022 カレブとミルファと野次馬たち
北辺境バルファークからミルファとウィルケンが王都にやってきた日から一週間後の週末金曜日。
王都の上流階級御用達の区画にある喫茶店ボヴァリーは、昼はコーヒー専門店で夜はメニューが代わりアルコールも提供するカフェバーになるおしゃれな店だ。
夜のメニューに変わった時間、本当なら未成年のリギアは入ってはいけない時間だが、ウィルケンと一緒に入ったので何も文句は言われていない。
そこに本日の騎士団の仕事を終えてやってきたラドゥと合流し、リギアはウィルケンとともにラドゥに呆れられていた。
「定時退勤したらこの店に集合っていうから一体何かと思ったら探偵の真似事ですか。……一体何をしてるんですか、父上もリギアも」
「いや、リギアが見に行こうと言うから……」
「だってウィルパパが心配そうだったから……」
三人同時に一方向へ目をやると、リギアたちが座っている屋内の窓際の席からテラス席が見える。
この店は少し高台にあって、テラス席に座れば王都ルークハウゼンの町を一望できるスポットとなっていて人気がある。
そのテラス席の一番見晴らしの良い席に座って誰かを待っている女性が一人。
長いピンクブロンドの巻き毛に青緑の瞳の美女、ミルファ・アイゼンだった。
たまに女性一人だと思って声をかけてくる男性客もいるようだが、ミルファはそういった者たちに対するあしらいにも長けているようで、二、三話して笑顔で退散させていた。一体何を言ったらああも旨い事ナンパを躱せるのだろうか。
ミルファの待ち人はまだ来ない。
「二人揃ってミルファ様の後をつけるなんて、お店にも迷惑でしょうに。せめて飲み物以外も頼みましょう。……すみません、注文いいですか」
リギアとウィルケンに呆れたラドゥは、そばで待ち構えていたらしい給仕に食べ物を数品注文をした。
三人で届いた料理を食べながら、そしてテラス席のほうをチラ見しながら雑談をしていると、誰かがばたばたと入店してきたのが見えた。
特徴のある銀髪に、仕事が終わってそのまま来たのだろう王都騎士の隊服姿のその人物は、カレブ・アルシャインその人であった。
「……パパ来た」
「リギア、なんで隠れるの? 父上も、何やってるんです?」
「ラドゥ、しーっ! 今は話しかけるでない」
「何で……?」
堂々としていればいいのに、リギアは持参したらしいキャスケットを被ってその銀髪を隠して席に身を伏せ、大柄なウィルケンはメニュー表を被って顔面を隠していたのでラドゥはため息を吐く。珍しい銀髪の少女に山のように大柄な初老の男、どう考えても目立つ二人は全然隠れていない。
カレブは騎士団の隊服のまま入ってきたので、店員も客らも何事かと思ったようだが、カレブが何やら店員に話し、店員は頷いて彼をテラス席のほうへ案内していく。
彼が案内されたのは、何セットかあるテラス席のうち、一番見晴らしの良い席……ミルファが座っている席だった。
カレブはミルファに見つめられて若干心音が大きく波打ちながらも、とりあえず彼女の向かい側の席へと座った。
「……悪い、遅れた」
「いいえ。色々と考えることがあって、悪い待ち時間じゃなかったので」
「そ、そうなんだ。……いや、久しぶり、十五、六年ぶり?」
改めて彼女を見ると、出会って情熱的に愛し合った時期の青々しい美しさとは違い、年を重ねた女性のしっとりとした妖艶さを纏って、その元々の美貌を彩っている。
「そうね、お久しぶりです。……今まで仕事ですか? 副騎士団長サマ」
「ああ、まあ……報告書とか、定時ぎりぎりの突発トラブルでゴタゴタしてて……あ、何か頼んだ?」
「お茶だけ」
「酒飲まないんだ?」
「今日は大事な話をするから素面でいないとでしょう」
「あー、まあ、そうだな」
「忙しいのに時間とってくれてありがとうございます」
「なあ、ごめん、調子狂うからタメ語でいいよ」
「……あらそう? じゃあそうするわ」
立場的にはアルシャイン子爵という貴族になったカレブに対して、名はあれど平民であるミルファが敬語で話すのは正しいのだが、カレブはミルファにそんなよそよそしい態度はとってほしくなかった。
「バルファークは王都ルークハウゼンから離れているから、こっちまで王都の話はあまり流れてこないの。若い頃と違ってそういう話に敏感でもないし。だから貴方がお貴族様で、王都騎士団の副騎士団長様になっていたなんて知らなかったわ」
