表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/60

第48話 確かめたいもの


数日前、王城より一通の書状が届いた。

封蝋に刻まれた紋章を目にした瞬間、セレストはわずかに眉を上げる。


――第一王子、ラファエル・アストレア。


簡潔な文面。余計な装飾も、遠回しな言い回しもない。


『イエレナ嬢を伴い、登城せよ。面会の場を設けたい』


命令と断じるには柔らかい。だが拒む余地はない。

どこか私的な響きを含みながらも、王族としての意志が静かに通された呼び出しだった。


――そして今。


白亜の王城、その回廊を進みながら、イエレナは無意識に息を整えていた。


以前、謁見のあとに設けられた茶の席で、ラファエルと言葉を交わしたことはある。

穏やかで、柔らかくて――けれど、どこか底の見えない人。


(……怖い人では、なかった)


そう思っているのに。


今回は違う。


呼び出しという形で、改めて“場”が設けられている。

その意味も、意図も――分からないまま。


胸の奥に、言葉にできない緊張が静かに溜まっていく。


そのとき。


隣を歩くセレストの袖を、指先がそっとつまんだ。


ほんの小さな動き。けれど、それだけで彼は気づく。

セレストは歩調を緩め、わずかに視線を落とした。


「大丈夫。兄上は見た目通り――ふざけた人だから」


冗談めいた声に、イエレナは思わず小さく息を吐く。

緊張が、ほんの少しだけほどけた。


(……うん、大丈夫)


