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32 薔薇は美しく散る。ちるちる。

「双方、用意はいいか? 一勝一敗同士、これが最後の試合だ。悔いのないよう、全力で戦うがいい。……とはいえ、死闘ではなくあくまで薔薇の戦いであるから、怪我の無いよう騎士道精神に則って紳士的にな」


 向かい合うカレブとリギアの間に立って審判役のウィルケンが言う。

 先手必勝とばかりに第一試合をスピード勝負で決めたリギアと、それを観察しながら第二試合は攻めに転じてリギアを下したカレブ。

 次の三試合目で今回の薔薇の戦いの勝敗が決まる。


 訓練場の脇を見ると、アルシャイン家の執事がいそいそと記帳台を設けているのが見えた。件の入籍届をいつでも書けるように準備しているらしいのが分かってリギアは少し不満を覚えた。おそらく彼らも主人であるカレブの勝利を確信している。

 まあ、現役の騎士でありソードマスターであるカレブに、まだ見習いにもなっていない騎士候補の女学生のリギアが勝てるとは思っていない。実際二回目の試合で本気の片りんを見せたカレブに、リギアはすごいと思ってしまった。本当の本気の戦いなんて、戦争時代を大して知らないリギアには分からなかった。


 ――多分、パパはこのまま勝ちにくるよね。ソードマスターとしての実力はこれっぽっちも見せてないんだろうけど、やっぱ実際に戦場に出たことのある人って違う。


 カレブに剣を弾かれ、そのまま跳ね飛ばされたときの、手首から二の腕にかけてのビリビリとした感じ。

 それに気を取られて咄嗟の判断ができなかった。そのまま横薙ぎに一撃を食らうと思ったあの時の恐怖感は忘れられない。結局は痛みは来なくて、クラシックバレエやダンスみたいな体勢にされて拘束されただけだったが、あの瞬間はかなり気圧された気がした。気合を入れ直してようやく落ち着いたが、それまでは茫然として力が出なかったくらいだ。


 「双方、構え。――始め」


 ウィルケンが手を振り上げて戦いの火蓋を切った。

 構えの姿勢から再びカレブとリギアの距離の取り合いから始まる。

 カレブの表情から、今回も手は抜かない意思が感じられ、リギアも負けられないと肩に力が入った。お互いに後が無い。カレブがこういう時におまけで勝ちを譲ってくれるような雰囲気でもない。

 そもそも執事に入籍届を用意させるほどの熱の入りっぷり。


 次はどうやって攻撃をしかけようか、そう考えながらカレブの隙を伺うが、向こうも後がないためそんな隙なんて一ミリも見当たらない。

 カレブのこちらを伺うまなざしは、まるで獲物に狙いを定めた美しい白銀の狼のようだ。そこから目を一瞬でも目を逸らしたら噛みつかれるような、そんな錯覚を覚える。

 でも、何故かそんなカレブをリギアは綺麗だと思ってしまった。こんな切羽詰まった状況で思うことではないだろうが、何故かそう思ってしまったのだ。


 ――カッコイイとこあるじゃん。


 そのビリビリと緊迫感が漂う空気の中、リギアはカレブに対して初めてそんなことを思った。

 初めて出会った時からカッコイイところなんて何一つ見ていない。

 やる気のなさそうな面接官の顔。なのにリギアを意識した途端、急に人気(ひとけ)のないところに連れ込んだりして意味が分からなかった。

 リギアの言葉足らずで一喜一憂し、無理に学校や寮に押しかけて出禁になった。

 仕事中にリギアを見かけて入籍をせがんだり、そこを当時の恋人に見られて修羅場を演じ、それらが重なって騎士団で謹慎処分を受けたりもした。

 リギアの手紙を額に入れて飾ってみたりしてたし、チャラ男でブイブイ言わせてたにしては、リギアのことになると途端に縋りつく子供みたいになってカッコ悪いところしか見ていない。

 なのに。

 今日しっかりとリギアに向き合っての勝負を受けて立つカレブは何だかとても、リギアにとってカッコイイお父さんに見えた。


 ――ちょっと見直したかも。だけどこっちだって負けないよ、パパ。


 じりじりと間合いを取るだけではらちが明かない。そもそも勝てる見込みのない試合だ。思いっきり仕掛けて華々しく散ろう。そう思ったリギアは地を蹴って間合いを一気に縮めた。


「はあああああ!」


 がきん。

 

 大きく振りかぶって渾身の力を込めた剣は軽く弾かれた。そのあとすぐに返す剣で凪ぐも、同じように弾かれる。

 今度は剣を下に構えて斬り上げ、カレブがそれを弾かずに防いだのを見て一気に怒涛のように連続で攻撃を仕掛けた。

 きいん、きいん、と斬撃の音が鐘の音のように響き渡る。

 一、二、三、と頭の中で数えながら踏み込み、カレブを後退させるも、リギアの頭で八を数えたときに剣を鍔競り合わせたカレブの左腕がリギアを捕まえようと横から襲い掛かってきた。


「ひゃう」

「……っ! くそっ」

 

