033 お前がいればいいや
ゼルニケ王国王都ルークハウゼン、その広大な都市の中央に厳かにそびえるゼルニケ王城。良く晴れた清々しい秋の日、王城の謁見の間に緊張した面持ちの二人がいた。
カレブ・アルシャイン子爵、そしてその横には……。
「リギア・アルシャインと申します。以後、お見知りおきくださいませ、陛下」
鈴を転がしたような声が、その佳人から発せられた。その場に居合わせた侍従官や騎士などから感嘆のため息が聞こえてきた。
上品な、それでいて大人っぽくなり過ぎない、まさに少女から大人の淑女へと成長している最中と感じさせる若草色のドレスを身に纏い、月の光をかき集めたように輝く珍しい銀の髪をすっきりとまとめて花をあしらった髪飾りをつけた、絶世の美少女。
――やっぱ化けたなリギア。
カレブは、己の隣でお澄まししているリギアの姿に思った通りだという感想を持った。リギアは見た目はいいのだ。ただ猫を何十匹も被っただけの、バルファーク産の野生のヤマネコみたいなお転婆な娘だということはこの場では内緒である。
当のリギアは普段着慣れないコルセットに締め付けられて気持ち悪くなっていたせいでかなり大人しくなっていた。こんなもの二度と着たくないと思ったものの、これから子爵令嬢となるからには避けて通れない物である。
この度、正式に入籍して親子となったカレブとリギア。そのカレブが新たに自分の娘となったリギアを国王陛下に紹介するために、本日この王城へ来ていた一同。
子爵とはいえ戦争で活躍しソードマスターのギフトを得ているカレブ・アルシャイン子爵は高位貴族や王族にも一目置かれている。独身主義とも言われて配偶者のいないカレブが娘を持った、それも血の繋がった実子で、母親は平民だが有名な薬師一族。母親の身分の低さを補う後見人として北辺境伯ウィルケン・バルファークがおり、その息子とは婚約関係。
そんな鳴り物入りとも言われそうな地位にいる件の娘を一度紹介しに来いと国王の命により、今回の来城に至ったわけだ。
一応経緯などを事前に話していたので、リギアとカレブに関する複雑な人間関係に、国王もまた興味津々のようだった。
父は見目麗しい美男子として社交界でも評判のカレブ、そして母はかつてゼルニケ王国の美人碌にも載った絶世の美女、歌姫ミラこと、薬師一族アイゼン家を代表する薬師ミルファから、二人の良いところだけを受け継いだような美貌のリギアに、国王以下王族の一同はほう、と感嘆の溜め息を吐く。
今日のリギアはいつものすっぴんではなく、アルシャイン家のメイドたちにガッチリメイクを施された美少女に変身していた。
この姿だが口を開けばいつもの不思議ちゃんが出てしまいそうなので、カレブに極力喋るなと言われている。コルセットで締め付けて物理的にあんまり喋れないようにもしているためリギアは心外だった。
「いやはや、噂に違わぬ美姫であるな子爵」
「恐れ入ります陛下」
「既にバルファーク公の令息と婚約関係にあるとか。全く惜しいものよ、予の息子たちのどれかに嫁がせたかったものを」
国王の冗談めいたそんな言葉にリギアはびくりとしてしまった。
貴賤をあまり問わないバルファークとは違い、王都ルークハウゼンでは王族の配偶者になるには伯爵以上の家柄の娘を選ばなければならないのが原則だが、国王には今八人も息子がいて、王太子である長男以下はそれぞれ今後公・侯爵の地位を与えられて貴族になることが決まっている。その彼らなら、子爵令嬢となったリギアでも嫁げる。
しかし、リギアにはもう子供のころに決まったラドゥという婚約者がいて、今日までずっと仲良く暮らしてきたのだし、ここで王族のチャチャ入れはよしてもらいたいところだ。
「私も残念ですが陛下。リギアには子供の頃から決まった婚約者がいまして……」
「ははは。無論知っておるよ。バルファーク公から息子が地元出身の女性と婚約したというのを了承したのも予であるからな。このような美姫となるのがわかっていれば放っておかなかったものを」
「恐れ入ります」
「いや、つまらぬ話をして済まなかったな、リギア嬢」
「だ、大丈夫です」
「リギア嬢は来春騎士団入団予定とか。女の身ではなかなか厳しい世界でもあるが、同じく第七部隊の女性騎士らは良き先達となるであろうから、精進いたせ」
「はい。心得ましてございます」
国王陛下はそうやってリギアを労ってくれるところは何とも快活な人物だった。
「それにしてもアルシャイン子爵。リギア嬢とは無事に親子となったが、そのあとは其方は結婚の予定はないのか?」
「いえ、ありません」
「そういえば最近女性と破局したとかも聞いたが」
「お耳汚しで大変失礼いたしました陛下」
「いや、それはいいのだが、そなたが良ければどこかの妙齢な婦人を紹介してやるが。そなたまだ男盛りの三十代であろう? そなた程の地位なれば予が何もしなくとも引く手数多で余計な世話かとも思うが」
国王の提案にリギアは顔を上げてカレブを見た。
リギアは一応この度正式にカレブと親子になったけれど、これからリギアが成人したらすぐにラドゥのもとに嫁ぐ予定のため、結局カレブは独り身のままだなあと思ったら、やっぱりどこかの女性と所帯を持ったほうがいいのではないだろうかとリギアは思う。
