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029 逢瀬

 そろそろ秋の草花が見頃を迎え、秋の薔薇も香るバルファークのタウンハウスにある中庭、その薔薇の絡まる屋根を持つ四阿のベンチに、ラドゥとリギアは座って久しぶりに会えたことを喜んでいた。


「ごめんなリギア。寮の門限があるのに引き留めたりして」

「ううん。私もおにいに全然会えてないなーって思ってたから、もうちょっと話したいし、ちょうど良かった」

「そうか。良かった」

「明日パパんちで会えるんだけどねえ」

「まあ、それはそうなんだけど……ごめん、やっぱり僕も限界でさ……。バルファークと王都くらい離れてたら諦めもつくけど、そう離れてないところにいるのに会えないの、やっぱり辛い」

「おにいもそうなんだね」

「リギアも?」

「うん。ここ数日はおにい帰ってこないかなって結構遅くまで粘って待ってたりしてさ。めっちゃ寂しかったよ~!」

「僕も」


 リギアが寄宿学校のための王都に来て以来毎週必ず一度は会っていた二人だったので、一週間会えていないだけでこんなに寂しい。

 手を繋いで隣り合って座りながら、明日まで我慢できない若い二人は苦笑した。


「そっち、パパのほうはどんな感じ? ネタばれは無しでいいけど」

「ん~、仕上がってると思うよ。もともとそこはやっぱり現役の騎士だからね、身体動かすことに関してはやっぱり悔しいけどセンスはいいよあの人。そこはすごく尊敬してる。薔薇を取る紳士的な動作もさ、最初はガサツだったけど、自称フェミニストって言ってたからやってくうちにスマートにできちゃうし」


 この一週間カレブの練習相手を務めていたラドゥ。

 そういえば、薔薇の戦いにおいて男性が女性を相手にする場合は、男性が女性の髪に刺した薔薇を取って差し替えるのだが、リギアはカレブの練習のためにラドゥが髪に薔薇を刺しているのだろうかと想像してぷっと噴き出した。


 ――オレンジブロンドの短髪に薔薇を刺したガタイのデカい美丈夫……。


「ふひっ……なんかおもろ」

「ん? 何が?」

「おにいが薔薇を頭につけてパパの練習相手になってるとこ想像しちゃった」

「ちょ、やめてくれよ。そこは僕じゃないし!」

「あはははは」


 リギアの言葉の意味を一瞬想像して慌てて否定するラドゥに、リギアはなかなか笑いが止まらなくてラドゥの肩をばしばし叩いた。笑いながら隣にいる者をばしばし叩くミルファと同じ癖である。

 

「あー、おもろ、ごめんごめん」

「もう、変な想像しないでくれよ……第七師団の女性騎士のファラ・ドーソン部隊長が薔薇の戦いに興味持って練習に参加してくれたんだよ」

「第七師団? そこ私が入団内定したとこだ」

「そうだね、来春からリギアの上司になる方だよ。副団長としては女性相手の練習するにはもってこいだったみたいだ」

「へー、じゃあしっかり本番前の練習できたんだパパ」

「そうみたいだね」

「私なんて髪にに刺す薔薇、造花たくさんと本物一本刺して『本物どーれだ♪』とかやったらどう? ってアイディア出したら、練習付き合ってくれた騎士殿にクソの所業って言われたよ……。てかそんなダメかなー、いいアイディアだと思ったのにぃ」

「あはははは! それはダメだね。薔薇の戦いは本当に誠実な戦いだから」

「むうー」

「まあ、副団長も最初は『もうちょっと初心者に優しくならないか?』なんて言ってたけどね。副団長もさ、やっているうちに面白くなってきたらしくて、もう少し付き合えとかなんとか言われて、僕も夜遅くなってからようやく帰宅したらリギアはとっくに帰ったあとでしょう? 集中するのはいいけどほんと参ったよ」

「あのオヤジは人の迷惑を考えたほうがいい」

「あはは、確かに」


 実践の練習相手が女性騎士のファラ卿とはいえ、彼女一人を残してラドゥが帰るわけにもいかず、ファラ卿も家庭があるので一時間程度で帰ったあと、カレブにもう少しと付き合わされたとラドゥが愚痴をこぼす。