 ギャリン、と剣を滑らせて話したリギアは咄嗟に身を低くしてそれを空振りさせ、低い姿勢で飛び退って間合いを取る。少し近づきすぎた。

 ごろごろと地を転がって身を躱す方法もあったが、それでは頭に刺した薔薇が散ってしまいそうだったので、なんとか薔薇を左手でおさえつつ飛び退って間合いを取る。


「すばしっこい奴め」

「うわあ、パパ今のめっちゃびびったー! おしっこチビるかと思った」

「女子だろ、そういうこと言うのやめろ。てか次は逃がさねえぞ」

「ふひひ」

「は、何笑ってんだよ」

「楽しいね、パパ」

「楽しい? ……何で」

「何でかなあ。めっちゃ楽しいよ。結構動いて疲れてるはずなのに、楽しくてやめられない」

「リギア」

「だああああああ! 次行くぜええええパパあああ!」

「わ、いきなりかよ! は、はははははっ!」


 突進してくるリギアに驚いて応戦しつつも、リギアのテンションの高さに思わず笑ってしまうカレブ。

 キンキンと激しく打ち鳴らす剣の音がまた訓練場に響き渡り始める。

 二人の表情はお互いに不敵な笑顔だった。この時間が楽しくてしょうがないといったリギアに、そんなリギアの無茶苦茶な剣撃の激しさに思わず笑いを押さえきれないといったカレブ。

 お互いに力いっぱい打ち合って腕が肩から痺れてくるほど激しい打ち合いにも関わらず、その疲労なんて感じられないほどの所謂ゾーンみたいなものに突入していた。

 

「な、何で笑ってるの、あの二人」

「わからぬ……何が楽しいのか」

「リギア……!」

 

 はたから見たら一種異様な光景だったかもしれない。脇でそれを見ていた審判役のウィルケンと、その横で二人の戦いを手に汗握るように凝視していたラドゥとミルファも、二人が笑いながら、薔薇の戦いだというのに一瞬でも気を抜けば大怪我しそうなほどの激しい打ち合いをしている姿に驚きを感じていた。


 金属音が響き渡り続け、大きく爆ぜるように大きく打ち鳴らしたと思ったら、二人は飛び退って間合いを取り、再び走って踏み込んでまた鍔競り合う。ぎゃりん、と金属同士が擦り合う嫌な音を鳴らして離れ、次の瞬間再び二人はぶつかり合った。

 リギアは大きく地を蹴ってカレブの剣を振り払ってから、ついにカレブの左胸の薔薇に手を伸ばした。それと同時にカレブの左手もリギアの頭の薔薇に向かってきた。


 どすん、と音がして、二人同時に地面に倒れ込んだのがウィルケンとラドゥとミルファには見えた。

 訓練場を戦いの中踏み鳴らして生じた土煙が舞い上がり、それが収まったころに見えたものは、半分横たわって背後に手をついたカレブに跨るリギアの姿と、そのそばをカラカラと転がっていく二人の剣。

 そしてお互いの手にお互いから奪った薔薇が掴まれていた。


 ぱらり。


 二人の手にした二輪の薔薇から、同時にぱらりと花びらが散る。気が付けばあまりに激しい戦いの最中、かなり振り回されて揉みくちゃになってしまったらしく、散りにくい八分咲きといえど、耐えられなかったようだ。


 薔薇の戦いにおいて薔薇は貴婦人にも等しい。

 それをないがしろにして薔薇を散らせるのは、騎士として勝ちも負けもなく、失格である。


 土煙の治まった地面を見ると、そこかしこに薔薇の花びらが落ちているのが見えた。お互いの手が薔薇に触れたとき既に薔薇はかなり散っていたらしいので、取ったのがどちらが早かったかなんて最早関係なかった。


 ふう、とウィルケンが大きく溜め息を吐いて手を挙げた。


「双方、失格。よって、今回の薔薇の戦いは引き分けとする! 延長戦はない」


 ウィルケンの宣言に、リギアとカレブは信じられないという顔でウィルケンを見た。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 勝負つかなかったら困るんだ!」

「ウィルパパ、延長戦ってまじで無いの?」

「無い。最初から三回勝負と言ったはずだ」

「そんなあ…… 不完全燃焼なんだけど」

「こういう時は入籍の件はどうするんだリギア。保留とか認めねえぞ俺は」


 泥だらけになりながら花びらの少なくなった薔薇を手にした二人は立ち上がって途方に暮れた。

 カレブは勝ちに行っていたし、リギアはカレブに勝てるとは正直思っていなかった。なので、結局はカレブの勝ちで、入籍云々は成るだろうと二人とも思っていたのだ。

 それが、思いもよらぬ引き分けだったことに、カレブはもちろんリギアも難しい顔をして押し黙る。


「あのぅ……もうこの際、ロックシザーペーパーで決めたらどうですか、副団長もリギアも」


 近づいてきたラドゥとミルファ。そのラドゥが提案した。

 ロックシザーペーパーは筆者の世界でいうところの所謂じゃんけんである。

 その提案に、リギアもカレブも、これまでの激しい戦いは一体何だったんだと脱力した。そう考えると戦いの中以外にもたくさん打ち身を作っていた身体がじんじんと痛み始めるのを感じた。

 そうしていつまでもウダウダモジモジとやっているリギアとカレブに、ミルファが告げる。

 

「もう! そもそもこの薔薇の戦いこそ何の意味もないお遊びな戦いだったんだからこの際それでいいじゃない! さっさと決めて、打ち身とかの怪我の手当てをするわよ!」

「ママひっど、意味なくはないよ!」

「そうだよミルファさん、これは俺とリギアの大事な」

「あーはいはい。打ち身は早めに冷やさないとだめなのよ。さっさと決めてしまいなさい!」


 元歌姫の通る声できっぱりとそう言われて、リギアとカレブはしぶしぶと向き合って握りこぶし、そのあと指二本を立て、掌を開いて、をやり始めた。


「ロック、シザー、ペーパー、ロック、シザー、ペーパー」

「ロック、シザー、ペーパー、ワン、ツー、スリー」


 リギアが握りこぶし。カレブが開いた掌だった。


「よっしゃあああああ!」

「うにゃーーーーー負けたああああああ!」


 ガッツポーズをする主人と、崩れ落ちるその娘を見た執事が、入籍届と簡易テーブル、筆記用具を手にいそいそと駆け寄ってきていた。

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