そう言い聞かせるように胸の奥で小さく息を整え、イエレナはゆっくりと顔を上げた。

視線の先にあるのは、重厚な扉。そこへ辿り着いた足が、自然と止まる。


「――第五王子セレスト殿下、およびイエレナ様をお連れしました」


「通せ」


低く、よく通る声だった。


次の瞬間、扉が静かに開く。

踏み入れた室内は広く、無駄がない。整然と積まれた書類と、光を反射する長机――その中央に、ひときわ強い存在感を放つ人物が立っている。


深い蒼の瞳を持つ第一王子、ラファエル。

そしてその傍らには、氷のような静けさを纏う第二王子レオニス。


扉が閉じられた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。


それでも――イエレナは一歩、前へ出る。


“婚約者”として。


「お招きいただき、ありがとうございます」


丁寧に頭を下げる。

その所作を見届けるように、ラファエルは机の上の書類を閉じ、ゆっくりと歩み寄った。


「久しいね、イエレナ嬢。ティータイム以来だね。 今日は、もう少し静かに話せそうだ」


柔らかな声音。だが、その奥にある視線は静かに鋭い。

そのまま、彼はイエレナをじっと見つめ――


「……ふむ。以前より、君の“気”が落ち着いているね」


「え……?」


思わず瞬いたイエレナに、ラファエルは顎へ指先を添えたまま続ける。


「力の波が揺れていない。……何かしたかい?」


その問いに、セレストが静かに一歩前へ出た。


「少しだけ、祝福の扱いを。共鳴を意識して、精霊と呼吸を合わせる練習を」


「抑え込むのではなく、共に在る方向か。……悪くない」


短く下された評価。

その一言に、イエレナの胸がかすかに温む。


けれどラファエルの瞳は、まだ測るように揺れていた。


「旧フェルディナでは、祝福は日常の一部だったそうだね」


静かに向けられた言葉に、イエレナはひとつ息を吸う。


「……はい。王宮には常に精霊がいて。光を見ることも、触れることも、当たり前でした」


言いかけて、ほんの一瞬だけ言葉が詰まる。

胸の奥に蘇る、失われた国の記憶。


それでも――視線を逸らさず、顔を上げた。


亡国の姫として。


ラファエルはその様子を見つめ、わずかに頷く。


「会合で訪れた際、確かに光を見た。君の“それ”もまた、自然の理の延長なのだろう」


静かに落とされた言葉を受け止めながらも、イエレナはすぐに答えを返せなかった。

胸の奥に残る感覚と言葉が、まだうまく結びつかない。


「……その、“それ”が何を意味するのか……まだ、よく分かりません」


そう口にしたあと、わずかに視線を落とす。

長い睫毛の影が頬に差し、組んだ指先に、ほんの少しだけ力がこもった。


その様子を見つめながら、ラファエルは一度、ゆっくりと目を伏せる。


「……フェルディナと、このアストレアでは」


言葉を選ぶような、短い間。


「“祝福”の意味が、まるで違う」


再び上げられた蒼の瞳が、まっすぐにイエレナを捉える。


「君の国では、それは日常の一部だった。精霊と共に在り、共に呼吸し、共に生きる文化だ」


穏やかな口調。けれど、その裏にあるのは明確な理解と観察だった。


「だが――ここでは違う」


声が、ほんのわずかに低く沈む。


「祝福は“力”として扱われる。魔力と同様に制御し、管理し、そして責任を負うべきものだ」


言葉が落ちたあと、室内に静かな沈黙が広がる。

磨かれた大理石の床に、その重みがそのまま沈み込んでいくようだった。


イエレナは息を飲む。


育った場所と、今立っている場所。

そのあいだに横たわる、目に見えない境界。


精霊と共に笑い合った日々と、王族として背負うべき責任。

同じ“祝福”であっても、立場が違えば意味は変わる。


胸の奥へ、ゆっくりと沈んでいく感覚。

わずかに、呼吸が浅くなる。


その静寂を切るように、レオニスが口を開いた。


「制御を欠けば、祝福は脅威となる。悪意がなくとも、影響は波紋のように広がる。力とは、そういうものだ」


一瞬だけ向けられる視線。

それは測るようでいて、同時に見極めるようでもあった。


だが――次の瞬間、その空気がわずかに和らぐ。


「……もっとも、自ら訓練に励んでいるのなら――心配は杞憂だったかもしれないな」


その一言は、評価にも、警告にも聞こえた。

けれどイエレナの胸に残ったのは、拒絶ではなかった。


“歩こうとしている者”として見られている――ただ、それだけでいい。


胸の奥に、小さな灯がともる。

揺れていたものが、静かに形を持っていく。


イエレナはゆっくりと背筋を伸ばした。

震えは、もう消えていた。


「……かつての王家の名に恥じぬよう、これからも尽力いたします」


そう告げた声は、先ほどよりもはっきりと、まっすぐに響いた。


その瞬間――室内の空気が、わずかに静まる。

ラファエルの蒼い瞳が細められ、ほんのわずかな間が落ちたあと、ゆるやかに口を開いた。


「そうか。――なら、試してみようか」


「え……?」


あまりにも唐突な提案に、イエレナの指先が小さく震える。


「今できる範囲で構わない」


声音は穏やかだ。けれど、その奥には“見極める者”の確信が静かに宿っている。

戸惑いのままセレストを見上げると、彼はすぐに一歩前へ出た。


「兄上、急です。イエレナはまだ――」


「無理はさせない」


重ねられた言葉は柔らかい。

だがそれ以上の異論を許さない響きが、空気の奥で静かに広がる。


ラファエルはゆっくりと立ち上がった。


足音はほとんどしない。

それでも確かに距離が詰まり、場の“重さ”が一段階、変わる。


王族特有の“間”。


逃げ場を与えない視線。


深い蒼の瞳が、まっすぐにイエレナの奥を覗き込む。

まるで祝福の波そのものを読み取ろうとするかのように。


やがて、その手がゆっくりと伸びた。


頬にかかる一筋の髪を、指先でそっと払う。


あくまで優雅で、乱暴さはない。

それでも――近い。


呼吸が、触れそうなほどに。


「……いるだろう?」


低く、静かに。


「そこに。――精霊が」


その言葉が落ちた瞬間、空気が微かに震えた。


目に見えない波紋が、静かに室内の隅へと広がっていく。

淡い金の光が、どこかでふっと揺れた。


イエレナの息が止まる。


胸の奥で、祝福が応えた。


世界が、ほんの一瞬だけ、凍りついたように静止する。


王として、“真実”を確かめるための眼差し。


「……出てきなよ」


その声はあくまで優しい。

けれど同時に、拒むことを許さない重みを帯びていた。


静寂を裂くように――淡い光が、もう一度、確かに瞬く。


それは怯えではなく、応じる意思。


室内の空気がすっと澄み渡り、

まるで祈りに呼応するかのように、静かに震えた。


【 次回予告 】


王の間に現れた、小さな精霊。


交わされるのは、

祝福の本質を巡る問い。


――けれど。


「クッキーって、世界を救うよね!」


無邪気なひとことが、

張り詰めた空気をほどいていく。


甘い焼き菓子とともに、

交わされるのは笑いと――試される真実。


次話、第49話「甘い焼き菓子」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


物語の合間を綴った短編も、あわせて公開しています。

本編では語りきれなかった、ささやかな時間や想いを収めたものです。

よろしければ、そちらもお楽しみください。


▼短編集はこちら

『【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる』

https://ncode.syosetu.com/n4783lg/


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