表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/75

第21話 祝福の残響~前編~


ここ最近――

セレストの姿を見ることができるのは、

朝のほんのわずかな時間と、夜も更けた頃にそっと顔を見せる、

その程度になっていた。


食事の時間が重なることはほとんどなく、

顔を合わせるのは、廊下ですれ違う一瞬だけ。


それでも――

彼は必ず、足を止めてくれた。


「イェナ、変わったことない?」

「最近また冷えるから、暖かくするんだよ」

「何かあればアウルとギウンを頼るんだよ?」

「……ゆっくりお休み」


まるで、それだけを伝えるために来たかのように。

確かめるように視線を向け、

そっと頭や頬に触れてから、すぐに立ち去っていく。


白い指先が髪に触れるたび、

胸の奥がじんわりと温かくなる。


――ちゃんと、想ってくれている。

それだけは、はっきりと分かった。


……だけど。


触れてくれるのは、いつもほんの一瞬。

手を伸ばせば届く距離にいるはずなのに、

気づけばもう、その背中は遠ざかっている。


王都からの呼び出しが続いているのだろう。

忙しいのだろう。

大切な仕事なのだろう。


分かっている。

分かっているからこそ、引き留めたくなくて。

余計な心配をかけたくなくて。


「大丈夫」と笑って、見送ることを選んでいるのに――


胸の奥のどこかだけは、

ぽっかりと空いたまま、どうしても塞がらなかった。


季節は春から雨季へと移ろい、

柔らかだった陽射しは雲に覆われ、

庭には長い影の代わりに、しっとりとした湿り気が満ちていく。


風には、雨の匂いを含んだひんやりとした気配が混ざり始めていた。


庭のベンチに腰を下ろし、

イエレナは膝を抱えて、小さく息をつく。


「……セス、最近ずっと忙しそう」


ぽつりと零れた声は、

風にさらわれてしまいそうなほど弱くて――

けれど、その奥に滲んだ寂しさだけは、ひどく鮮明だった。


その隣で、ふわりと舞っていたリリュエルが、

くるりと宙で向きを変える。


「そうだね~……ん?

 もしかして……寂しい?」


黄金の瞳がきらりと光る。

あまりにもまっすぐな問いに、イエレナはぱちりと瞬きをして――


「……うん。ちょっと、寂しいなって」


思った以上に素直な声が出てしまい、

自分でも驚いて、慌てて視線を落とす。


言葉にしてしまった途端、

胸の奥の“ぽっかり”が、

はっきりと形を持ってしまったようで。


きゅ、と、胸が小さく痛んだ。


けれど、リリュエルはそんな空気など気にすることもなく、

ぱぁっと羽を震わせて、眩しい笑顔を見せる。


「でもさ!

 セスがいない間は、ボクと遊び放題だよ!!」


「……ふふっ、確かにそうかも」


あまりにも天真爛漫な声に、

イエレナは思わず、くすっと笑ってしまう。


胸に溜まっていた寂しさが、

雨上がりの風に溶けるみたいに、

ふわりと、少しだけ軽くなった。



 ◇ ◇ ◇



「姫さん、気晴らしに草むしりでもどうです?

 今日は天気もいいですし。黙々とやると、意外と頭がすっきりするんですよ」


からりとした調子。

気負いも、下心もない提案だった。


「……いいね。やろうかな」


イエレナがそう答えて、柔らかく微笑む。

その瞬間――


「ギウン」


すかさず、アウルが眉を寄せた。


「姫様に、そのようなことをさせないでください」


低く、きっぱりとした声。

護衛としての立場が、そのまま言葉になっていた。


「今日は特にすることもないし……

 一緒にやったら、だめ?」


穏やかな声色。

けれど、どこか譲らない芯がにじんでいる。


アウルは一瞬、言葉を探すように口を閉ざし――

やがて、小さく息を吐いた。


「……無理は、なさらないでください」


それ以上は止められなかった。


イエレナは静かにしゃがみ込み、

小さな手で雑草を抜いては、籠の中へ丁寧に入れていく。


ただの作業のはずなのに、

一つひとつの動きはどこか楽しげで、

土に触れること自体を味わっているようだった。


その様子を横で見ていたギウンは、

思わず口元を緩める。


「……ほんと、姫さんは変わってますね」


呆れでも、揶揄でもない。

むしろ――感心に近い声音だった。


「そう?」


イエレナは小さく首を傾げ、くすりと笑う。


「小さい頃から、土いじりは好きなんだ」


風に揺れる髪を、そっと押さえながら微笑むその姿は、

柔らかな陽を含んだ花のようで。


その言葉に、

ギウンは「そうでしたね」と肩をすくめ、

アウルは何も言わず、ただ静かにその背を見守っていた。


――そして。


少し離れた位置で、リリュエルがじっとイエレナを見つめている。

小さな羽根が日差しを受け、きらきらと光を返した。


無邪気なはずの金色の瞳が、

今はどこか真剣で。


(……祝福が……前より、ずっと強くなってる……?)


風がそよぎ、

庭の空気が、ほんのわずかに揺れた。



 ◇ ◇ ◇



休憩を終え、再び庭へ出たイエレナは、

袖をまくりながら、静かに土へ手を伸ばした。


指先に伝わる、ひんやりとした感触。

湿り気を含んだ土は、雨季の気配をそのまま抱え込んでいる。


その横で、リリュエルがふわふわと宙を漂いながら、

無邪気に呟いた。


「雑草じゃなくて、お花だったら摘まなくていいのにね」


「ふふっ……一面お花畑にするの?」


何気ない冗談だった。


けれど、その言葉に反応したように、

リリュエルの瞳がