大したことではないさ。それに、守護獣の力のコントロールを訓練するにはどうせ必要なことだ」
「奥様っ……! ありがとうございます! ですが私たちは旦那様の試合を奥様が観戦して応援するというお二人の幸せな光景が――」
「こら。慎みなさい」
若いメイドがメイド長に叱られた。
それを聞いてわたしは首を捻る。
「わたしが応援……そんなものを見て楽しいか?」
「「「はい!」」」
「だが……皆、ギルベールの守護獣が視たいんだろう?」
「「「奥様と旦那様お二人です!」」」
「そ、そうなのか……?」
それは知らなかった。てっきり愛嬌の塊守護獣なのかと。
これまでだってギルベールに守護獣がいると分かってからなにやらえさえさとしていたし、わたしをギルベールの出迎えにいかせようとしたりしていたから、一緒に行くことであの愛嬌の塊を視たいのかと……。
「…………今度、ギルベールが屋敷の騎士と試合して、それを応援……しようか……?」
「「「! いいんですか!?」」」
「ま、まあ、それくらいなら」
なぜかメイドたちが悔しさも悲しさも忘れたように喜び跳ねている。メイド長までどこか嬉しげだ。そんな光景にどうにも置いてけぼりをくらっている気がする。
(うーん。なんとも難しい。ちょっとリアンにいろいろ教えてもらおう)
同じメイドであるリアンのほうが思考回路が理解できるかもしれない。
そう決めたわたしは内心で頷き、出発のために部屋を出た。
「では執事君。しばらく屋敷を頼む」
「承知いたしました。いってらっしゃいませ、奥様」
セバスはメイドたちのようにはしゃいでいることもなくいつものように落ち着いて冷静だ。非常に頼もしい。
そんな彼に留守を任せ、わたしは馬車に乗り込んだ。
御者台にはハイン。車内にはリアンが一緒だ。
御前試合会場までの道のりを進む中、胸中の理解しがたい疑問をすぐにリアンにぶつける。
「リアン。メイドたちはギルベールの守護獣を好いていて、だから見にいきたがったのではないのかな?」
「違います! それもちょっとありますけど!」
「ち、違うのか……」
否定の勢いのよさに少々たじろいてしまう。リアンはまっすぐわたしを見て首を縦に振る。
「あ、いや、だけどほら。辺境から帰ってきてからやけにわたしをギルベールの側へ行かせようとしたり、出迎えや見送りをさせたり……そうすればギルベールの守護獣を近くで視ることができるから――」
「違います!」
「ち、違うのか……」
これまた強い否定をもらってしまった。こうなるとわたしにはよく分からなくなってしまう。
それを察したのか、リアンは乗り出しかけていた体を戻すとひとつ咳ばらいをした。
「確かに、旦那様の守護獣は可愛くて皆さんも大好きです」
「うん」
「ですが! それ以上に、以前とは違って、旦那様と奥様がとっても仲良くなられたことが嬉しいんです! 旦那様のたくさんの感情と表情を引き出して重荷を重く感じさせない、それは奥様にしかできないことだってセバスさんがおっしゃってました。奥様だって以前よりもずっと楽しそうで笑顔も増えました。私たちはそれが嬉しいんです! お二人が一緒にいるのを見ると、それだけでよかったって思えて幸せなんです。辺境領から来た皆さんだって、最初はお二人がうまくいってるのかとっても不安だったって言ってました。でも今はそんな心配いらなかったって」
「……そうか」
満面の笑顔で自分の喜びであるかのように語るリアンの表情を見て、少し驚いて、少し理解できた。
他者の喜びを真に我が事として感じられることは、人生において一握りの経験だろう。
今のわたしはまだそれを感じたことはない。前世においてそれを感じたのも数少ないことだ。
だが、ひとつひとつが強烈に記憶の中に焼き付いている。そういう経験は、そうして記憶に残る。
公爵邸の者たちにとって、わたしとギルベールの不調和は当然のもので、それでもなんとか……と願うものだったのだろう。『シルティ』であった頃はまさにそう。
それは『わたし』という者が出てきたことでなんとかなっている。屋敷にも大きく変化を与えたものだが、それが使用人たちにとって不快となっていないなら安心できる。
(わたしとギルベールが仲睦まじく在れることを願ってくれているということか……。なんだかくすぐったいな)
こんな気持ちは初めてかもしれない。
一人気ままに。それが前世だった。近くにいたのはその土地で世話になった者たちがほとんど。
それが今、夫という存在がいる。仕えてくれる代わりに守り、雇用する者たちがいる。直接的にわたしが持つ部下がいる。
(――……悪くない。こんな生き方も。誰かが傍にいることも)
「それに、奥様とっても格好いいんです! 辺境領から戻ってから騎士の方々と試合されてたじゃないですか。それだって皆手が止まって見ちゃっててメイド長に怒られたんです。わたしたちの仕事でも御力を貸してくださったり、この前は階段から落ちかけたマリンさんを御力とお姫様抱っこで助けたって聞きました! もーっ! 皆奥様大好きなんですからね!」
「ハハハッ! それは光栄だ」




