表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/34

014 ラドゥの決断

「本日の訓練は終了! 各自片付けを行ってしっかり休むように!」


 第三部隊の部隊長ラーファル卿の号令が訓練場に響き渡った。

 騎士たちは各々訓練用の木剣や槍、弓矢を集めて回収し、弓の訓練場は的を交換、壊れたものは廃棄場所へと持っていく。落ちたゴミをきっちり拾って片付け、最後に訓練場の地面を手分けして均していく。次に使う部隊への配慮である。


 ラドゥ・バルファークは後片付けの作業を終えてストレッチをしてから汗を拭いてベンチで休んでいた。

 今はシャワールームが混んでいるだろうし、少し時間を置いてからのほうが待たなくて済むと思っていたのだ。


 汗をかいた身体に風が気持ち良い。ぐぐぐ、と伸びをしたところで、視界の片隅に長身の人物が映り、そちらに目をやる。


「……副団長?」


 こちらに歩いてくるカレブ・アルシャイン副騎士団長に、ラドゥは一瞬ぎくりとして慌てて立ち上がった。カレブはそれを手で制して彼の前にやってきた。


「お疲れ様です、副団長。ラーファル部隊長に何か御用ですか、部隊長ならもう執務室かと」

「いや、ラーファル卿には先に会ってる。バルファーク卿にちょっと」

「はあ……何でしょう?」


 ラドゥは直接の上司ではないカレブが自分に用があるなんて、十中八九リギアがらみだと予感した。


 ――もしかして、先日のリギアの手紙が僕が書かせたものだって気づいたのかな……。手紙だからいいかなと礼儀正しい文章で書かせたけど、いつものリギアと違う表現ばかりだから、さすがにバレたのか?


 とはいえ、あの手紙の内容はリギアの気持ちを聞いてから文面を礼儀正しい言い回しに直したものだ。かなり装飾されたけれど。

 それにしても『いえ~い謹慎中のパパ見てる~?』を『謹慎中と伺い、心配になり……』と直したのは快挙だとラドゥは思っている。


 リギアは相手が実父だからと気を抜きすぎていると思う。カレブはあれでも子爵の地位にいる貴族なのだ。本来の身分なら名はあれど平民であるリギアはカレブに対してあんな失礼な物言いをしてはいけないし、そもそもレディらしくない。

 貴族と平民にあまり垣根を設けない風習のある仲良し地方として有名な北辺境バルファークで育ったせいで、要らない影響が出ていることに、ラドゥは頭を抱えるしかない。

 面接ではきちんと面接官たちに受け答えしたようだが、気を抜くと普段の言葉が出てしまう癖をなんとか来春の騎士団入団までには注意してあげなくてはと思っていた。


 とりあえず、リギアのここ最近のカレブに対する失礼な態度を、婚約者として一応謝罪しておこうと、ラドゥはカレブに頭を下げた。


「あの、副団長、先に発言してもいいですか。僕も貴方に言わないといけないと思っておりました」

「え、うん。いいけど何? 何かあった?」

「……副団長。リギアのこと、彼女の副団長に対する数々の無礼、婚約者としてお詫びいたします。彼女はまだ成人前なので、どうか寛大なお心で許してやってくださいませんか」


 ――許すも何も、そもそも怒ってないけど。……てか、何でこいつが謝るんだ? 婚約者として、だって? なんか、なんか腹立つな……いいけど……。


 折り目正しく謝罪するラドゥに他意はないとカレブは思う。だが、リギアじゃなくラドゥに謝られると「リギアのことは僕が一番良く知っていますので」と言われているみたいで、何だか嫉妬みたいなものを感じるカレブ。完全に被害妄想である。


「え? ああ、いやいや、別に気にしてないから。……君が謝ることはないし? ほら、可愛いもんだろ、『愛娘』のつく悪態なんてさぁ」


 無意識に「愛娘」を強調しているカレブ。

 ラドゥは、領主の跡取りとして相手の言葉の意味をしっかり読むよう教育されている。そのため、カレブの言葉の意図に気づいて、ふっと肩の力が抜けた。

 これは単なる父親の、娘の彼氏に対する心配と嫉妬だ。リギアに対して怒っていたり気分を害しているわけじゃないなら、ラドゥはカレブの嫉妬など全部受け止めてやろうとさえ思う心の広さを持っていた。

 

「愛娘とご自覚されていたようで何よりです」

「……あ、やべ。そういや発表も何もしてなかったっけ。ってか、薄っすらバレてるかもな、ほかの連中にも」

「僕はどっちとも会っているので知っていましたが、ほかの騎士たちにも少しずつ噂が広まっていますよ。面接でリギアがこちらを訪れたときからちらほらと。その髪色と瞳の色はこの国ではめずらしいですから」

