序章4 サイドカーと港町
翌朝
東区画の整備層は、朝から金属音で満ちていた。
蒸気が白く噴き出し、
巨大な昇降機が唸りを上げる。
悠真は眠そうな顔のまま、
工房区画の前で立ち尽くしていた。
「……デカ。」
目の前には、
半地下空間を丸ごと利用した巨大工房が広がっている。
無数の配管。吊り下げられた機械獣の残骸。
火花を散らす溶接光。
そして中央では、ユキナのバイクが分解されていた。
「おい!!そこ雑に外すな!!」
怒鳴っているのはユキナだ。
腕まくりした整備士と真剣な顔で言い争っている。
「だから荷重計算は済んでるって!」
「済んでねえ!
こんな旧式フレームにサイドカー付けたら軸が歪む!」
「でも三人乗り毎回はキツいでしょ!」
「人乗せる前提で作られてねえんだよ!」
悠真は少し離れた場所で眺めながら呟く。
「……普通にサイドカー作るんだ。」
隣にいたノアが静かに答えた。
「悠真、重い。」
「傷つく言い方!」
「燃費悪化。」
「言い換えろ!」
ノアは無表情だった。
◇◇◇
数時間後。
完成したサイドカーを見て、
悠真は素直に感動していた。
黒い装甲。
補助輪。
簡易防壁。
しかも車体横には、
機械獣炉心を利用した補助推進器まで付いている。
「すげぇ……。」
ユキナは得意げに鼻を鳴らした。
「北方の工房舐めないで。」
「中央製より雑だけど頑丈。」
整備士の親父が煙草を咥えながら言う。
「港まで400キロ、壊れたら死ぬと思え。」
「縁起悪っ。」
◇◇◇
出発は昼前だった。
巨大門が開き、
蒼い草原へ風が吹き込む。
東区画を出た瞬間、
空の広さが一気に増した。
悠真は思わず息を呑む。
どこまでも続く草原。
遠くには、
崩れた白い高層建築群が山脈みたいに見えている。
さらにその奥。
巨大な鉄塔の残骸が、
空へ突き刺さるように立っていた。
「なあ。」
悠真が後ろから叫ぶ。
「昼は機械獣少ないんだな!」
「夜行性が多いからね!」
ユキナの声が風へ流れる。
エンジン音がうるさい。
会話は怒鳴らないと成立しなかった。
悠真は苦笑する。
(まあそりゃそうか……。)
その時だった。
サイドカーへ座っていたノアが、
ふいに顔を上げる。
「喉、渇いた。」
次の瞬間。
彼女の周囲へ、
青白い光粒子が浮かび始めた。
幾何学模様。
小さな魔法陣。
それが三人を包み込むように展開される。
直後。
エンジン音が遠くなった。
いや、
“遮断された”。
悠真が目を見開く。
「……え?」
ユキナの声が、
普通に聞こえる。
「便利でしょ。」
「防音結界。」
「魔法ってそんなこともできんの!?」
ノアは小さく水筒を飲んでいた。
本当に喉が渇いただけらしい。
◇◇◇
数時間後。
三人は旧高速道路らしき場所で休憩していた。
道路は半分崩れていたが、
ところどころ当時の形を残している。
悠真は座り込み、干し肉を齧る。
「硬っ。」
「保存食だから。」
ユキナは慣れた様子で缶詰を開けた。
ノアは静かに空を見ている。
悠真は前から気になっていたことを聞く。
「そういやさ。」
「魔法って何なんだ?」
ユキナが少し考える。
「何って……魔法。」
「いや説明雑。」
彼女は肩を竦めた。
「使える人間が使える力。」
「体内の魔力を使って起動する異能。」
「魔力?」
「うん。血液とか臓器で作られるって言われてる。」
悠真は眉をひそめる。
「つまり超能力?」
「近いかも。」
ユキナは地面へ指を向ける。
パチ、と火花が散った。
小さな炎。
「こんな感じ。」
「おお……。」
「ただ誰でも使えるわけじゃないわ」
「適性が必要。」
「ノアは?」
悠真が聞く。
白髪の少女は静かに答えた。
「使える。」
「いやそれは見れば分かる。」
ノアは沈黙した。
代わりにユキナが続ける。
「魔力が少ない人間でも、補助器具があれば使える。」
彼女は腰の装置を叩く。
小型の金属筒。
「蓄積型触媒。」
「勝手に溜まってくるの」
「へえ……。」
悠真は感心する。
「MP回復薬みたいなもんか。」
「えむぴー?」
「いやこっちの話。」
ユキナは少し真面目な顔になる。
「でも魔法は万能じゃない。」
「使いすぎれば死ぬし、場所によって使える回数も変わる。」
「場所?」
「濃い場所と薄い場所がある。」
「だから北方は安定。」
悠真は空を見上げた。
青空。
流れる光の帯。
自分の世界とは、何もかも違う。
その横で、ノアだけが静かに空間を見つめていた。
まるで、“何か”が見えているように。
◇◇◇
日が傾き始めた頃。
遠くに巨大な壁が見えた。
悠真は目を細める。
「また要塞都市?」
「違うわよ」
ユキナが笑う。
「港町。」
近づくにつれて規模が分かってくる。
大きい。
東区画とは比べ物にならない。
黒鉄の外壁は同じだった。
だが、その内側に広がっていた光景は別世界だった。
門を抜けた瞬間。
熱気。
喧騒。
叫び声。
無数の灯り。
悠真は呆然と立ち尽くす。
「……うわ。」
そこには、巨大都市が広がっていた。
蒸気機関車が走る。
露店が並ぶ。
機械部品。
干物。
薬品。
武器。
機械獣素材。
あらゆるものが売られている。
頭上には巨大クレーン。
遠くには海。
そして港には――
黒い超大型艦船が何十隻も停泊していた。
「ここが北方最大港湾都市。」
ユキナが言う。
「本土との玄関口。」
悠真は圧倒されながら歩く。
東区画が“戦場”なら、
ここは“文明”だった。
人が多い。
笑っている人間までいる。
酒場からは音楽が流れ、子供達が走り回っていた。
悠真は立ち止まる。
「……子供いる。」
ユキナが少しだけ笑う。
「港町は比較的安全だからね。」
ノアは静かに海を見ていた。
黒い海。
その向こう。
遥か彼方に――
中央大陸――本州がある。
そして悠真はまだ知らない。
自分が今立っているこの場所が、
かつて“北海道”と呼ばれていたことを。




