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028 リギアの特訓

 その日の放課後、学校からバルファークのタウンハウスに直行したリギアは、来るべきカレブとの「薔薇の戦い」の勝負の為に訓練をしていた。

 バルファーク公ウィルケンの従者である騎士に「薔薇の戦い」のルールや動き方などのレクチャーをしてもらう。

 一日目は人型を模した的の胸元に薔薇を刺して、間合いを詰めながら利き手とは逆の手で薔薇を取る練習。

 二日目は魔法で動く的を追って薔薇を取る練習。一日目も二日目も武器は持たずにただひたすら薔薇を取る練習だ。自分の髪にも薔薇をつけているため、それが散らぬように守りながら薔薇を取るのが難しい。

 三日目以降から本格的に的ではなく人相手に練習を始めた。バルファークの騎士に薔薇をつけてもらい、これまではリギアが取るだけで、的はリギアを攻撃してこなかったが、生身の騎士相手ではそうはいかない。


「ぼちぼちやっていく感じでいいですよね、リギアお嬢さん」


 相手をしてくれた騎士は上背のある東方出身だという男性騎士だった。カレブと同じくらいの体格なので練習相手にちょうどいいのではとウィルケンが選んだ。

 性格も飄々とした一見やる気のない感じだがやるときはやる人のようで、リギアと似たり寄ったりだったので選んだという理由もあったらしいが。

 

「いや、もうめっちゃ容赦ない感じでいいっす」

「容赦ない感じでって現役の騎士に本気で言ってます?」

「だってそれくらいしないとパパに勝てないんすよ」

「はあ、勝つ必要あるのかなあ……でもまあお嬢さんがそう言うなら」

「大丈夫っす。私も騎士科ですので打たれるのは慣れてます」


 そうは言うが、実際の試合の前に大けがをして倒れても困るので、手を抜かないまでもしっかりリギアの訓練に付き合うことにした騎士。

 リギアのリクエスト通り全く容赦ない感じで向かってきたので、リギアは最初のうちはあっという間に吹っ飛ばされ……そうになったときに腕を掴まれて引き寄せられ、そのまま髪の薔薇を取られて騎士の胸にあった薔薇に取り換えられる。


「早っ」

「男にそれは禁止ワードですお嬢さん」

「うん? ちょっと何言ってるかわかんないですけど、とりあえずもう一本よろしこ」

「はい喜んでー」

 

 気が付けばリギアの頭からぽいっと抜き取られた薔薇で足元がいっぱいになっていた。甘い薔薇の香りが漂う。

 

「……薔薇の死屍累々ってかー」

「お邸の装飾でもう片付けることになってた薔薇で良かったですね」

「うぃす。てか卿まじで容赦なかったっすね」

「お嬢さんがそうしてくれって言ったじゃないですか。今さら泣き言ですか」

「それはそうなんですけどなんか、もうなんか……てか、紙製の薔薇をたくさん髪に刺して、一本だけ本物刺して、本物どーれだ♪ってやったらダメですかね」

「あっはっはっは。小賢しいですね。クソの所業ですね。紳士のゲームでへそが茶を沸かしますよ」

「冗談ですすいません、頑張ります」


 毒舌後に最初のうちはそんなもんです、と気の抜けた慰めを言う騎士に、リギアは髪の薔薇をしっかり刺し直す。

 

 新たな薔薇を胸に刺して目の前に立った騎士と今一度差し向かい一礼をしてからもう一本、また負けてもう一本と練習していくうちに、だんだんとコツを掴んできた。だが……。


 ――うーん。もう一歩足りない。このままだとパパ相手に互角までいくかどうかわからないな。


 脳裏にしてやったりなドヤ顔をするカレブの顔が浮かんでムカつく。


 ――くっそ。あんな調子こきのパパなんかに負けてられっか。


 騎士殿が練習に付き合ってくれているけれど、指導はしてくれても優しいわけではない。それはリギアがそうしてくれと望んだことだが気持ち的に若干孤独感が否めない。

 ウィルケンは勝負の公平を期すために傍観を徹底しているし、ミルファも同じく「お疲れ様、頑張ってるわね」などと労うだけで、彼女に何かできるわけでもない。


 ――自分が始めたことだけどさ。そもそもパパと戦いたいなんて言ったのが始まりだったし、それは後悔してないけど。

 

 ラドゥにいたっては同じ騎士団所属というだけでカレブの練習を見ているのでここにはいない。

 リギアも本当ならラドゥと練習したかった。正直カレブにいつも一緒だったラドゥを取られた感じがあって気分が悪い。

 とはいえ、バルファーク邸に来ているのにラドゥが帰ってくるのはかなり遅いため、この一週間まともに彼に会えていなくて寂しかった。

 ウィルケンとミルファが食事をしていけと言うのでぎりぎりまで留まる口実に誘われてみたりしたが、ついにリギアが学生寮に戻る時間までにラドゥは戻ってこなかった。これまでの数日間一度もだ。

 以前リギアが入学前にラドゥが王都寄宿学校に行ってしまって半年に一度しかバルファークに戻ってこなかったときに比べたら全然会える距離だというのに、タイミングが最近いつも悪いのだ。

 

 おそらくカレブとの勝負の日まで会えないんだと思って、割り切って薔薇の戦いの練習を頑張ることにした。


 ――でーーーーもーーーー! 癒しが足りない。おにいの顔見たい。おにいと話したい。おにいに会いたい!