「んー、まあね。あれから間に戦争挟んだりしたからなあ。その褒章とかでなんやかんや今の地位にいる」
「びっくりしたわ。ラドゥさんに『うちの騎士団の上司にリギアと似た人がいる』なんて聞かれたときに、まさかと思ったら本当に貴方だったなんて」
ラドゥが騎士団に入ったのは今から三年前だから、その時にカレブの存在をうっすら感じていたのだろうか。
そこまで感じていてカレブの存在を騎士を目指しているリギアに伝えなかったのだろうか。
リギアはあのとおり不思議ちゃんな性格なので、あの面接時にポーカーフェイスを貫いていて何を考えていたのかさっぱりわからないため、ミルファに言われてカレブのことを知っていたのかその場で知ったのかは未だにわからない。
「それを言うなら君だってそうだろ。王都の美人碌にも載ったあのバルファークの歌姫ミラが、今やアイゼン一族を代表する薬師だもんな」
「私は戻るべきところに戻っただけよ。一時期家を飛び出して歌やってたけど、薬師の仕事は子供のころから学んでて、その延長線上が今ってだけ。薬師としてはまだまだ駆け出しよ」
「いやいや、立派だよ」
一旦話を切って、到着したコーヒーで喉を温めてから、カレブは苦笑しながら話した。
「俺さ、リギアが『ママは十年前に……』なんて言うから、君は死んだと思ってた」
「……それ、リギアから聞いたわ。あの子昔から肝心なところでテンパったり余計な気を使いすぎて言葉足らずとか話がごっちゃになったりとかでよく誤解招くの」
「ああ、そうだろうな。俺もそれは今回よくわかったわ」
「でもそれを言うなら、リギアが貴方のこと私に話したとき、貴方は宇宙人に攫われて死んだことになってたわよ」
「俺もかよ! てかなんで宇宙人がそこで出てくるんだ」
「それよ。リギアが子供のころにパパのこと聞いてきたときに、何て言っていいかわからなくて。『パパは宇宙人だから宇宙へ帰ったのよ』って咄嗟にテキトー言っちゃったせいよ。未だにそれを覚えているなんて」
「ミルファさんのせいじゃん」
「だって、子供のころに母親がぽろっと言ったそんなテキトーな発言を覚えているなんて思わないじゃない」
「子供って怖えな……」
「ほんとね。それは同意する」
ミルファはため息をついてから、給仕係に紅茶を追加注文した。
「でも、それが原因なんでしょ。リギアに籍入れる入れない言ってるってのは」
「……あいつが天涯孤独って思ってたからな。俺も今はある程度の地位についてるし、リギアの今後の人生において親無しじゃマズいだろうと思ったんだよ」
「後ろ盾ってこと?」
「ああ。騎士となったら王族や貴族の護衛についたりすることもある。女性騎士なら貴族の夫人や令嬢の護衛に指名されることもあるだろうよ。そうなったときの決め手はやっぱり家柄だしな。実力はあっても家柄の問題でくすぶってる底辺騎士は多い。リギアにそうはなってほしくないしな」
それはカレブ自身が天涯孤独の身の上で何の後ろ盾もない一介の傭兵だったため、国王に認められるまでは戦争で功績を上げるしかなかった。
傭兵から騎士になって、爵位を得て社交界に出てみてから初めて貴族の人脈さえあればこんなにもことがスムーズに運ぶのかと、今までの血反吐を吐くような努力がバカバカしくなるほどだった。
リギアにそういう言ってみれば楽な道を安易に歩んではほしくはない。だが、利用できるものは利用してほしいとカレブは思ったので、今回リギアにアルシャイン子爵令嬢の肩書をつけてやりたかった。
まあ、それだけではない。リギアが己の血を分けたたった一人の娘という、今まで天涯孤独だったカレブに家族がいたことが嬉しかったからだ。それを知ってしまったら、もう手放すことができなくなった。本質的にはそっちのほうが比重が傾くのは否めない。
そういう経緯を話して聞かせると、ミルファはふむ……と考え込むしぐさを見せた。
「確かに、貴方の意見も一理あるわね。でも、それは貴方の名前でなくともいいわけじゃない?」
「……どういう意味だよ」
「もう既にあの子の後見人は辺境伯ウィルケン・バルファーク公が務めているわ。だから必ずしも実父でなくてもいいわけでしょう?」
ミルファは腕を組んで背凭れに背を預け、試すような上目遣いでカレブを見遣りながらそう言った。




