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026 勝負しようぜ

「……知らないって、何が知りたいんだ? 具体的に教えてくれよ。俺だってリギアのこと、十五年以上放置したせいで何も知らない」

「……」

「これから知って行けばいいじゃねえか。やっぱりそんな曖昧な理由じゃねえんだろ? 俺のことやっぱ許せないとか」

「ううん、それはない。ただ、パパについてまだわかんない事があって、だからそう簡単にはねえ」

「何が知りたい、何でも教えてやるから」


 頼む、とでもいうようにすがるような目でリギアを見るカレブ。リギアの目はそんなカレブを何の感情もない様子で静かに見つめた。

 怒っても悲しんでもいない。恨んでもいない純粋無垢な不思議な瞳。自分と同じ色の瞳のはずなのに、リギアのそれは自分とは何だか違う生き物の瞳に見えてしまう。


 リギアはその表情を変えずに「うーん」と一度考えてから、首を傾げる。


「じゃあさ、パパってどのくらい強いの?」

「は?」

「ソードマスターっていうのは聞いた。すごい称号で北辺境バルファーク騎士団総長のウィルパパでも持ってない称号だって言われた。でもそれって具体的にどれくらい強いの?」

「それは……どう、言ったらいいのか」


 確かにそう言われれば自分はどれほど強いのだろう。戦争で功績を上げた英雄と持て囃されて国王の信頼も得た。天啓を受けてソードマスターの称号を貰ったとはいえ、どのくらい強いのかというと自己判断はなかなか難しい。

 戦争で蛮族や魔獣を幾千倒したと言ってみたところで、言葉だけでは何も伝わらないだろう。口だけならいくらでも言えるが証明にはならないのだ。まして、その戦争はリギアが幼い頃のことであり、その戦争を歴史でしか知らないリギアに説明してみたところで実感はわかないかもしれない。

 それこそリギアの目の前で何か強敵と戦って勝ってみせるとか、実地でやって見せなければわからないだろう。


「強い人間が好きなのか、リギア。ミルファさんみたいに」

「うん」

「そうか、じゃあお前のためにデカい魔物退治でもして見せてやるから。それならいいか?」


 愛したミルファの好みの男になるために、彼女に己の強さを証明するために、カレブは若い頃バルファークでそれこそ仲間で一番魔物を退治した。

 今一度それを娘のリギアに証明して見せればいいのだろうか。

 

「うーん。そういうのじゃなくて」

「それもダメなのかよ。じゃあどうしたらいい……どうしたらお前は俺から離れて行かない?」

「離れるもなにも、私とパパ、もともとくっついてなくない?」

「だからこそだろ! 頼む、俺にはお前しかいねえんだよ。教えてくれリギア」


 リギアは母のミルファがいて、その現恋人で内縁関係のウィルケンからも可愛がられ、それに婚約者のラドゥも彼女を愛している。カレブ一人がいなくてもリギアは一人ではない。

 だがそのリギアが離れてしまえば、この出会ってしまった娘を手放してしまえば、カレブは本当に独りになってしまう。それが今のカレブには死ぬよりも恐ろしい。

 だからこの血を分けた娘であるリギアのことをカレブは絶対に手放したくなかった。

 駄々をこねるように、それでいて縋るように、「頼むよ……」と力なくリギアの肩に手を置いて膝をつくカレブ。肩を震わせて涙でも堪えているみたいだった。

 カレブがその広い肩を丸めて俯く弱った姿を、リギアはしばし見つめてからおもむろに答える。


「う~ん、じゃあさパパ、私と勝負して」

「……は?」

「ソードマスターのパパがどれほど強いのか、私、身をもって知りたい。だから勝負して」


 顔を上げたカレブは信じられないといった表情でこの珍妙なことを言い出す娘を見ていた。


「な、何の? 何の勝負だって?」

「剣の。ソードマスターのパパと剣で勝負するの」


 しれっととんでもないことを言い出すリギアに、カレブは固まり、ラドゥとウィルケンとミルファはガタリと席を立ってリギアに異議を唱える。


「リギア、何言ってるんだよ! 副団長に剣で勝負? 騎士にとって『勝負』なんて重い言葉、ただの遊びじゃないんだよ?」

「そ、そうだぞ、何をやけになっているのか知らぬが、少し落ち着けリギアよ。アルシャイン卿は歴戦の騎士、彼と騎士見習いにもなっていないお前では話にもならんぞ」

「リギアったら、『勝負』じゃなくて『稽古』をつけて欲しいんでしょ、カレブに。貴方また言い間違えて……」

「違うもん、本気だよ。本当にパパに剣で勝負してほしいんだもん」


 いつもの言い間違いや言葉足らずでなく、真剣なまなざしで皆にそう言ってから、リギアは再びカレブに向き直った。

 そんなリギアにカレブは恐る恐る、それでも言い聞かせるみたいに言う。


「……お前何言ってるかわかってんのか」

「わかってるよ」

「わかってねえだろ。騎士の勝負をなめてる。ふざけるな」

「なんで? ふざけてないよ」

「俺がお前に剣を向けるなんてできるわけないだろ……勘弁してくれよ」

「真剣でやろって言ってんじゃないんだからいいじゃん」

「真剣なんてもっとダメに決まってんだろ!」

「パパと勝負して負けたら潔く籍入れてパパんちの子になるよ」

「は?」

「私もめっちゃ訓練して完璧に仕上げてくるよ! だからやろう」


 そう言ってリギアはポケットから白い手袋を出してカレブにぶつける……のではなく、その手袋を持ってカレブの頬っぺたをぺちぺちした。距離が近すぎたからだったらしい。


「しょーぶ、しょーぶ! 子供は父を超えねばならぬのだ」

「お前……お前なあ」

「拳で語れば仲良くなれるよ。私昔から友達とはそうだったもん」

「どこのスポ根物語だよ」


 ソードマスターで傭兵時代から数えても歴戦の剣術使いであるカレブにとって、幼い頃から剣術を習っていたとはいえまだ入団試験に合格したばかりで見習いにもなっていないリギアと勝負なんて、簡単過ぎる条件だ。問題は、娘に剣を向けなければならない罪悪感との葛藤だが。

