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020 父娘の語らい

 アルシャイン邸での晩餐会では、リギアの好物の料理ばかりが並んでいて、先ほどの手紙額装事件で抜けた魂があっという間に戻ってきて、リギアの目は輝いていた。


 カレブが晩餐会を開くことについてラドゥと話したときに、リギアの好物を知らないかと事前に聞いていたらしい。


 基本的に好き嫌いは少ないほうなので、何でも美味しく食べられるが、一番好きな鴨肉のメニューが出てきたときは「ほおおおお」と感動に目をキラキラさせてしまった。

 

 ――鴨肉と鴨のフォアグラをまとめてパイに包んで焼くなんてどこの宮廷料理なんだろう、このソースもまた絶品だああああ!


「おいひい……!」

「リギア、美味しいのはわかったけど、食べてから喋ろうね」

「ん」


 もぐもぐと口に頬張ったまま思わず感嘆の言葉が出てしまったのを、隣に座ったラドゥに笑いながら窘められた。

 飲み込まないといけないのが非常に惜しすぎるが、飲み込まないと口をきけないので、名残惜し気に鴨を飲み込む。


「わが血肉の糧となれ、鴨……!」

「とても美味しかったそうです、副団長」

「そ、そうか、それは良かった……」


 ほろりと涙ぐみながらよくわからん感想を述べるリギアとそれを翻訳するラドゥに、カレブはリギアの不思議ちゃんぶりを改めて垣間見た。


「ふふふ、リギアお嬢様、あんなに喜ばれて……お手伝いして良かったですわね、あなた」

「そうだな。カレブがあんなに気にかけてた理由が良く分かった」

「ああ、ありがとうな、二人とも」

「それにしても、誤解が解けてよかったな。リギア嬢の母君が十年前に亡くなられたなんて誤解があったようだから。カレブは酒飲んで男泣きしてたものな」

「ばっ……! ランディ、その話はやめろよ!」

 

 ――まじか。泣いたんだパパ。無駄な涙流させちゃったんだな。

 

「あの、それは、その節はほんとに失礼しました……」

「ほんとだよ。俺の涙を返せ」

「え、ええと……母は、ここではない遠い空の下で元気でいることでしょう」

「北辺境バルファークでご健在という意味ですからね。ミルファ様は今や薬師一族アイゼン家を代表する優秀な薬師の一人でいらっしゃいます。僕も幼いころからお世話になっておりまして」

 

 貴族である騎士団長夫妻の前だからと言葉に余計な装飾をしてまた誤解を招きそうな言い方になったのをラドゥに翻訳されるリギア。

 それとなくリギアの実家アイゼン家の話をして説明をするラドゥは、やはり生まれついての貴族でこうした場の社交はお手の物だ。

 リギアは横にいるラドゥを尊敬のまなざしで眺めた。


「まあでも、確かにな。カレブの話を聞いて、ちょっと誤解じゃないかと疑問に思っていたんだ。リギア嬢の履歴書で、家族欄に母君の名があっただろう? 十年も前に亡くなった方の名前を履歴書に書くかなと」

「えっ、ちょっと待てランディ。何でそれ先に言ってくれなかったんだよ」

「言おうにもお前は酔いつぶれてたし、担いで邸に送ること考えてたら忘れてたんだよ」

「ああ……そうだな、ははは……まあ、冷静に考えたらそりゃそうか……」

「カレブが冷静さを欠くのも珍しかったし、俺もそのあとちゃんと話すべきだったよ」

「いや、なんかごめんな、恥ずかしいとこ見せた」

「そういうときもあるさ。気にするなカレブ」

「ああ、ありがとうな、ランディ」

「父がすみません」

「お前が言うなリギア」

「えー」

「……その心外だって顔やめろよなあ……」


 そもそもの誤解を生んだ張本人のくせに、しれっと余計な口を挟むリギアに、カレブは鋭いツッコミを入れる。

 

 ――私の説明下手のせいで父がご迷惑をおかけしました、そう言いたかったのに。 


「楽しいお嬢様ね、アルシャイン様」


 ミレーヌ夫人はカレブとリギアの漫才めいたやり取りに笑いをこらえながら言う。

 相変わらず言葉足らずなのは治ってない自分がいて、リギアはもう余計なことは言うまいと思った。



 

 晩餐会は滞りなく終わり、リビングに戻った一同は、食後のお茶を飲みながら談笑していた。

 ラドゥもあまり直接接点がない、階級が三つも上の上司、憧れの騎士団長と話せる貴重な機会とばかりに、色々と質問したりしている。

 少し暑くなったリギアは、開け放されていたテラスのほうを見て、カレブにこっそり聞いた。


「パパ、ちょっと風に当たってきていい?」

「ん? ああ、俺も行く」

「えー、いいよひとりで」

「嫌そうな顔すんな」

「もう子供じゃないのに」

「俺も暑いんだよ」

「うぬう……ならば仕方あるまい」


 リギアはどん引いているが、カレブにとってはリギアがラドゥから離れる絶好のチャンスだと思って、今度こそリギアに手を差しのべた。しぶしぶといった顔で父の手を取るリギアに、カレブは苦笑しながら、娘をテラスに誘導した。