『リギアがうちで練習してるから、今帰れば間に合うかもしれないので……』

『んっん~、そうなのか。だがそこを曲げて頼む、ラドゥ卿。もう少し付き合ってくれ。いやほら、リギアのほうの練習内容がわかったら、ラドゥ卿から俺に伝わっちまうかもしれんだろ。ネタばれば良くない。うん、良くない』

『いや、でも、ここ数日まともに会えてないんです。せっかくうちに彼女が来てくれているのに』

『俺だって会えてない!』

『当日会えるじゃないですか!』

『それはラドゥ卿も同じだろ。ここまで来て抜け駆けは許さん』


 ――なんだ、抜け駆けって。

 

 婚約者に会うだけで抜け駆けとは、カレブが完全に父親拗らせているのを見てラドゥはため息をついたという。


「……あれって、いわゆる父親の醜い嫉妬だよな」

「わー、パパきもー。きもオヤジ。ウケる」


 リギアにかかれば王都のドンファンで女性が溜め息を吐くほど虜になる美丈夫カレブも、単なる父親拗らせたキモいオヤジである。

 ちょっとした悪口大会になってしまったが、久しぶりにラドゥとこうして会って話ができて大変楽しい。早く帰って正解だったと思うラドゥと、今日はぎりぎりで帰らなくて良かったと思うリギア。 


「おにいは子供にそんな父親になったりしないでね」 

「あはは、まあでも、わからなくもないけどね。僕が副団長の立場だったら似たような心理になるかもしれないよ」

「んふふふ、おにいに娘ができたらそんなんなっちゃうの?」

「う、うん。まあそうだね……リギア似の女の子だったら多分嫁に行かせたくないだろうな」

「あはははは。でもそれもそうだね。私もおにいに似た男の子だったら彼女作られたら嫉妬するかもー」

「……あはは、うん」


 ひとしきり笑いあったあと、流石にもう帰らないといけない時間なので、リギアはそっと立ち上がろうとした。しかし、ラドゥは離れそうになったリギアの手を握りなおして彼女を引き留めた。

 リギアは引っ張られて思わずそのまま再びベンチにすとんと座らされてしまった。


「おにい? ……うわっぷ!」

「……ごめん。もうちょっとだけこうしてて」


 ラドゥはきょとんとした顔のリギアの手をそのまま引っ張って胸に掻き抱いた。

 厚い胸板に広い背中。こうしてみると、子供のころ病を経て回復したのちにすくすくと成長し、リギアとともにバルファーク領を駆け回って育ってきたラドゥの身体は、しっかり騎士らしく筋肉が付いた大人の男性の身体になっていた。

 身長だって子供のころは同じくらいだったのにいつの間にか頭一つ分くらいも抜かされている。

 リギアも鍛えているので筋肉はそれなりにあれど、やはりビキバキとした筋肉ほどには張り出さない体質。そういうところにラドゥとの性別の違いを改めて感じる。


 ――やっぱ身体大っきいなあ、おにい。私とは全然違うや。

 