「……だよな」

「あと、決定的だったのは、副団長、寄宿学校を急に訪問されたでしょう? それで血縁だろうと言われているらしいですよ」

「あー……そうねえ……はは」

「それより、何か僕に御用があったのでは?」

「あ、そうそう。あのさ……」


 カレブは、面接時に空き会議室に連れ込んだり急に寄宿学校に押しかけたり付きまとったり、そういったここ一か月の数々の所業に対する謝罪、そして謹慎中にリギアに心温まる手紙を貰ったことに対する礼を考えていた。

 それで邸にリギアを招待して食事でも振舞いたいが、まだ親子としての籍を入れていない未成年の女子を独身男の家に招くのはまた要らぬ醜聞を招く恐れがあるため、ラドゥに一緒に来てくれないかと頼みに来たらしい。


「その、君とリギアは幼馴染なんだろう?」

「そうですが、婚約者でもあります」

「こん……まあ、そうだったな。だからさ、君も一緒に来てくれれば、君も安心じゃないか?」


 急な誘いだが、血縁上の実父とはいえ独身男の家にリギア一人で行かせるのはラドゥも気が気じゃない。ほんの子供のころならまだしも、リギアは成人を間もなく控えた年頃の十五歳だ。たしかにカレブの言うように二人の関係を知らぬ者から見たら少女を囲うなどと醜聞になるかもしれない。

 カレブのような大人の爵位ある男性ならある程度そんな噂などどうにでもできるかもしれないが、まだ成人前の女性であるリギアがそんな醜聞に巻き込まれたら外にも出られなくなってしまう。

 それなら、部下の若い騎士を邸に誘って、友人もともに連れてきた体でリギアとともに行くのが最適解だろう。


「そうですね……副団長さえよろしければ。父と娘の団らんに水を差すみたいで恐縮ですが、リギアの為なら、ご招待、ありがたくお受けいたします」

「リギアの為なら……ね……。ま、まあ、君と一緒ならリギアも心開くかもしれないしな。あ、そうだ、もう一つ」

「何ですか?」

「バルファーク卿は」

「呼びづらそうですので、ラドゥで良いですよ副団長」

「ああ、じゃあラドゥ卿。君は、リギアとは幼馴染なんだよな。じゃあ、リギアの母親のこと、何か知ってるかな。その、亡くなったって、聞いてさ。リギアに聞いたんだけど、あいつ墓の場所もあるのかないのかも俺に教えてくれなくて」

「……!」


 カレブの言葉に、ひと月前のリギアとの会話を一瞬で思い出した。

 ラドゥはリギアがカレブにそんな誤解を与えていたことをすっかり忘れていた。さらにリギアとの会話から芋づる式に自分が「誤解させておいた方がいい」的なことを言ったことも思い出した。


 ――ど、どうする? ここではっきり言ったほうがいいのか?


 リギアにはああ言ったけれど、やはりここではっきり誤解を解いてやったほうがいいのではないだろうか。

 ミルファは生きているので墓などあるわけないし、彼女は今ラドゥの父である北辺境伯ウィルケン・バルファーク公と婚約していて、とても幸せそうにしていると。

 リギアの言葉足りなさのせいで色々誤解をさせてしまっていると。


 カレブがもしミルファとの復縁を望んでいるのなら、ウィルケンとミルファの結婚を邪魔されるかもしれない。

 いや、でも、カレブの年でそんな略奪的な考え方をするだろうか?

 爵位持ちで身分のことをいうならカレブは子爵。ウィルケンは辺境伯でウィルケンが有利。

 年齢や外見でいうならミルファと年が近いうえに顔も良いのでカレブが有利。

 そしてミルファが愛した男たちという点ではカレブが情熱的な激しい愛情、ウィルケンが穏やかで永続的な愛情、どちらもミルファには魅力的で互角かもしれない。


 ――どうする、ラドゥ・バルファーク。言うか、黙るか。家族の重大な決断になるかもしれないのだ。慎重に考えろ。


 頭の中で東洋からきたらしき木製の丸い打楽器と椀型のベルが、ポク、ポク、ポク、チーンと鳴った気がした。


 ――ダメだ、僕には決められない! こうなったら、ミルファ様に決めてもらおう。決めるのは彼女だ。父上か、副団長かを!


「副団長、聞いてください!」

「え、は、はい!? 何、突然」

「リ、リギアの母親、ミルファ様は、……っ」

「……ああ、十年前に、な、亡くなったんだよな」

「違います。生きています。ミルファ様はご存命です! 生きているので、墓なんて無いです! その勘違い、全部リギアの癖で、言葉足らずが原因なんです……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