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024 ミルファの軽い恨み節

 カラリと二杯目の注文をしたウィスキーロックの氷を揺らしながら、カレブはしみじみと話す。

 

「でも、ほっとした。会って早々に恨み言を言われるの覚悟してたよ。でもリギアも君も、言ってその程度なんだな」

「おめでたいのね。勘違いしているようだけど、全然恨まなかったわけじゃないわ。連絡の一つも寄越さないし、貴方がバルファークを去るときに終わったんだって思って、私だって悲しかったのよ」

「それはすまん。俺もそれはクズだったと思う」

「ほんとよね。クズ中のクズよ貴方は!」

「返す言葉もゴザイマセン」

「まったくムカつく……でも実家に戻って『そんなクズの流れ者を相手にしたお前が悪い』って両親にもこっぴどく叱られたわ。それで目が覚めたの。貴方を思い出して悲しんでいる時間なんて何の価値もないってね。貴方が好き勝手してるなら私だって好きにして何が悪いのって。別れた女がいつまでも待っているなんて男のバッカみたいな美しい幻想よ!」


 思い出して腹が立ってきたのか、ミルファは空いたグラスをコースターにどん、と置いた。

 

「はは。美しい幻想ねえ……たしかに男はそういうとこバカだからな。まあでも、逞しく生きててくれて嬉しいよ」

「当り前よ。全く人を馬鹿にして」

「してないしてない」

「……まあ、実家戻って薬師の仕事と子育てで頭がいっぱいいっぱいだったから、思い出すことがなかっただけってのもあるけど。貴方がいなくたって私はじゅうぶんやって来れたから気にしなくていいわ。むしろ気にされるとムカつくからやめて」


 捲し立てるように言ってつんと澄まして頬杖をつくミルファ。彼女は酒が入ってくると饒舌になり、頬がほんのりピンクに染まって、伏し目がちになって睫毛が長いのがよくわかる。


 ――あー、この顔。色っぽくて大好きだったなぁ……。やっぱリギアの顔はミルファさん似だな。まだミルファさんのような色気は出せてないけど、この前の晩餐会のときの姿しかり、あいつは数年後は絶対化ける。ミルファさんはリギアの成長した姿そのものなんだろうな。

 

 三十代後半になっても、かつてバルファーク一の美女と王都の美女名鑑にも載った歌姫ミラ……ミルファの美しさは健在だった。それどころか、今は年を重ねてより魅力的だった。

 カレブは彼女のそんな姿を酒が入ったとろんとした表情で眺めながら話す。


「まあ、子育ての大変さなんて想像もつかねえし、俺がいたところで、役に立ったかもわかんねえけどさ」

「確かにリギアが小さい頃は色々大変だったけど、うちは恵まれてるほうよ。実家は使用人もいたし、リギアもあれでわりと聞き分け良いほうだったから」

「聞き分け良い……? あの不思議ちゃんがか?」

「いいのよ、人様に迷惑かけずに元気でいてくれれば不思議ちゃんでもなんでも」

「俺わりと散々なめに遭わされたんだけど」

「カレブ、貴方リギアに構いすぎなんじゃない? リギアから来たときにだけ構えばいいのよ」

「それが出来れば苦労はねえんだよ~……俺のほうが放置されてるみたいで嫌だ」

「媚びすぎ。キモいって言われたでしょ」

「何で知ってんだよ」


 言外に肯定して自嘲気味に笑うカレブに、ミルファもクスクス笑った。 

  

 何だか陰険そうで深刻な話をしていたかと思うと次々と酒を注文して乾杯し、何やら話して今度は笑い始めた二人を、リギアはバルファーク親子とともに遠くの席から覗き見していた。