 

 恋する乙女はラドゥに会えない寂しさを反動に、何とか騎士殿ののんびりなのに割とスパルタな指導を乗り越えて彼の胸元から薔薇を奪い取れるようになって、仕上がってきたことを確信したのが、カレブとの試合の前日だった。一週間でよくここまで頑張ったものだと自分で自分を褒めたい。


 騎士殿にサムズアップで仕上がりのお墨付きをもらったあと、「どうせ粘ってもおにいには会えないしな」と、明日に備えて早めに練習を終えたリギアは学生寮に戻ろうとしていた。そこにウィルケンとミルファが声をかける。


「リギア、食事はしていかないのか?」

「うーん、明日に備えて今日は帰って早めに寝るよ。ありがとうウィルパパ」

「うむ……そうか。仕方ないな」

「ごめんね」

「大丈夫よ、ウィルはちょっと寂しいだけ。それよりリギア、寮の食堂はもう終わってる時間でしょ? こっちの今日のご飯、食べないで帰るならお弁当に詰めてあげるってシェフが言ってたわよ」

「えっ、ほんと? じゃあお願いしようかな」

「リギアが頑張ってるからですって」

「わーい。お礼言っといてママ」


 学校から直行で来ているので制服姿だ。もう日も暮れてすっかり暗くなってしまった時刻なので、制服姿の女学生がふらふら歩いていては危ない。寮までバルファークの馬車を出してくれるというのでお言葉に甘えることにする。

 シェフのお弁当が入ったバスケットを渡されて玄関で帰り支度をしていると、使用人がラドゥの帰宅を告げた。

 馬車から降りてばたばたと玄関に慌ただしく帰ってきたラドゥに、一同は驚きつつも彼を迎えた。

 

「おお、ラドゥ、帰ったか」

「おかえりなさい、ラドゥさん」

「た、ただいま、戻りました……」


 リギアもまさか今日会えると思っていなかったので、ラドゥの顔を見たらドキリとしてしまった。

 

「おかえりおにい!」

「ただいま! はあ、良かった。リギアまだ帰ってなくて」

「え?」

「今日という今日は早く上がらせてもらった! リギアがうちに来てるのに会わせて貰えないなんて鬼だよ副団長は!」


 ――え、もしかしておにいが遅かったのってまさかパパが引き留めてたの?


「リギアがうちで練習してるって言わなきゃ良かったよ……。なんのかんの理由つけてあともう少し練習したいとか言い出すんだから……」


 ――まじかパパ。わざとやってたならめっちゃムカつく。私がおにいに会えなくてどんだけ寂しかったと思ってんだこのやろう。明日ボコボコ案件だな……。


 今一度別の意味でカレブに引導を渡さねばならぬと心に誓ったリギアであった。


 疲れた顔をして騎士団の隊服の襟を緩めるラドゥが脱いだ外套を執事に手渡してからリギアに歩み寄った。


「そうだったんだ、おつかれおにい」

「ありがとう。リギアも練習どんな感じ?」

「一応、明日イケるくらいには仕上がった感じ」

「おお~、ついこの間までルールも知らなかったのに、よく頑張ったね。……ねえ、リギアもう帰っちゃう?」

「うん、そのつもりだけど」

「泊まっていけばいいのに。うちに僕一人だったら問題あるけど今日は父上もミルファ様もいるんだし」

「あうう、そうなんだけどでも、今日は寮母さんに外泊の許可もらってないのさ」

「ああ……そっか。そうだよね……」


 一応寄宿学校に通う学生の寮は中流階級以上の大事な子女を預かっているため、外出や外泊などの届け出は必須であった。もしこれを破れば謹慎処分が下されて、その期間は授業も受けられないので学習が遅れてしまうのだ。

 リギアのようにもう既に卒業後の進路が内定している者は、最悪その内定が取り消されてしまう場合もあるので、届け出をしていない場合は何が何でも必ず日付が変わるまでに寮に戻らねばならない。


 リギアとて久しぶりに会えたラドゥと一緒に居たいのはやまやまだが、今はとにかく明日のカレブとの試合に向けて休まねばならない。


 ラドゥは少し考えてからリギアの肩に手を置いた。


「リギア、あともう少しだけ僕に時間をくれないか? 三十分、いや、二十分……十五分でもいいから」

「え、う、うん。わかった」

「……そうだ、中庭! 中庭でちょっと話そう、リギア!」

「うん、まだ時間大丈夫だからいいけど……」


 ウィルケンとミルファがぽかんと見ているのをよそに、「ラドゥ様、お食事は?」と聞いてきた執事に、後ほど部屋に軽食を運んでくれと頼んでから、ラドゥはリギアと手をつないで中庭に行ってしまった。

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