013 パパキモいが可愛く聞こえる重症
謹慎期間が開け、職場復帰したカレブを待っていたのはデスクのうえにうず高く積み上げられた承認待ちの決裁書の山であった。
急ぎではないが代理を立てられない重要書類ばかりだったので、カレブが一枚ずつきちんと対応しなければならない。
副騎士団長ともなると現場だけでなくこういう事務仕事も必要になる。傭兵をやっていたころ、意外にも読み書きができないと仕事上話にならないために傭兵団の上役に叩き込まれた座学がこういうところで役に立っていた。実は特技欄があれば速読と速記と記せるカレブである。
傭兵団時代は上役と事務方がやっていて、下っ端だった自分にはあまり関係ない仕事だったけれど、副騎士団長としていざその立場になってみると彼らの苦労が良くわかる。
先の戦争で叙勲して今では新興貴族のアルシャイン子爵となったからには、こういう仕事も絶対必要になるため必死に覚えた。
妻のいないカレブには邸の管理や褒美で貰った領地の運営のことも執事と一緒に自分から進んで取り組まねばならなかったのだ。
だがこの作業をするようになってから、カレブは意外とこういう事務仕事も自分には向いていることに気づいて、今では騎士団長ランドルフよりも作業が早かったりする。
書類に不備がないかを一文字一文字チェックして、不備がないものはサインを入れて承認と書かれた箱にどんどん入れていくと出来上がった分から次々に事務官が持っていった。
謹慎期間で滞っていたせいもあり、早くサイン済の決裁書が欲しい事務官がこまねずみのようにせかせかと執務室を出入りしていくのを見て、待たせてしまったことを申し訳なく思った。
「いやあ、復帰されて本当に良かったです副団長」
「あー、その節は申し訳ない。今日から倍頑張るわ」
「まあまあ、副団長は仕事もお早いですからあまり気負わず。根詰めすぎるとミスも多くなりますしね。ほどほどに休憩も取ってください」
「そうだな。これ午前中いっぱいで終わらせて訓練場に行ってこないとな」
「ええ、それがよろしいでしょう。本日はいつになくやる気に満ち溢れていらっしゃるようですし、何か良いことでもございましたか?」
「ああ、まあな。人間ちょっとした切っ掛けで気分が良くなるもんだ」
謹慎中に届いたリギアからの手紙で、滅入っていた気分から一気に浮上できた。あれが無かったら今でもわりと心にしこりが残っていたかもと思う。
交際していた女性、ビオラを下の部隊の若い騎士に寝取られたという情けなさと、彼女を心から愛せなかったという自責に。
思えば向こうから迫ってきてなあなあで付き合った彼女ビオラ。
カレブは年齢的にも周りから結婚をせっつかれていた。
ゆえにまあ今は他にいないからという軽薄な理由で今度プロポーズしようと思っていた矢先に、今回のドタバタな別れ。
『俺ら婚約も何もしてないし、そっちの浮気だけど慰謝料とか発生しないから好きにしてくれ』
『あ、ありがとう……助かるわ』
『今まで贈ったプレゼントのアクセサリーとか宝石とかも、別に返さなくていいし。見るのも嫌なら作り直したり換金してもかまわないよ』
『じ、実はもう、換金してて』
『ぶふっ……いや、ちゃっかりしてんな。そういうある意味潔いとこ嫌いじゃなかった』
彼女の言葉に怒りも忘れて吹き出してしまった。自分が金づるだったことを改めて実感して逆に笑えた。
それなりに美人でそこそこ身体の相性も良かったし悋気が強かったのには悩まされたがそれも愛情だと我慢できた。愚痴はこぼしたが実際そこまで困っていなかったのだ。あんなの可愛いもんだと許せたほどには気に入っていたが、結局彼女の演技に騙されていたという体たらく。華麗に騙されてむしろ賞賛したい。
『……最後に、あの女の子、あの時貴方籍入れたいなんて言ってて、どういう関係だったの? もう無関係な私だけど、気になるわ』
『あー、あの子、俺の娘』
『娘!? あんな大きな娘がいたの?』
『俺も驚いてる』
『えっ』
『ひと月前まで存在すら知らなかったんだ。だからまー、浮気ってわけじゃないよ。……多分だけど』
『そ、そう……それで籍入れたいなんて言ってたのね』
『俺も最後に聞きたいんだけど俺とその彼、どっちが先に付き合ってたの? 場合によっちゃあ俺のほうが浮気相手ってことになるじゃん』
『それは……』
『あ、やっぱいい。聞きたくない』
結局彼女を寝取った――かもしれない――若い騎士は、彼女と結婚するために騎士をやめるわけにはいかないので騎士団に残りたいと土下座までして懇願していたのを、カレブは許した。今後も第一部隊で真面目なドルフィン卿の指導のもと、新米騎士に交じって精進するとのことだ。
もう過去のことだし、カレブ自身ももう何も言わないので、くれぐれも周りが彼のことで陰口を言ったり虐めをおこなったりしないようにと、ドルフィン卿には頼んでおいた。