カレブにとってはミルファが最愛の人のようだが、そのミルファはもうウィルケンと幸せに暮らしていてカレブに対して未練はないようだし、あの広場で盛大に破局した女性ももう別の男性を選んだ。
国王が紹介してくれる人となれば、そんなに変な人はあてがわれないだろうし、いい話なのではないだろうか。
しかし、カレブは苦笑してから晴れやかに顔を上げて陛下に宣言した。
「お心遣い痛み入ります陛下。ですが、私は生涯妻は娶らないつもりです」
カレブの言葉に国王だけでなく、リギアも目を見開いてカレブを見た。
――パパ、なんで? 後継者とかどうすんだろ。私はおにいのとこにお嫁にいっちゃうから、アルシャイン子爵を継げないのに。
「何故だアルシャイン子爵? 身分の高い女性からもそなたの妻になりたいという女性も多いと聞くが。それに、予が授けた子爵位が一代限りの物となってしまうぞ?」
女性が権利を得てきた時代とはいえ、基本的に家を継ぐのは一般的に男子だ。男児がいないためやむを得ず女児に爵位を持たせる場合も例外的にあるけれど、それもその女性が結婚するまでの間だけ。結婚相手の男性がその地位を受け継ぎ、その間に男児を設けて次代へと繋いでいく。
カレブの地位を継ぐ者がいなければ、せっかく叙勲した子爵位はカレブの代で返上してしまうことになり、せっかく授けてくれた国王に失礼になってしまうだろう。
リギアに継がせるという選択肢を持ってこられても、リギアには荷が重くて正直ありがた迷惑でしかない。
一体何を言い出すのかと、ここで声を荒らげて問い詰めたいところだが国王陛下の御前である。リギアは無言でカレブを咎めるような視線で見つめた。
正面と真横下側からの痛い視線に苦笑しつつ、カレブは続けた。
「私はこれまで自分の浅はかな振る舞いで三人もの女性を大切に出来ませんでした。このままではこれからもそういう事があるかもしれません。妻を娶ったとして、その女性に私はもう愛情を与えられないでしょう。お飾りの妻として不幸な女性をまた作ることになる。もうこれ以上、不幸な女性を増やしたくないのです」
「む? 三人?」
「はい。このリギアの母であるミルファ・アイゼン殿、先日破局してしまったビオラ嬢、そして、このリギアです。ミルファ殿は私と別れたあと、バルファーク公に見初められて幸せになろうとしています。ビオラ嬢もまた、これから大変かもしれませんが本当に愛する男性と共に居るために去りました。二人については、もう私の出る幕はありません。残るは、このリギアです。……私は、娘のリギアだけは自分の人生かけても、今度こそ大切にしたい。爵位も、私のあとはこのリギアとその婚約者であるラドゥ・バルファーク卿との間に二人目の男子が産まれたら、その子を養子にして継がせようと考えています」
カレブの言葉に、リギアは真っ赤になってしまった。
あのバルファーク公のタウンハウスの庭園でラドゥに「おにいの子をいっぱい産む」宣言をしたことを思い出した。
「ふむ……そうか。まあそなたのソードマスターというギフトがあれば、結婚の肩書は有っても無くてもその地位は揺らがないであろうしな。相分かった。そなたの意思を尊重しよう」
「ありがとうございます」
「娘御ともども幸せにな。今後とも騎士団を親子で盛り立ててくれ」
「もちろんでございます。精進いたします」
「が、がんばります!」
謁見に忙しい国王をいつまでも引き留めることはできないため、謁見予定時間を大きくオーバーしてしまったが、御前を辞する。
リギアはなんとか失敗せずに国王陛下にアルシャイン子爵令嬢として挨拶をすることができた。
謁見の間を退室し、厳かな廊下を歩いてしばらく経ってから、カレブとリギアは二人で盛大な安堵の溜め息をついた。
「ん~~~~漸く終わったなあ」
「うう、もう着替えたい」
「何でだよ、めっちゃ可愛いぞ今日」
「おええ、コルセット吐きそう」
「おい今からそれで大丈夫か、今後は結構着ることが多くなるんだぜ?」
「そうだけど、今日はもうやだ」
「はあ……先が思いやられるな」
「それよりさー、パパってばいいの? 陛下にあんなこと言っちゃって」
「あんなことって?」
「お嫁もらわないって宣言しちゃってさ」
「いいじゃん。俺はもう女いらないから」
「寂しいときどうするの?」
「お前がいればいいや」
「ええ~……」
「引くなよ、冗談だ。もうそういう気になれないだけだよ。女はもう面倒くさい」
「私も女ですけども」
「リギアはいいの。俺の娘だから」
「うわなにそれキモい」
今日は絶世の美少女の姿をしているのに、口を開けばいつものリギア節が出てくることに、カレブは苦笑するものの、彼を見上げながら「何だよパパ」と口を尖らせて拗ねるリギアが非常に愛おしく感じる。
「これからよろしく、俺の娘ちゃん」
「すぐにお嫁に行ってやる」
「おい、一刀両断するんじゃねえよ。もう少し夢を見せろ」
「ふひひ」
今日は貴公子然とした服装のカレブと、国王に美姫と称されたお澄ましな恰好のリギアは、廊下を歩く人々の目を非常に良く引いていた。




