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序章3 人類の最前線でちょい休憩


「門を開けろォォ!!」

 

赤髪の女の怒鳴り声が夜の草原へ響く。

その瞬間。

要塞都市の壁面が青白く発光した。

男は顔を上げる。


高さ三十メートルはあるだろう巨大な壁。

黒い金属と岩盤で構成された外壁。

その上に、無数の砲塔のようなものが並んでいる。

次の瞬間。

壁上に巨大な魔法陣が展開された。

幾重にも連なる光輪。

壁そのものが起動しているようだった。

「うわっ……!」

男が息を呑む。

 

赤髪の女が叫ぶ。

「支援来る!舌噛むから閉じて!」

「もう噛んでる!!」


轟音。


壁上の魔法陣から、無数の光槍が放たれた。

夜空を裂きながら草原へ降り注ぐ。


直後。

後方で爆炎。

機械獣がまとめて吹き飛ぶ。

赤熱した装甲片が宙を舞い、肉食獣が悲鳴を上げる。

だが、それでも止まらない。


夜の群れはなお迫ってくる。

「なんで!?なんでこんな数が多いの!」

赤髪の女が歯噛みする。


その時だった。

地中が震える。

男の背筋が凍る。

草原の下から、“何か”が起き上がった。


巨大。


これまでの機械獣とは比べ物にならない。

塔のような首。

列車じみた胴体。

何十本もの脚。

地中に埋まっていた超大型機械獣だった。


赤い単眼が点灯する。

「……うそだろ。」

男の声が引きつる。

赤髪の女の顔色も変わった。

「最悪級……!」

白髪の少女が静かに呟く。


「旧都市級機獣。」

「待って、その名前からして強いやつ!?」

巨大機械獣の口元が展開する。

内部で赤熱光が収束していく。

「まずい!!」


次の瞬間。


要塞都市の上空に、さらに巨大な魔法陣が浮かんだ。

今までとは桁が違う。

都市全体を覆うほどの光輪。

壁上の術士達が、一斉に詠唱しているのが見えた。


赤髪の女が目を見開く。

「総員砲撃……!?」

白髪の少女が僅かに目を細める。

「守備隊、本気。」

光が収束する。

そして。


夜が、消し飛んだ。

閃光。

轟音。


視界が白に染まる。

男は悲鳴を上げながら頭を抱えた。

「ぎゃあああああああ!!」

数秒後。

遅れて爆風が来た。

草原が吹き飛び、巨大機械獣の上半身が蒸発していた。

赤熱した残骸が崩れ落ちる。


赤髪の女はアクセルを全開にした。

「今のうち!!」

機械が震える音で、エンジンの轟音は掻き消える。

巨大門が開く。


三人を乗せたバイクが、滑り込むように都市へ突入した。


直後。

重厚な門が閉じる。

轟音。

外から無数の衝突音が響く。

機械獣達が壁へ体当たりしているのだ。

だが壁は揺るがない。

 

