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亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


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第46話 集いゆく光


――翌朝。


薄く引かれたカーテンの隙間から、やわらかな朝日が差し込み、淡い光が白い寝具を透かしながら、静かな部屋をゆっくりと満たしていく。


遠くで小鳥のさえずりがかすかに響き、その穏やかな音に包まれるように、イエレナはまぶたの裏に残るぬくもりを感じながら、ゆっくりと瞼を開いた。


まだ夢の続きのような、ぼんやりとした意識の中――

すぐ近くから、規則正しい寝息と、穏やかな鼓動の気配が伝わってくる。


あまりにも近い、その存在に引き寄せられるように、そっと顔を向けると。

そこにいたのは――静かに眠るセレストだった。


朝の光を受けた銀の髪が、枕の上で淡く輝いている。

長い睫毛が影を落とし、無防備な寝顔は、どこか年相応の青年らしいやわらかさを帯びていた。


「――っ」


思わず息を呑む。


(あ、あれ……なんで……!?)


一瞬、記憶が追いつかないまま、視線を落とした、そのとき。

自分の両腕が、彼の背へと回っていることに気づいた。


抱き着くように、ぎゅっと。


そこでようやく、昨夜の記憶がゆっくりと繋がっていく。


馬車の揺れ。

眠気。

抱き上げられた感触。

そして――首に回した、自分の腕。


「……っ!」


一気に顔が熱を帯び、胸の奥で心臓が跳ねる。


(わ、私……なにして……!?)


起こしてしまわないよう、細心の注意を払いながら、そっと腕をほどこうとする。

指先にまで神経を張り詰め、ほんの少しずつ、息を潜めるように距離を離していく。


やがて腕が離れた、その瞬間。


胸の奥に、かすかな名残惜しさがよぎった。


布団の中で小さく身を丸め、そっと距離を取る。

それでも――離れたはずなのに、彼の体温はまだすぐ近くにあった。


困惑と羞恥でどうにかなりそうなのに。


それなのに。


セスが、傍にいてくれたこと。

昨夜、あのまま離れずにいてくれたこと。


その事実が、胸の奥をじんわりと満たしていく。


(……嬉しい、だなんて)


思ってしまった自分に、さらに頬が熱くなる。


恥ずかしくて、声には出せない。

けれど、昨日のデートの続きみたいに心だけがまだ同じ温度に包まれていて、気づけば表情がゆるんでいた。


触れたい。

確かめたい。


その衝動に背中を押されるように、ほとんど無自覚のまま、そっと手を伸ばし――指先が、彼の銀の髪に触れた。


――細くて、さらりとした感触。


朝の光を含んだ糸のように、静かに指のあいだをすべっていく。


「……ふふ」


くすぐったいような笑みが、思わず零れた。


こんな無防備な寝顔を見られるなんて。

こんなふうに触れても、まだ許されているなんて。


まるで――自分だけが知っている秘密みたいで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


そのとき、セレストの眉がぴくりとわずかに動いた。

長い睫毛がかすかに震える。


「ん……」


「……っ!」


はっとして、慌てて手を引っ込める。


けれど次の瞬間――

するりと伸びた腕が、彼女の腰へと回った。

逃がさないように、けれど壊れ物を扱うみたいにやさしく、そのまま引き寄せられる。


距離が、一瞬でなくなる。


「……イェナ、起きてたの?」


眠たげな瑠璃の瞳が、ゆっくりと開く。

低く掠れた声が、まだ朝の静けさに溶けきらないまま落ちてきた。


「っ……」


頬に一気に熱が走る。

さっきまで胸を満たしていたやさしい温もりが、じわじわと形を変えて、どこか危うい感覚へと変わっていく。


どうしていいのか分からず固まるイエレナを見て、セレストは困ったように――けれどどこか楽しげに、かすかに口元を緩めた。


「今回……僕は悪くないからね?」


冗談めいた軽い口調。

けれどその瞳はやわらかく、そしてほんの少しだけ、熱を帯びている。


視線が重なった瞬間、心臓の鼓動が痛いほど強くなる。


セレストは静かに身を寄せた。

逃げる間もないほどゆっくりと距離が縮まり――イエレナの唇に、そっと口づける。


「……んっ」


触れた瞬間、息が重なり、やわらかくほどけていく。

ほんの短いはずなのに、その一瞬がやけに長く感じられて、体の奥がかすかに震えた。


じんわりと広がる温もりが、胸の奥へ静かに沁み込んでいく。


(……あれ? ……なんで、キスを……)