 しかしそれを乗り越えればリギアは潔く親子の籍を入れると言っているのだから、これは飲むしかない条件かもしれない。怪我をさせない程度に……というのは非常に難しいが、カレブの目の前にぶら下がる餌、勝ったらリギアが籍入れに同意するという条件が今のカレブには魅力的すぎた。


「わかった」

「よっしゃ。日時と場所どうする?」

「俺の家に訓練場がある。そこでやろう。もし怪我してもすぐにお抱え医師を呼び出せる。来週末でもどうだ」

「うん。じゃあそれで。来週末までに私みっちり鍛えて仕上げてくるからね」

 

 サムズアップするリギアにカレブは脱力するしかない。

 そこにラドゥが二人を引き離してリギアの肩に手を置いて焦った声で言う。 


「リギア! 本気で言ってるのかい? もし大怪我でもしたら……」

「おにい、騎士は怪我を恐れちゃやってけないよ」

「~~~~君は女の子なのに!」

「女でもやんなきゃ区切りがつかないときもあるの! まして私とパパは圧倒的にお互いを知ってわかり合う時間が足りてないからね」


 変なところで頑固なリギアに、ラドゥは低いうなり声をあげて葛藤している。

 さっきまで爆笑していたミルファも、リギアのトンデモ発言にはらはらしてウィルケンに「ちょっと、どうしたらいいの」と縋っている。

 ウィルケンは、その光景をあご髭を撫でながら件の二人に声をかけた。


「アルシャイン卿にリギア。ちょっといいか」

「はい、閣下」

「何、ウィルパパ?」

「その勝負、私も見届けてよいか」

「え?」

「ウィルパパが?」

「提案がある。二人の気持ちは良く分かった。アルシャイン卿がリギアと家族になりたい気持ちも、リギアが父と拳で語り合いたいという気持ちも理解した。しかし、考えてもみよ。まず騎士は私闘はもちろん、善良な国民に剣を向けることは禁止されているはずだ」


 ゼルニケ王国だけでなくどこの国においてもそうだが、騎士というのは国民を守る者であって、が犯罪者相手であれば話は別だが、あくまでも一般の国民に刃を向けることは許されない。

 リギアは寄宿学校騎士科に通い、このたび騎士団入団試験を合格し、来春から騎士見習いとして働き始める。とはいえ、今は一介の女学生でありまだ騎士ではないため、現役騎士であるカレブと武器を用いて戦ったりすることは許されないのだ。

 

「だがそれなら、バルファークでよく訓練に用いられる『薔薇の戦い』と呼ばれる方法で勝負したらどうだ。そうすれば怪我も少ない」


 薔薇の戦いとは、胸元に薔薇を一輪刺し、一対一で向き合って間合いを詰めていき、先に相手の胸元の薔薇を取り上げたほうが勝利といういわゆるスポーツのような訓練だ。

 薔薇は高貴なものの象徴なので、武器を用いて切ったり散らしたりするのはご法度。必ず武器を持っていないほうの手で取り上げなければならない。

 間合いを計って相手をよく見る目を養い、素早く状況判断をした咄嗟の動きと、戦いの中でも繊細な薔薇をそっと摘み取るという騎士道精神も養える。

 もちろん普通の剣術の勝負に比べれば非常に紳士的で怪我も少ない勝負方法だ。

 そして勝利の薔薇は大切な人へのお土産にもなるという。バルファークは薔薇の産地でもあるため、よく行われるスポーツのひとつであった。


「何それ知らない。何ちょっとカッコイイことやってんのバルファーク辺境騎士団て」

「リギア、やったことなかったっけ。僕は訓練でやってみたけど、結構難しかったよ。騎士ってけっこうガサツだから薔薇をよく散らしちゃったりしてすぐ失格になるし」

「えー、そうなんだ。でも面白そう。ね、パパ」

「なんてお洒落な……いいなそれ。やってみて良かったらうちの騎士団でも取り入れようかな」

「うむ。ではその勝負の采配は私が見て差し上げよう。来週末、アルシャイン卿の邸にお邪魔してよろしいかな」

「もちろんです。閣下におかれましてはお忙しいところをありがとうございます」

「なんのなんの。可愛いリギアとその父御(ててご)がいつまでも歩み寄りに苦労しておるのは見ていて気分が良くないからな。まあ言ってみれば老人のお節介よ」


 ――可愛いリギア、っていうのが何か引っ掛かるけど、この人も俺らのギクシャク加減を気にしてるんだなあ。


 ともあれ、その薔薇の戦いのルールを今一度確認し、当日はしっかりとリギアと向き合えるように、自分もちゃんと仕上げようと思ったカレブであった。


「カレブ」

「ん? 何、ミルファさん」

「わ、私も、その、来週末お邪魔してもいいかしら」

「……え、あ、ああ、そりゃもちろん! 心配だもんな、リギアのこと」

「心配というか……なんだか悔しくて」

「悔しいって?」

「あの子、子供のころからパパのことなんて一切気にしないで育ってきたのに、勝負したいとか言い出すなんて。よっぽど嬉しいのね、パパに会えて」

「え……リギアが? 嬉しいって?」


 あれのどこが、とは思ったが、ずっと娘を見てきたミルファならわかるのかもしれない。

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