彼女のお腹には彼の子がいる。彼の働き口が無くなって路頭に迷えば、子供を生かすために里親に出すか最悪孤児院入りかもしれないし、それでは生まれる子供が不憫だ。カレブ自身が孤児だったからその寂しさはわかる。
――まあ俺も、リギアに対して不憫な少女時代をおくらせてしまったんだもんな。ミルファのことも放置して……。そもそも子供に罪はない。俺が悪い。全部俺が。
ミルファも、リギアも、そしてビオラも、カレブはこれまで幸せにできなかったことを改めて恥じた。
事態は丸くおさまったが、わりと騒ぎになってしまった責任を取るかたちで少しの間謹慎することになった。
それを機に自分自身を顧みて情けないなと思ってだらだらしていたら、突如として届いたリギアからの手紙。
アレには本当に参った。
会うたびに怖いだのキモいだの生意気言われて、「俺はそんなにキモいのか? そんなこと言われたことないぞ」と風呂で鏡を見ながら、女性受けする甘いスマイルやウインクをしてみたりして空しくなったり、やや自信を無くしていたところだった。
それが手紙ではカレブを労わるような文言、実は素直になれなかったなどの文言が羅列する手紙に、一度あふれ出した涙はなかなか止まらなかった。
……まあ、それはラドゥがリギアのひっどい手紙を苦労して書き直させた代物であるのだが、そんなことはカレブは知らない。知らないほうが幸せという言葉があるとおり、カレブは普通に感動していい気分になっていた。
――これがあれか。ランディやドルフィン卿が言っていた「娘は魔性」というやつか。そんなもんかねと俯瞰してたのめっちゃ申し訳ない。確かに、娘は父親を惑わす魔性の生き物だったわ。可愛いもんな。生意気だけど。
決してリギアを一人の女性として邪な目で見ているというわけではない。そこまで倫理観がないわけではないのだ。だが久しぶりに心が高揚している自分がいる。
過去史上最愛の人と自分の血を継いだ、娘。要するに。
――くっっっそ可愛いんだよぉ! 何ならパパキモいって言われても若干嬉しい。パパって呼び方がめちゃ良いじゃん。変態か。変態なのか俺? てか、守ってやりてえ、国じゃなく、娘を。娘一人守れないで誰が国を守れるんだとか言うよな? 芝居とかで言うだろうがよ。大きくなってもずっと呼んでくれる女の子だけの父親の呼び方だろ! 可愛いだろ俺の娘ええええーーーーって世界中に叫びたい。てかマジでキモいな俺。
そんなことを考えて、リギアの嫌そうな顔がありありと想像できる。
遅れてきた父性を大爆発させて悶えている自分がいる。自分でもキモい。こんなの十五歳の思春期娘にキモいと言われて当然なのだが止められない。
――キモくてチャラくてクズ男な親父で申し訳ない。でも大事なんだ。もう俺、女いらんわ。リギアが元気ならそれでいい。
そんなリギアを産んでくれたミルファも、これまで付き合ってくれたビオラももういない。カレブが不幸にしてしまった女性で今わかっていて残っているのは娘リギアのみ。
そんなリギアにカレブができることは一体なんだろう。
やはり籍を入れて引き取り、リギアを子爵令嬢にしてカレブの財産を継がせることじゃないかと考える。
もうカレブは結婚は諦めた。というか、これ以上女性を新たに幸せにできる自信がない。
だからこそ、リギアに自分の財産を相続させるのが一番の償いなのではないかと。
そうすれば、リギアが結婚して子供が生まれ、その子供が国から授かったアルシャイン子爵の名を継いでいってくれれば、お互いにウィンウィンではないだろうか。
そこまで妄想して、一旦横に置いてあったカップからすっかり冷え切った紅茶を一口飲む。冷めてしまった紅茶が逆に冷静にさせてくれた。
まあそれはともかく。とりあえず手始めにあの手紙の礼をリギアにしないといけない。執事とも話したが、近いうちに食事に招待できないだろうか。
――でもなあ。まだ籍も入れてない子供を自宅に招待するのは色々とまずいんじゃないか? 誰か一緒に招待しないとまた女学生に手を出したと誤解されてもいけないしなあ。誰か一緒に付いてきてくれればいいんだが、平民の身分のリギアに侍女なんていないだろうし。
そこまで考えて、ふと思い出した人物がいた。
ラドゥ・バルファーク。第三部隊所属の騎士で、リギアの幼馴染の彼と一緒に招待すれば問題はないんじゃないだろうか。
ラドゥと直接かかわりがないカレブなので、第三部隊の部隊長ラーファル卿に、リギア・アイゼンへ謝罪の件としてラドゥを借りることを根回しておいたほうがいいだろう。
このあと第三部隊のラーファル卿とラドゥに会いに行くことにして、そうと決まれば目の前の決裁書類の山をまず片付けてしまおうと、カレブは改めてデスクに向かった。




