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025 娘は魔性

 ミルファはウィルケンのくしゃっとしてしまったクラヴァットをちょっと直してやってから、カレブを紹介する。


「ウィル、紹介するわ。こちら、カレブ・アルシャイン子爵。ホント悔しいけど、見ての通りリギアの父親よ」


 やけくそ気味に腕を組んで顔をツンと逸らしながら言うミルファに、カレブは苦笑しながら騎士の礼をウィルケンに示した。

 

「北辺境伯バルファーク公にお目にかかれて光栄です。カレブ・アルシャインと申します。ゼルニケ王国騎士団、副団長を務めさせていただいております。以後、お見知りおきください」


 恭しく一礼をしてウィルケンに挨拶をするカレブに、それまでミルファに窘められて肩を丸めていたウィルケンだったが、急に真面目な表情になって立ち上がり、カレブに受け答える。


「ウィルケン・バルファークだ。貴殿のことはミルファとリギア、それと息子のラドゥからも聞いておるよ。その年でソードマスターの称号を得た優秀な騎士と音にも聞く」

「恐れ入ります」

「……確かに、リギアによく似ておる」


 カレブは、リギアがウィルパパという愛称で呼んで慕い、ミルファが愛しむウィルケンの姿を目の当たりにして、彼らの尊敬と愛情を集めるにふさわしい威厳を持った人となりをそこでひしひしと感じていた。

 逞しいその体から発するオーラのような目に見えない何かの力を感じて、一瞬でも気を抜くと震えてしまいそうな気迫。

 それでいてミルファに対するような奥手な感じもあり、確かにミルファやリギアが慕うのも分かる気がした。


 ――あー、わかってるわかってる。いい女ってのはこういう男に弱いんだよな。最後には大抵こういう男が全部持ってくんだよ。俺にはひっくり返っても真似できない感じだ。


 こうしてみると、純粋で真面目な感じがやはりラドゥと同じでさすが親子だとカレブは思った。


 けれど、カレブの大事な女二人ともに好かれているこの大男に些かの嫉妬を感じずにはいられない。

 もう完全に振られてしまっているミルファはまあ百歩譲ってもういい。いちゃいちゃするなり何なりして勝手に盛り上がってくれと思うが、リギアのことだけはきちんと向き合いたいと思うカレブである。

 リギアがウィルパパなんて愛称で呼ぶほど、子供のころから可愛がってもらっているであろうウィルケンに、「父親」の座まで奪われたくなかった。


「いや、バルファーク公に置かれましては、リギアが大変お世話になったようで……」

「何、愛するミルファの娘であるし、息子のラドゥとも仲が良いし、実の娘みたいに思っておったゆえ、世話をしたなどと大層なことはしておらぬよ。可愛いものだ」

「僕は子供のころ病床にいたとき、ミルファ様の治療で良くなったんです。そのときにリギアも僕の看病をしてくれたので、お二人とは家族ぐるみの付き合いから婚約者にまでなったんです。僕も父も」

「へ、へえ~……それはそれは」

「わーい、おにいもウィルパパも、ありがとう」

「はは、当たり前のことだぞリギア」

「礼を言うのはこちらだよリギア。ミルファ様も」

「あら、うふふ」

 

 ウィルケンに続いてラドゥもいかにミルファ・リギア親子と良好な関係を築いてきたかを嬉しそうに説明した。

 この場ではカレブ一人がアウェイ状態で面白くはなかった。


 ――リギアもリギアだ。なんで婚約者の親父とそんなに仲良いんだよ。何ならラドゥ卿よりも懐いてねえか? そもそもパパって呼び方は俺だけでよくね? そりゃあバルファーク公みたいな父親の威厳みたいなもんは俺にはないかもしれんけども……。


 悶々とした考えに耽るカレブに、件のリギアが人の気も知らずへらへらと覗き込むのが何か腹立つ。


「どうしたの副団長」

「いや、どうもしてないけど……てか何で今日に限って副団長呼びなんだ。パパって呼べよ。こないだの晩餐会でちゃんと呼んでたじゃねえか。まだ揶揄ったこと根に持ってんのか」

「ううん、隊服着てるから」

「お前の基準は隊服かそうでないかなのかよ……」

「んー」

「んー、じゃねえし!」


 ――くっそ、このなぁんにも考えてなさそうな無表情で首傾げやがってあざとすぎんだろが。


 見た目が可愛いだけに何かムカつくと思ってはみたがカレブ自身も己の見目の良さを散々利用してきた人生だったから強く言えない。むしろそれをされた相手の立場になってみて、初めてそれがムカつくことだと分かったりもする。

 カレブは意図してやってきたが、おそらくリギアのは無自覚である。無自覚で可愛いを利用しているのは尚のことたちが悪い。

 

 カレブはそれはそれとして、とりあえずリギアがこんな場所にまでやってきて知りたかったらしいカレブとミルファの会談の結果を伝えることにした。


「それはそうと、やったぞリギア。籍入れの件、ミルファさんから了承もらったぞ」

「おー、すごいじゃん」


 珍しく目を見開いてぱちぱちと手を叩きながら賞賛するリギアに、カレブは胸を張った。

 娘にすごいと言われるのはこんなにも気分がいいものなのかと、娘がいて「娘は魔性だ。父親の気分をいとも簡単に上げ下げするから」などと言っていたランドルフ騎士団長や第一部隊長ドルフィン卿が言っていたことを実感する。

 横でミルファがウィルケンに寄り添いながら「しぶしぶだけどね!」などと言っているが気にしない。


「あのママを説得するってすごい」

「そうだよ、俺もなかなかやるだろ?」

「すごいすごい。やったねパパ」

「よし、これで心置きなく籍入れられるぞ。今度こそ正真正銘の親子になろうぜリギア!」

「ごめんなさーい」


 リギアの答えに、カレブだけでなくそこで聞いていたラドゥ、ミルファ、ウィルケンも「そこで断るのか」と、ずる、と椅子にズッコケてしまった。しかし次の瞬間、「ああ……」と妙に納得した顔で座りなおす。リギアクォリティーを知っている人間の顔である。

 片や納得いかないのはカレブのみであった。

 

「いや、なんでだよ! 今すごいすごいって賞賛してただろうが」

「え、なんかぐいぐいキモいし」

「……きも、って……ちょっと、ミルファさん! 話が違うじゃねえか!」

 

 自信満々で報告した自分がバカみたいで、思わず振り返ってミルファに抗議をするカレブだが、当のミルファはウィルケンの肩をばんばん叩きながら爆笑している。ウィルケンが痛そうだ。何で女ってのは爆笑すると横の奴を叩くんだろうといつも思うがそれどころではない。


「あー、可笑しい。でも私は嘘は言ってないわカレブ。リギアが入れたいっていうなら好きにしたらって言ったはずよ」

「うっ……た、確かに言ったけど、この状況で断られるなんて思わねえだろ普通」


 今一度振り返ってリギアを見ると、「何が悪いの?」みたいな顔をしてきょとんとしているのが腹立つ。


「……なあリギア、やっぱ怒ってるのか?」

「何を?」

「いや、十五、六年放置したことを……」

「んー、べつに怒ってないよ」

「だったら、何でごめんなさいなんだよ」

「だってパパのこと私よく知らないもん」


 ――何だその体のいい告白の断り方みたいな言い方。


 カレブはいい加減疲れてきた。

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