 訓練後、急いで帰ってきたものだから汗をかいているらしく、悩ましい汗の匂いがやたら男を意識させてくるのでリギアは困ってしまった。

 幼い頃からずっと一緒に過ごしたこの幼馴染はいつの間にか大人の男性になっていた。それを実感してリギアは心臓が跳ねあがる。

 ガッチムチな筋肉に包まれ掻き抱かれて失神しそうなだけかもしれないが。


 取り繕うようにリギアはラドゥの背に腕を回し、照れ隠しにその広い背中をよしよしと撫でてやった。まるで大型犬をわしわしと撫で繰り回すみたいに。


「どうしたどうした、よーしよしよしよしよし」

「ちょっ……、くすぐったい、もう! 人の気も知らないで」

「ん?」

「はあ……リギアが成人したら、速攻で結婚してやるんだ」

「あは、速攻でっておにいってば」

「……リギアが子供の話なんてするからだろ」

「子供の話って何? ……あ、おにいに娘ができたらお嫁にやれないとか、私に息子ができたら彼女に嫉妬しそうとか言ってたことか。それがどうかした?」

「……はあ。意識してるの僕だけか」


 ラドゥはがっくりと溜め息を吐いてから、リギアの肩の顔を埋めた。


「……あのさ、リギアはあっけらかんとしてるけど、子供ってどうできるかわかってる?」


 ラドゥの言葉にリギアは一瞬反芻してからぽっと頬を染める。さすがに想像してしまった。


「わ、わかってるよ、子供じゃないもん。子供はエッチしたらできるんだよ。わたしとおにいも結婚したらいずれすることになるやつ」

「そ、そうなんだけど、そうあけすけに言われると何だかなあ……」


 色気も素っ気もありゃしない言葉に脱力してしまって、ラドゥはリギアをそっと解放すると、やや頬を染めたリギアの大きな赤紫の瞳と視線が絡み合った。

 

「おにいはエッチしたい?」

「……! な、なんでそんなこと聞くの」

「えー、単純に知りたいなって。将来結婚したらおにいの子いっぱい産むつもりだからさ」

「……そ、そう、なんだ……そりゃあ、したいかしたくないかって聞かれたら、僕だって至って普通の男だし……普通そうだろ。女性とお付き合いしている男性ならたまにそういうこと考えるの普通だと思うし……」


 リギアのあまりにあけすけな質問に、ラドゥはしどろもどろに答えながら、まっすぐなリギアの視線に耐え切れずに真っ赤になって目を逸らした。言葉尻がどんどん声が小さくなっていた。


「でも、僕らは結婚前だし、リギアも成人前だから倫理的にだめだからね。そこは我慢できるよ。結婚後まで、取っておく」


 ラドゥは半分やけくそ気味に早口で言った。ラドゥの真面目ぶった言葉に噴き出して、でもホンワカと温かい気持ちになりつつ、リギアは若干遠い目をした。

 

「でもまあ……おにいみたいな真面目な人もいれば、世の中には結婚もしないで子供作っちゃって、後になってからややこしいことになってる人もいるわけだけどさ。誰とは言わんけども」

「う、リギア……それって」

「誰とは言わんけどもね」

「ああ……」

「ま。そのどっかの誰かさんたちは反面教師としてさ、私たちはそういうの計画的にやってこ」

「う、うん」


 その誰かさんたちのおかげでややこしいことになっているリギアが言うのだから、ラドゥはそれに全力で付き合うつもりでいる。

 

 リギアは今回カレブに親子の籍を入れる入れないで揉めて、どうしてもと言うならと、カレブ今のと勝負して負けたら入れると言って、今回の薔薇の戦いをすることになった。

 子供の頃から片親だったことはラドゥと似た境遇だけれど、リギアはどこか達観したところがあって気にも留めていないのかとラドゥは思っていた。

 だが今のリギアの言葉からすると、飄々としているわりに、カレブ、そしてミルファに対して何か思うところがあって、それを内に秘めたままずっと燻っていたのかなとラドゥは感じた。


「……あのさ、おにい」

「ん?」

「その、エッチはまだ駄目だけどさ、ちゅーまでなら、いいんじゃないかと思うんだけど」

「……え?」

「ど、どう? ちっちゃい頃はほっぺにちゅーとかしてたけど、大きくなってからはあんまやってないっていうか……その、こ、恋人同士だし、婚約者だし、してもいいかなって思うんだけど」

「リ、リギア……」


 目を丸くしてこちらを見る緑の瞳が月明かりに青っぽく見える。

 やがておずおずと、リギアの頬にラドゥの剣だこのあるごつごつした手が触れた。ふと見ると、ラドゥの整った顔が近づいてきたので、リギアは目を閉じた。


 額、頬に唇が触れ、「あれ?」となんだか拍子抜けしたリギア。しかし油断した次の瞬間、リギアの唇にラドゥのそれがふわりと触れ合った。


 「……! ……、ん……」


 驚きにその赤紫の瞳を大きく開いたリギアだったが、だんだんとその瞳がとろんと酩酊したように蕩けて、両腕が自然にラドゥの大きな背中にまわった。

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