012 リギアからの手紙
パパへ。
突然のお手紙、ごめんなさい。リギアです。
先日のトラブルにより、謹慎中と伺い、心配になり、筆を取りました。
心労はたまっておりませんでしょうか。お食事はちゃんと摂られていますか?
本当は会って元気なのかを確認したいけど、謹慎中は人に会うことは禁止されているとのことですので、お手紙を書きました。
初めて会ってからずっと、憎まれ口ばかりの私ですが、手紙なら素直な気持ちを伝えることができるかもしれないと思い、少し恥ずかしいですが、これを送ります。
早期入団試験の最終日、あの集団面接。受験生と面接官という立場だった私たちは、初めてお互いの存在を知りましたね。
父親を知らなかった私ですが、一目見て、あなたが私の父だとわかりました。
この髪の色も瞳の色も、みんなあなたからの遺伝だったのですね。私の一族にはこの色は私以外におりませんので、改めて私はまぎれもなく貴方の子なのだと実感いたしました。私はこの色を誇りに思います。
もしかしたら、あなたは私があなたのことを恨んでいると思っているかもしれません。母と私のそばにいてやれなかったと、後悔しているかもしれません。
ですが、私は一度たりとて、そのように思ったことはないのです。私の記憶が確かならば、母もあなたのことを悪く言ったことは一度もありませんでした。
私はあなたに感謝こそすれ、恨むことなど万に一つもありません。
だって、あなたが母と出会い、結ばれたからこそ、今の私がいるのですから。
来春、私はあなたのいらっしゃるゼルニケ王国騎士団第七部隊に騎士として入団いたします。
あなたとともにこの国を守っていけるように、あなたの背を追い、しっかりと付いていけるように、心技体ともに精進してまいります。
今後とも、よろしくおねがいいたします。
季節の変わり目です。少しだけ、薄着であるあなたが心配です。どうか、お風邪など召しませんように。
復帰後、また元気で明るいお姿を拝見できたら嬉しいです。
あなたの娘 リギア・アイゼンより。
「……ううっ……なんだよこれ……なんでこんな……こういうの突然送ってくるなんて卑怯だろ……っ!」
止めどなく溢れる涙が可愛らしい文字の書かれた便せんに落ちて青いインクを滲ませていく。
執事がそっとハンカチを差し出した。
娘のリギアが突然送ってきた手紙に、カレブは冒頭の「パパへ」から最後の署名、最初から最後まで号泣して、涙と鼻水でぐっしょぐしょになりながら読んでいた。
サプライズは嫌いキモいと言っていたくせに、自分はこうして送ってくる。こういうのが本当に人を感動させるサプライズなのかもしれない。カレブはサプライズの根本を考えさせられることになった。
ぼろぼろと涙を流して感極まったカレブは執事にその手紙を渡す。
「それ、額装して目立つところに飾ろう。最高の額縁を用意してくれ。その封筒も捨てるなよ。俺の大事な娘からのプレゼントなんだ」
「は、はい、旦那様。その、拝見しても?」
「ああ、いいよ。お前ももらい泣きするなよ?」
「いえ、そんなまさか」
冷静で真面目な執事はそう言っていたが、読み進めるうちに涙こそ流さないが顔を歪ませて嗚咽しそうになっていた。
そしてメイドたちに業者に連絡をするように指示する。
「……いやはや。お嬢様がいらっしゃるとはひと月ほどまえから仰っておりましたが。こう言ってはなんですが、旦那様がそばにいらっしゃらない間、とても良いお嬢様に成長されたようですね」
「……ああ。全部ミルファとミルファの家族の教育の賜物なんだろうな。俺じゃこんなふうには育てられない」
「そうですね。ご交際が破談になって、トラブルになって、そして謹慎という気が滅入りそうな状況でこんな贈り物下さるなんて、憎いくらいのお心遣いじゃございませんか」
「ああ。俺も腐ってられねえわ。よし、謹慎明けにはしっかり立ち直ってみせる」
トラブルおこして交際中の相手とは向こう有責だが破談になるし、相手はカレブ以外の男の子供を妊娠しているし。おまけにその相手が同じ王国騎士団の若い騎士で、自分の交際相手を下のさらに下の部下に寝取られた形となったので、さすがにメンタル強めなチャラ男であってもかなり凹んだ。
謹慎期間はそのクールダウンになるかと思ってもモヤモヤがなかなか消えずに、ただ毎日だらだらと過ごしていたところに、リギアのこの手紙という一服の清涼剤。
落ち込んだら泣いて発散することも大事なのだと実感するくらいぼろっぼろに泣かされた。
感動したのはリギアがその母ミルファとともに、カレブのことを少しも恨んではいなかったという事実。
普通、片親や天涯孤独だと周りからも指をさされて色々と苦労するだろうに、それを恨まずにいてくれたことが優しくて涙を禁じ得なかった。
