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021 来都

 アルシャイン邸での晩餐会から早二週間。リギアはラドゥと共に王都ルークハウゼンの駅に来ていた。

 馬車と蒸気機関車を乗り継いで三日の距離にある北辺境バルファークから王都ルークハウゼンに到着する豪華列車。そこから降りて来る乗客達から、とにかく大きくて目立つ一団を探す。


「おい、あれって、北辺境伯バルファーク公じゃないか?」

「本当だ。そういえば近々大きな貴族会議があるんだっけ。それで来都されたのかな」

「ははあ~……大きなお方ですわねえ。山でも動いているみたい」

「一等客室が貸し切りでやけに物々しいと思っていたら、そういうことだったのか」

「お隣はご夫人かしら」

「でも北辺境伯って一人息子が生まれて早々に奥方を亡くされたんじゃなかったか?」

「では後添い様かな。結構な美人だったぞ」

「へえ~、羨ましいねえ。俺もあんな美人とお近づきになりたいぜ」

「お前~カミさんにどやされても知らんぞ」

「いけね。本音が出ちまったよ」


 そんな人々の噂話をものともせず、一等客車から降りて来た一人の美しい貴婦人と、その後ろから頭をぶつけないように身を屈めて出入り口を潜って降りてくる一際大柄な初老の紳士、そして二人の後に続く見覚えのある護衛と荷物と抱えた従者と使用人たちを見つけて、リギアとラドゥは手を振って声を掛けた。


「ああ、いたよリギア。父上! ミルファ様!」

「ママー! ウィルパパー! 久しぶりー!」


 二人の声に、その貴婦人と大柄な初老の紳士は振り返ってこちらに腕を組んで歩いてきた。ひと際大きな厳つい男と細腰で妙齢の美女、頭二つ分ほどの身長差があるそのカップルに皆が注目する中、二人はそんな人々の視線をものともせずに笑顔でリギアたちのところに向かってくる。


 多少白いものが混じったオレンジブロンドの逆立つ短髪からもみ上げとあごひげが繋がった鬼神のような姿。片方のこめかみに縦にはしる傷跡が勇ましい、夏の深緑の鋭い瞳を持つ初老の大男は、ウィルケン・バルファーク北辺境伯爵、ラドゥの父親である。

 その丸太のような太い腕に細腕を絡ませ、高いヒールを響かせながら歩く貴婦人。長いピンクブロンドの巻き髪に青緑の瞳をした、やや垂れ目なところとぽってりした厚めの唇がセクシーな妙齢のその女性は、ミルファ・アイゼン。リギアの母親である。


 リギアが来春に寄宿学校を卒業し、王都騎士団に入団するための下準備をするためにミルファが王都にやってくることになっていたのだが、今回はウィルケンも北辺境伯として王都の定例貴族会議に呼ばれたらしいので、ミルファとともに観光がてら来都した。

 

 と、まあ表向きはそう言っていたが、今回は来春のリギアの卒業を迎えるのを機に婚姻届を提出して晴れて夫婦となるため、そのドレスや何やらをデザイナーに発注するためもあるらしい。ウィルケンは再婚のことを今回国王陛下にも報告することになっているそうだ。

 

 それと、今回はミルファがリギアとカレブの件でカレブとしっかり話し合うのも目的の一つということで、二人が会うというシチュエーションに若干心配したウィルケンが一緒に付いてきた、というのがリギアとラドゥの見解である。


「ああ見えて、女性には奥手で心配性なんだよ、父上は。顔面偏差値で言えば副団長のほうが美男子だし、ミルファ様と年齢も離れてるし、上手いトークも苦手だから……」

「ママは面食いじゃなくてつよつよ男子好きだし、そんなママがウィルパパのこと手放すはずないから大丈夫だよ」

「つよつよ男子って」


 リギアにかかればあの鬼神のような威厳のある強面なウィルケンも「つよつよ男子」などというテキトーすぎる形容詞になってしまって拍子抜けしてしまう。


 ともあれ、リギアとラドゥが長期休みのときにバルファークに帰ることはあっても、ミルファはともかくウィルケンが王都に出向くことは貴族会議や大きな国家行事でもない限りなかなかないので、バルファーク辺境伯のタウンハウスは彼らの来都の数日前からかなりバタバタしていた。何といっても大主人の久々の来都であるから。


「ラドゥ! リギア! 出迎えご苦労!」

「お久しぶりです、父上。長旅、お疲れ様でした」

「おお~ラドゥ、少し見ない間になかなか良い面構えになったではないか」

「そりゃあ、毎日騎士団の諸先輩がたに扱かれておりますので」

「うむ。身体付きも騎士らしくなった。しっかり勤めているようでなによりだ。そ、れ、と……おおリギア~! 久しぶりだな、よく顔を見せておくれ」

「ういーす! ウィルパパ~! めっちゃおひさ~!」


 リギアはうりゃ、と地を蹴ってウィルケンに飛びついた。しっかり受け止めてくれる逞しいウィルケン。リギアが子供のころから実の娘のように可愛がってくれた第二の父である。

 強めだがふわふわしたあごひげともみ上げに頬ずりすると、強面で恐ろし気な顔面のウィルケンの目尻がめちゃくちゃ下がるのが面白い。こんな強面大男なウィルケンだが、大の子供好きでバルファークの子供たちにも大人気なのだ。

 あははうふふとやっていると、それを見てウィルケンの隣にいたミルファは呆れ顔でリギアを見る。


「ちょっとリギア、ママには挨拶はないの?」

「ういっす、ママ」

「ちょ、それだけ? ウィルとの扱いの差ひどくない?」

「まあまあ、ミルファ様もお久しぶりです」

「ラドゥさん、お出迎えありがとう。リギアが迷惑かけてません?」

「いいえ。リギアのおかげでいつも楽しく過ごしております」


 色んな意味で、という言葉は飲み込んだラドゥである。リギアのやらかしでここひと月半、本当に色々あったけれど。


 気を取り直して、ラドゥは皆を促した。ここに大勢でいつまでもいたら、他の乗降客らに迷惑がかかってしまう。

 

「さあお二方、馬車を用意しておりますので、タウンハウスへ参りましょう」

 

 王都にあるバルファーク家のタウンハウスから、大きめの馬車を一台と使用人用にもしっかりとした馬車を用意し、護衛用の馬も連れてきていた。

 豪奢な馬車にウィルケンとミルファ、ラドゥとリギアの四人で乗り込み、使用人が馬車に荷物を積み込む。護衛たちの騎馬に囲まれながら、馬車はバルファークのタウンハウスへと走り出す。

 出がけに一人の使用人がミルファに託けをされていた。


「それじゃあ、くれぐれもよろしくお願いね」

「かしこまりました。では後程」


 その使用人は一行と別れて町で用を済ませてからタウンハウスに合流することになっている。彼はミルファから王都の郵便局に手紙を出しに行っていた。

 郵便局の職員にその手紙を速達で頼んで料金を支払う。その手紙の宛先は、王都騎士団駐屯地となっていた。


 その手紙はその日のうちに届けられ、出勤して午前中の訓練を終えて執務室に戻ってきたカレブの机に置かれていた。

 改まった小奇麗な封筒に厳かな蝋封が施されたその手紙の宛名と差出人の名を見て、カレブはぱっと手を放し、改めて手を洗いに行った。


 宛先、王都ルークハウゼン騎士団駐屯地。副騎士団長カレブ・アルシャイン子爵様。

 差出人、ミルファ・アイゼン。


 先日のアルシャイン邸でカレブ主催で行った晩餐会の折、リギアが言っていたミルファからの手紙だった。

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