 九月も半ばと言うのに暑さが残るゼルニケ王国。夜風が火照る体を少しだけ冷ましてくれた。

 テラスからはアルシャイン邸の正門から続くレンガ道と、そのサイドを美しい庭園が配されて、夜間の魔法照明で美しく照らされているのが見える。


「どうだ、俺の家。気に入ったか、リギア?」

「広い」


 質問の答えになっていないが、それがリギアの不思議ちゃんクオリティなのだとカレブもだんだん理解してきた。

 

「学校はどうだ? あと半年で卒業だろ。卒業後の進路は決まってるだろうけど、残りの勉強のほうとかさ……」

「んー、後期の卒業論文書いたらあとは休みになるみたい。ほとんど学校行かないで卒業後の準備したり」

「卒業後は学生寮出るだろ? そのあとの住むところは決まってんのか?」

「おにいがタウンハウスで一緒に住もうって言ってくれたけど、ママがまだ駄目って」


 婚約者として両家で決まった相手だから、この際結婚後の生活の練習として同棲するのもありじゃないかと思ったし、ラドゥも乗り気だったのだが、さすがにリギアはまだ十五歳で成人前なので、間違いがあってはいけないと母親のミルファが反対した。

 

「それは俺でも反対する! まだ早い!」

「あはは。だから騎士団の寮に申請入れてるよ」

「うちに来ればいいじゃねえか。何で言わない?」

「そういうわけにもいかんでしょ。今は一応他人。おにいのとこがダメなんだからパパんちなんてもっとダメでしょ」

「だから籍入れようぜって」

「あはははは、まだ言ってる」


 笑い飛ばして言葉を切る。まだその件はどうなるかわからない。リギアもどうしたいのかわからないし、まだ未成年の自分が決められるものじゃないので、こればかりは母親のミルファに任せるしかない。

 そういえば言うのを忘れていたけれど、ミルファが近々王都に来ることをカレブに伝えなければ。


「その件に関してだけどさ、ママが近いうちに王都に来て私の卒業後の準備するから、その時にでもパパに会えないかって言ってた」

「え、ミ、ミルファさんが?」

「うん。パパのこと話したら、一回話し合いたいって」

「そ、そうか。いつ頃になるって?」

「それはわかんないけど、具体的になったら連絡するよ。ってか、ママが自分でアポ取るかも」

「い、いつでも大丈夫だって言っといてくれ」

「うぃす」


 何だか妙にそわそわし始めるカレブ。そんなカレブに、リギアはミルファとウィルケンのことを言わねばならないと思っていた。


「……でもさ、ママはもうお付き合いしてる人が」

「バルファーク公だろ? 知ってる」

「え、そうなんだ」

「ああ。ラドゥ卿から聞いた。すげえな、あんな大物射止めたんだミルファさん」

「……うん」


 思ったよりあっけらかんとしているカレブに、リギアは十数年も別れたままだとそういうもんなのかな、などと思った。

 ミルファの死――誤解だが――に傷ついて泣いたくらいだから、失恋で落ち込むと思っていたのに、あっさりしたものだ。

 でも考えてみたら、カレブにもあの噴水広場での突然の別れ騒動の彼女がいたわけだから、カレブもミルファもあっさりと過去の人と割り切っているのかもしれない。


「そういえばさ」

「ん?」

「今日はパパって呼んでくれてるのな。副団長じゃなくてさ」


 言われてみれば、確かに今日は最初からパパと呼んでいた。心の中ではしっかりパパ呼びしていたのだが、外ではきちんとしないとと思ったのと、何だか気恥ずかしくて副団長呼びしていた。一応これから上司になる人だし。


「……まあ、今日はオフだし」

「はは、ガラにもなく照れてやんの」

「もう呼ばない」

「何でだよ」


 バツが悪くなってそっぽを向いたリギアを、カレブがからかい気味に笑う。

 初めて父と娘として和気あいあいとした会話ができた夜だった。


 その後ろのリビング内で二人の後ろ姿を眺めていたラドゥとランドルフとミレーヌ夫人。

 夜空に明るい月が上がって、月明かりに二人の銀の髪がキラキラ光る様子を見て、ミレーヌ夫人がほう、とうっとりした溜め息を吐く。


「まるで天空の城塞都市セリューインの月の民みたいですわね」


 その言葉に、ラドゥは学園通りでからんできた吟遊詩人の戯言を思い出した。


「セリューイン? なんだそれは」

「あなたご存じありませんか? おとぎ話で天空に浮かぶ城塞都市セリューインには銀色の髪をした月の民が住んでいるって。うちの子たちもその絵本を持っていますわ」

「知らないな……こんど子供らに見せてもらおう」


 ランドルフ騎士団長とミレーヌ夫人の会話を聞き、再びテラスにいるカレブとリギアを見てから、ラドゥは今度町の本屋でその絵本を探してみようと思った。

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