こんな手紙を貰っても立ち直れないなんて男としてどうなのかと思ったら、さっきまで意気消沈してだらだらしていた自分が情けなくなり、意識がシャキッと鮮明になった。
――こんなことでどうする。俺はもう独身貴族気取ってる場合じゃねえんだ。俺はリギアの親父なんだから。
完全に立ち直った新生カレブ・アルシャインがそこにいた。
「旦那様、お礼にお嬢様を当家にお招きしてお食事でも振舞ってはいかがでしょう。学校と学生寮には出入り禁止かもしれませんが、家に招いてお食事するだけなら、問題はないのでは?」
「それいいな! 早速手配して招待状も出そう。あーでも、俺こんなイケてる手紙なんて書けるかな」
「それは努力するしかありませんよ。お嬢様に遅れを取るわけにはまいりませんからね。それより、旦那様はお嬢様の好物などはご存じありませんか? せっかくですからお嬢様のお好みのメニューをご用意しましょう」
「うーん、好きなお菓子くらいしか聞いてなかったな。……ああ、そうだ。第三部隊のラドゥ・バルファーク卿はリギアと幼馴染だと聞いたし、復帰後にそれとなく聞いておこう」
「それがよろしゅうございますね。お嬢様の好みがわかりましたらご連絡ください。すぐに最高の食材を手配いたしますので」
「了解。頼んだぜ」
そういえばラドゥ・バルファーク卿といえばリギアが嫁になる相手だと言っていたのを思い出して、緩んでいた口元がきゅっと引き締まる。
ラドゥ・バルファーク卿といえば北辺境伯バルファーク公ウィルケン・バルファークの跡取り息子。貴族といえど驕ったところもなく品行方正で正義感もある好青年だ。頼もしそうながっちり体型で優し気な整った顔つきと人好きのする穏やかな性格で男女ともに人気がある。
そんな彼は故郷で幼馴染だった女の子と婚約をしていてその女性一筋で浮ついたところはどこにもないと聞いているが、その相手がリギアだったとは。
まあ同じバルファーク出身で同年代ともなると知り合いでもおかしくないよなあと思う。リギアは名のある薬師一族であるアイゼン家の末娘だが、一応平民。そんなリギアが領主であるバルファーク公の一人息子を射止めるとはカレブも驚いた。ラドゥのことを「おにい」なんて親し気に呼んでいたし、仲が良いのだろう。
まあ、リギアを愛娘と自覚した親父とあっては、娘の婚約者というのはなんだかもやもやするのだが。そんな彼氏君にリギアの好物は何かと聞かねばならないことに、多少うんざりする。
けれど、あのカレブを見るときの無表情なリギアを笑顔にさせるためならば嫌などと言っていられないなと心決めたカレブであった。
一方、時を遡ること三日ほど前。リギアとラドゥはバルファーク公のタウンハウスに来ていた。
北辺境にいる領主、ラドゥの父であるウィルケン・バルファークの王都にあるタウンハウスは、息子のラドゥが住んでいる家で、婚約者であるリギアはたまにラドゥに会いに行っている。
その日は街歩きデートの帰りに雑貨屋に寄って、カレブ・アルシャイン卿に手紙を書くためにラドゥの住むタウンハウスに招かれた。
リギアは書き終えた手紙を読み直してふむーと鼻息を吐いた。
「すごい。すごい親孝行娘の手紙になってる。私じゃないみたい」
「そうか、良かったね……」
手紙の完成度に鼻息荒く興奮しているリギアを見て、ラドゥはげっそりしていた。
「おにいすごい。すごく良くなった。パパこれ見たら絶対泣くよ」
「……リギア、お見舞いの手紙ってこれで普通なんだよ」
「そうなんだ~」
「そうなんだ~じゃないから! 冒頭で『いえ~い謹慎中のパパ見てる~?』なんて書いてあったの見たとき卒倒するかと思ったよ! 僕が添削してなきゃどうなっていたか……」
「う~、落ち込んでるパパに明るい雰囲気を届けようとしただけなのに」
「いや、流石にあれは喧嘩売ってるだけだって……僕が自分の子供にあんな手紙贈られたら熱出して数日寝込むよ。さすがに副団長が可哀そうだ」
そう。あのカレブ・アルシャインを男泣きさせた手紙は、ほとんどラドゥが考えてリギアに書かせたものだったのだ。
一応リギアに書きたいこと伝えたいことを聞き、ここはこういう言葉に直して! ここはこういう優しい表現で! ふざけないでちゃんと書く! と熱血指導をするラドゥのもと、ようやく書けたのが冒頭の手紙である。
油断するとすぐ普段の言葉遣いのような口語が出てしまったりふざけておどけた表現をするので、ちゃんと見ていないとリギアが何を書くかわかったものではなかった。
さすがに「いえ~い謹慎中のパパ見てる~?」はありえない。カレブのことはいけ好かないが、ラドゥはカレブが少し気の毒になったので、彼が復帰後に会ったら優しく対応しようと思った。