戸惑いが浮かぶよりも先に、感覚のほうが先に満ちていく。

やがて、唇がゆっくりと離れた。


セレストはそのまま、近い距離で穏やかに微笑む。


そして――もう一度だけ。

今度は触れるだけの、軽い口づけを落とした。


まるで確かめるように。


「……そろそろ起きようか」


何事もなかったかのように穏やかな声でそう言い、セレストはゆっくりと身を起こす。

軋まぬよう静かにベッドを離れていくその動きが、余計に現実味を帯びて――

残されたぬくもりだけが、今の出来事が夢ではないと静かに告げていた。


呆然としたまま瞬きを繰り返すイエレナのもとへ、ふと影が落ちる。


見上げる間もなく、セレストの手がそっと頭に触れた。


やわらかく撫でられる感触。

指先は優しく、まるで壊れ物に触れるみたいで――

それが、どうしようもなく胸を締めつける。


(……まるで、本当の恋人みたい……)


ふいに浮かんだその言葉に、心臓が大きく跳ねる。

否定もできないまま、言葉にもできない想いだけが胸の奥に残って、イエレナはそっと体を起こした。


まだどこか現実感の薄いまま――


そのときだった。

控えめなノックの音が、静かな朝の空気をかすかに揺らす。


「……失礼いたします」


扉が開き、アンネとレーネが揃って入室する。


「おはようございます、イエレナ様」


「おはようございます、殿下」


寸分違わぬ挨拶と、完璧に整えられた所作。


いつも通りの光景――のはずなのに。

その双子の視線が、ぴたりと同時にセレストへ向けられた瞬間、部屋の空気がわずかに張り詰める。


氷のように冷えた、無言の圧。

朝のやわらかな光の中で、そこだけ温度が落ちたようだった。


セレストはわずかに眉を上げ、困ったように笑う。


「……おはよう、何もしてないよ」


軽く肩をすくめてみせるが、その言い方があまりにも“それらしくて”、かえって疑いを深める。

アンネはにこやかな微笑みを崩さぬまま、一歩も譲らない声音で返した。


「報告されずとも結構です。至極当然のことですので」


声は柔らかい。けれどその奥には、きっちりとした牽制が滲んでいた。


「……あぁ...だよね」


小さく苦笑をこぼしながら、セレストはわずかに視線を逸らす。

その声音は軽いのに、どこか肩の力が抜けきらないままで――


ぼやきのような一言は、朝の光の中へと静かに溶けていった。


窓辺では、やわらかな風に押されてカーテンがふわりと揺れる。

光と影がゆるやかに流れ、部屋の空気が少しだけほどけた、そのとき。


「ねぇねぇ! 二人とも、お庭見てみて!」


弾む声とともに、花瓶の陰から金色の羽がぴょこんと顔を出す。

次の瞬間には、リリュエルがぱたぱたと飛び出し、くるりと宙を回って窓の外を指さした。


無邪気なその仕草に、張りつめていた空気が一気に緩む。


イエレナとセレストは顔を見合わせ、どちらからともなく歩き出すと、テラスへ続く扉を押し開けた。


外へ出た途端、朝の風がやさしく頬を撫でる。

夜の名残を含んだひんやりとした空気が、肌に心地よく触れて――


その中で、淡い光がゆらりと揺れていた。


「……精霊……?」


思わず息を呑み、イエレナはそっと目を見開く。


庭の上空には、いくつもの光の粒。

まるで朝露がそのまま宙へ溶け出したかのように、ふわり、ふわりと漂っている。


淡く明滅するそれらは、ただの光ではない。

呼吸をするように揺れ、確かに“意志”を宿していた。


リリュエルが得意げに胸を張る。


「んー、最近ね、ボクらの仲間がちょこちょこ集まってきてるんだよ。

 イェナの祝福、前より強くなってるみたい」


「……私の、祝福が?」


胸元にそっと手を当てるイエレナのもとへ、ひと粒の光が風に乗って近づいてくる。

そのまま髪先に触れた瞬間――そこだけが、かすかにきらりと輝いた。


やわらかく、あたたかく、どこまでも優しい光景。


けれど、隣に立つセレストの表情が、ほんのわずかに曇る。


「……まだ、強くなっているのか」


低く落ちたその声は、風に紛れるほど小さく、けれど確かに警戒の色を帯びていた。

リリュエルが首を傾げる気配の横で、セレストの瞳がわずかに揺れる。


(……このまま膨らみ続ければ、共鳴は加速する)


