14,それはそれ、これはこれ
「冗談はほどほどにしてくれ……」
「ふむ……。まあ、それはそれとして。他になにか話はあるのかな?」
わたしを疲労の要因としてくれた理由は解った。しかし他にもあるようだ。
そう思ってギルベールの開口を待つが、ギルベールはしばし沈黙し、脱力したまま言葉をこぼした。
「御前試合でこいつの本来の姿を披露してくれと、陛下に言われた」
「なるほど」
ギルベールの肩に乗る守護獣が非常に誇らしそうに胸を張る。反らしすぎて後ろに倒れたのを慌ててギルベールが助けている。
そんな微笑ましい光景に小さく笑みがこぼれたわたしを見て、ギルベールがどこか言いづらそうに、迷うように口を開く。
「――……俺はまだこいつの力のコントロール法が分からない。披露してくれと言われたが、正直……どうしたものかと考えている」
強大な力というものは、気軽に試すことも訓練することもできないから困るものだ。見た目は可愛らしい守護獣でもその力は一級品。どこでも試せるものではない。
それにギルベールは二十年間『落ちこぼれ』であった身だ。いきなり得たそれをどうしていいものか困るのは無理もない。
「コントロールについては同属性の力を持つ守護獣持ちに聞いてはいるが、さすがに訓練場で試すわけにもいかない」
「そうだな。城ごと吹っ飛びかねない」
「……」
リアンとハインから驚愕の気配を感じるが、見たことがなければこの見目の守護獣にそれほどの力があるとは分からないだろう。
ギルベールの肩から降り、隣にすとんと座り、ギルベールの手を掴んですりすりしている守護獣を見てわたしも考える。
(御前試合までに力を使えるようにするのは難しい)
陛下の御前であるからこそギルベールは慎重だ。
披露するとしてもその方法に悩む。守護獣がはりきりでもして風を起こせば、会場は阿鼻叫喚となりかねない。……そのあたりの加減がギルベールには難しいのだ。
守護獣の力は守護獣のもの。人間は守護獣に命じてその力を振るわせ、自身の力として行使できる。
人間は獣人とは違い、個人として力は使えない。結局その力はすべて守護獣のもの。
(さて……。さすがにシルティも守護獣とつき主の関係性と力の行使については日記に記していなかった。ファルダ国とは違うからあまり知らなかったんだろう。屋敷でもそんなに幼い子がいるわけでもない。獣人は守護獣などいなくても使えるが、これは同じようで違う部分があるからな……)
こればかりは獣人と人間の違いだ。わたしにも分からない。
わたしも、シルティが持つ獣人としての力――わたしは『精霊術』と呼んでいるけれど、これの把握をもう少しちゃんとしておきたい。ギルベールを見ながら守護獣の力についても知りたい。
偶に屋敷の敷地内で木の剪定や水やり、天気の悪い日に洗濯物を乾かすなどと生活方面で実用はしているけれど、どこまでの強さで放てるのかは分からない。シルティは魔力が強いからかなりの大技ができるようだけれど、そういうものを実践することがそもそもにない。
「観客を悲鳴のるつぼに落とさない程度か……。難しいな」
想像できるのだろうギルベールの表情が僅かに歪む。それを見上げて守護獣が「うきゅ?」と首を傾げている。
指を掴んだままの守護獣を視て、ギルベールは優しく「御前試合ではこれまでと同じように耳や肌に敵の動きを教えてくれ。あとはなにもしないように」と指示を出す。守護獣も「うー……きゃう」と頷いた。どうやら堂々と胸を張ってギルベールの相手と対峙したかったようだが、今では無理かな。
「そうなると視せるのは一瞬だな。その子が降り立てるほど会場が広いとしても、観客との距離が近いんじゃないか?」
「ああ。円形状の中心で試合をし、囲むように観客がいる」
「飛翔している様を見せるのが妥当だろう。――だが、いい機会だと思えばいい」
「いい機会?」
怪訝に傾く様にわたしは頷いた。
ギルベールにとっては陛下からの頼み上仕方ないとしても、一度王都民に守護獣の姿を視せておけば、万が一の緊急時に突然視せるよりは混乱も少なくて済む。それに――…。
「今後王都のはずれで訓練するとしても、万が一にちょっと遠出をしてきた王都民に見られて町中に話が回り混乱と恐怖の渦に呑まれるよりはいいだろう」
「…………それは、まあ、そうだな」
「陛下も分かって――……いや。本来のそれを知らないから好奇心か……。まあ、一目視えればよいとしていただこう。君も陛下の頼みを断るつもりはないだろう?」
「当然だ」
たとえどんな頼みであっても引き受ける。それがギルベールがとる姿だ。
「せっかくだ。気乗りしないと憂鬱に臨むより、前向きにとらえて臨めばいい。第九師団の士気も上がっていいところまで勝ち進めるかもしれない」
「……優勝とは言わないんだな」
「君はそれをしないだろう?」
「……」
ギルベールの体に少し力が入ったように見えた。けれど、それを指摘するつもりはないから茶を口に含んだ。
大きく息を吐いたギルベールは、これで終わりだというように最後にわたしを見る。
「とにかく、騎士団への見学はもうしないよう――」
「明日は第九師団へ行くから」
「終わったんじゃなかったのか!?」
「それは他の参加者。明日からは毎日第九師団に行く」
「……」
ぱたりと背もたれに身を預け、ギルベールの体から力が抜けた。ギルベールの守護獣は力の抜けたつき主の手を持ったまま「撫でて撫でて」と言わんばかりに頭の上に手を誘導していた。
♢
「あ。今日もシルティ様来てくれてるー!」
「ホントだ。やっぱシルティ様のあんな噂嘘だって。こんなに毎日師団長の姿を見にきてるんだぜ?」
「俺もなあ。辺境行く前までは師団長とシルティ様って複雑そうな仲なのかなあとか思ったけど、全然そんな心配いらなかったわ」
今日も見にきた第九師団の鍛錬の様子。
見知った面々がわたしを見て笑みを浮かべたり手を振ってくれたりする中、この耳が騎士たちの言葉を拾う。わたしよりも傍にいるギルベールにもそれは聞こえているのだろう、非常に渋面顔を浮かべていて見ていてとても面白かった。