男はその場へ崩れ落ちた。


「はぁっ……はぁっ……」

呼吸が震える。

汗が止まらない。

赤髪の女は平然とバイクを降りた。

「生きてる?」

「死んだ方が楽だったかもしれない……」

「軟弱。」

白髪の少女が淡々と言った。


男は涙目で振り返る。

「お前ずっと感情ないのに辛辣だな!?」

ふと。

周囲のざわめきに気付く。

巨大門が閉じた直後。


都市の空気が、一気に押し寄せてきた。


蒸気。

鉄。

油。

焦げた火薬の臭い。


男は荒い呼吸のまま顔を上げる。


周囲には、人がいた。

武装した兵士。

機械部品を背負った整備士。

金属製の担架を押す医療班。

巨大な燃料タンクを運ぶ作業員達。


全員が忙しなく動いている。

だが。

その視線が、徐々に男へ集まり始めた。

「……?」

男は自分を見る。

皺だらけのスーツ。

革靴。

ネクタイ。


この世界では、あまりにも異質だった。

ざわめきが広がる。

「何だあいつ。」

「中央の人間か?」

「違う、あんな布見たことねえぞ。」

「新型防護服……?」

「いや弱そうすぎるだろ。」

「弱そう」は聞こえた。


男は傷ついた顔をした。

赤髪の女が呆れたように笑う。

「そりゃ目立つって。」

「その格好、この街じゃ完全に浮いてる。」

「スーツなんだけど!?」

「知らないって、その文化。」


白髪の少女だけは周囲を気にしない。

「行く。」

「待って、めちゃくちゃ見られてるんだけど。」

「珍しいから。」

「動物園の動物みたいに言うな。」


通路を歩くたび、人が避ける。

好奇。

警戒。

困惑。


特に年配の整備士達が、男の服を妙な顔で見ていた。

「布が薄いな。」

「戦闘用じゃないのか?」

「防刃加工も無し?」

「それで外にいた?」

男は何も言い返せない。

むしろ自分でも、

「何でこんな格好で異世界来たんだ……」

という気持ちになっていた。

やがて三人は、都市内部の一角へ辿り着く。

薄暗い通路。

配管だらけの天井。

壁には無数のケーブル。

半地下構造になっているらしく、

街そのものが巨大な要塞兼工場のようだった。


赤髪の女が鉄扉を開ける。

「ここ。」

中は簡素な部屋だった。


金属ベッド。

工具箱。

古びた棚。

壁際には分解途中の銃のような機械。

男はようやく息を吐く。

「……助かった。」

「まだ死んでないだけ。」

赤髪の女はそう言いながら、棚を漁る。

やがて、雑に服を放り投げてきた。

男は慌てて受け取る。


厚手の黒い上着。

丈夫そうなズボン。

革製のブーツ。


「着替え。」

「え?」

「その服だと余計目立つ。」

「あと多分すぐ破れる。」


男は少しだけスーツを見る。


擦れた袖。

泥だらけの裾。

乱れたネクタイ。


会社帰りだった。

つい数時間前まで、

終電に揺られていたはずなのに。


男は苦笑する。

「……帰れる気しねえな。」

白髪の少女が静かにこちらを見る。

「帰りたい?」


男は答えに詰まった。

帰りたい。

そのはずなのに。


草原。

機械獣。

巨大な壁。

空を覆う魔法陣。

恐怖と同じくらい、

知らない世界への高揚があった。


男は誤魔化すように言う。

「とりあえず着替えるから外出てもらってもいい?。」


赤髪の女が即答する。

「嫌。」

「何で!?」


「別に減るもんじゃないでしょ。」

「魂が減るわ!」


白髪の少女は無言だった。

だが出ていく気配がない。

男は頭を抱える。

「この世界プライバシーって概念ないの!?」


数分後。


着替え終わった男を見て、

赤髪の女が頷く。

「うん。そっちの方がマシ。」

「何か敗北感すごいんだけど。」

スーツは畳まれ、

部屋の隅へ置かれていた。


元の世界との繋がりが、

少しだけ遠くなった気がした。

 

◇◇◇


「少しは落ち着いたかしら?」

「安全って幸せなんだな。」


雑多な部屋の隅にあったソファに腰をかける。

 

男は街に入った時に感じた違和感を口にする。

「……子供、いない。」


赤髪の女が少しだけ黙る。

「ここは育てる場所じゃないから。」

「え?」

女は壁の向こうを見た。


「あそこに出て、機械獣を狩る。」

「地下遺跡を掘る。」

「燃料を回収する。」

「旧文明の機械を拾う。」


淡々と告げる。


「この街は、人が生きるための街じゃない。」

「人類を延命するための採掘基地。」


男は言葉を失った。

白髪の少女が静かに続ける。

「地下には、まだ旧世界の機械都市が埋まっている。」

「人類はそこから資源を抜き続けている。」

「じゃあ……あの機械獣って。」

「旧文明の自律兵器。」

赤髪の女が答えた。


「あるいは、防衛機構。」

「あるいは、壊れ損ねた都市そのもの。」


男は背筋が寒くなる。

この世界は滅びたあとだった。

しかも、“完全には死んでいない”。

未だに文明の残骸が動き続けている。


その後。

三人は東区域の一角で生活することになった。

男は何もできなかった。

戦えない。

知識もない。

機械も触れない。

だが、白髪の少女は当然のように男を連れ回した。

「何で俺なの。」

「必要だから。」

「その言葉便利すぎるだろ。」

赤髪の女が笑う。

「そういえば、アンタ名前は?」

「小野田 悠真。」

「ユーマ。」


赤髪の女が再度笑う。

「ユーマね。変な名前。」

「そういうお前は、なんで言うんだよ。」


「あー私?、ごめんごめん。とりあえずユキナって呼んで。」

「俺とお前、名前日本系じゃんかよ。」

「日本?なにそれ。まあいいわ、んで隣の白髪の子がノアよ。」


ソファからは少し離れた椅子に腰掛けている少女が反応する。

「ノア。みんなそう呼ぶ。」


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