視線の先で舞う光の粒を追いながら、思考が静かに巡る。


(精霊だけじゃない。魔力の均衡も揺らぐ……制御が難しくなる前に――)


王子として。

魔導士として。

そして――彼女を守る者として。


(今のうちに手を打たなければ。……まだ、帝国に知られるわけにはいかない)


庭には、ただ穏やかな朝の景色が広がっている。

光の粒がやわらかく舞い、風が花々を揺らし、すべてが祝福のように美しい。


それなのに、その静けさの奥で見えない均衡がわずかに軋みはじめていることを――彼だけが知っていた。


その横顔を見上げ、イエレナが小さく首を傾げる。


「……セス?」


呼びかけた声は、かすかに揺れていた。

その沈黙の意味を、無意識に感じ取ってしまったのだろう。


イエレナの瞳の奥に、ほんのわずかな怯えと戸惑いが滲む。


その視線を受け止めたまま、セレストは一度だけ静かに瞬きをした。

胸の奥で巡っていた思考を、断ち切るように。


それからゆっくりと、彼女を見つめ返す。


――これ以上、不安にさせないように。


何も言わず、ただ柔らかな笑みを浮かべたまま距離を詰めると、

ごく自然な仕草のように、彼はそっと彼女の額へ唇を寄せた。


「支度して、美味しい朝食をいただこう」


落ちてきた声は、驚くほど穏やかで。

先ほどまでの思案など最初からなかったかのように、静かに空気をほどいていく。


イエレナは胸元に手を当てたまま、息を整えた。


消えかけていたはずの不安が、今はもう、別の熱へと変わっている。


(……今の、わざと……?)


額に残るぬくもりがじんわりと広がり、心の奥をそっと撫でていく。

さっきまで胸を占めていたざわめきが、嘘みたいにやわらいでいた。


「……セスって、ずるい」


思わずこぼれた小さな呟きに、セレストは答えない。


ただ、そのまま穏やかな笑みで受け止めるだけで――

ほんのわずかに目を細める。


やがて自然な流れで手を伸ばし、イエレナの指先をそっと包み込んだ。


絡めるでもなく、強く引くでもなく。

けれど確かに、逃がさないという意思だけが静かに宿っている。


「……っ」


不意に触れられ、イエレナは小さく息を呑む。

それでも、その手を振りほどくことはできなかった。


セレストは何も言わないまま、一歩だけ前へ踏み出す。

そのまま彼女を導くように、ゆっくりと室内へ戻っていく。


背後では、朝の風がカーテンを揺らし、

庭に舞っていた精霊の光が、遠ざかるように淡く散っていった。


残ったのは――握られた手の、確かなぬくもり。


言葉にしなくても伝わる。


――大丈夫だと。


イエレナは頬を染めたまま、その温もりを受け入れる。

ほんのわずかに、指先に力を込めるようにして。


その変化に気づいているのかいないのか、セレストは振り返ることなく、ただ静かに歩みを進めた。


朝の光に伸びた二人の影が、ゆっくりと室内へ溶けていく。


不安も、祝福も、まだ見えない未来も――すべてを抱えたまま。

それでも確かに、同じ歩幅で前へ進むように。


新しい一日が、静かに幕を開けていった。


【 次回予告 】


森は、静かに呼んでいる。

風と、光と、精霊の鼓動が重なり合う場所。


その中で――

彼女の祝福は、初めて“意志”を持つ。


「怖いと思えるのは、ちゃんと見ている証拠だよ」


導く手と、揺れる想い。

そして――力の本当の在り方。


次話、第47話「調和の森」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


物語の合間を綴った短編も、あわせて公開しています。

本編では語りきれなかった、ささやかな時間や想いを収めたものです。

よろしければ、そちらもお楽しみください。


▼短編集はこちら

『【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる』

https://ncode.syosetu.com/n4783lg/


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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