 到着した季節のフルーツパフェを食べながらテラス席をガン見して実況するリギア。


「パパが身振り手振りで話し出した。あ、ママが何か文句っぽいこと言って怒ってる。あ、今度は笑った」

「……あんなに飲んで大丈夫か、ミルファは」

「ママはザルだよウィルパパ。魔獣の毒の生き胆扱って平気な薬師のママにそう簡単にアルコール回らないよ」

「う、そ、そうだな……」

「リギア、パフェのアイスクリームが溶けるよ」

「おっと、そうだった」


 食後に紅茶を飲んでいるラドゥに(たしな)められてリギアは慌ててパフェに取り掛かる。

 その横で苦虫を嚙み潰したような表情の初老の大男、ウィルケンが押し黙ってテラス席を見ていた。その恐ろし気な表情に、周りの人間がそろそろと席を立つのがちらほら。

 ラドゥは呆れながら父に本日何度目かはわからないが、苦言を労した。


「父上。周囲に怖がられていますから、せめてその眉間のしわ直してください」

「う、うむ……」

「そんなに気分を害するならリギアの口車に乗せられて来ることなどなかったじゃないですか」

「し、しかしな……」

「おにいひっど。口車て人聞き悪ぅ」

「ミルファ様はリギアの今後の為に副団長と話し合っているのであって、よりを戻そうとしているわけじゃなさそうですよ。信じて差し上げればどうですか」

「ううむ……それはそうだが」


 そうは言ってもここから見えるカレブ・アルシャインはいかにも女性受けしそうな見た目をしているし、何の話をしているのか、昔話に花を咲かせて楽しそうに見えるミルファとカレブの雰囲気にウィルケンははらはらしてしまう。

 リギアという子まで成した仲の二人だ。別れたとはいえ未練でもあったらすぐによりを戻してしまいそうで、国境に面した北辺境バルファークを隣国の蛮族らや恐ろしい魔物たちにも恐れられる英傑ウィルケンでも、こういうことには怖くなるようだ。

 

「リギアもね。父上はお忙しいから、あまりこんなことで連れ出したりしちゃダメだから」

「ふぁーい」


 そんな話をしているフロア席の向こうのテラス席で、カレブはおもむろにミルファに話しかけた。


「ところでミルファさんさあ。あっちのあれはミルファさんの仕込み?」

「は? え?」


 ミルファがくるりとフロア席の一角を見ると、ミルファの視線に気づいた銀髪頭の娘がハンチングで顔を覆い、山のような初老の大男が顔を逸らしているのが見えた。

 その横に隠れもせず落ち着いた様子で、カップとソーサーを持って優雅に紅茶を飲んでいるラドゥ・バルファークの姿があるので、その二人が誰かなんて確認するまでもない。そもそも隠れているつもりで全く隠れていない目立つ三人組であった。


「な、あの三人いつから……!」

「え、あれでミルファさん気づいてなかったんだ? 俺がここに来たときはもうあの席にいて、あの一角だけ異彩放ってたんだぜ」

「……全く気付かなかったわ。それどころじゃなくて」

「心配だったんじゃね? 俺と会ったらミルファさんが俺とより戻すんじゃないかってさ」

「はあ? 世界がひっくり返ったってそんなことありえないわよ」

「うっは。はっきり言うじゃん。俺はワンチャンあるかもってほんのちょっぴりは思ってたけど?(キリッ)」

「ドヤ顔して何言ってんのよ、馬鹿ねえ」

「心が寒いから君の身体であっためてくれないか」

「うふふふ、死んでも嫌よ♪」


 ミルファは笑いながら立ち上がってフロア席の覗き魔三人組のところへ歩いていった。

 近づいてくるミルファにラドゥはぺこりと頭を下げた。ハンチングで顔を覆っているリギアの銀髪とメニュー表を被って身を伏せたウィルケンの大きな丸い背中が全く隠れていなくてミルファはぶふっと思わず吹き出す。


「何やってんのよ貴方たち」

「ミルファ様、僕は一応止めましたよ。だから無罪です」


 ふんぞり返って腕を組むラドゥの裏切りにリギアが思わずハンチングから顔を出した。

 

「おにいずるい」

「ずるくない。ちゃんとミルファ様に謝って」

「……ごめんママ。ママがパパとどんなこと話すのかな~って気になったから……」

「全く、あんたって子は」

「ほら、父上も謝ってください」


 ラドゥに顔を覆うメニュー表を取り上げられて、ウィルケンももそもそと顔を上げた。

 ばつの悪そうに下がり眉になる熊みたいな大男の姿に、ミルファはうっかりキュンとしてしまい、「うっ……!」と一度顔を背けたのち、改めてウィルケンに向き直る。

 

「おほん。もう……ウィルったら。私のこと、昔の男とよりを戻すような女だと思ってたの?」

「うう、すまん、ミルファ」 

「……しょうがない人」

「ミルファ……」

「……と、いうわけで」


 ミルファはくるりと後ろを振り返り、ミルファについてこちらにやってきたカレブに向き直った。


「このとおり、この人には私がついていないとダメなの」

「そうみたいだな。いや、見せつけてくれるじゃん」


 にかっと笑うカレブには、何のわだかまりもなさそうで、リギアは少しほっとした。

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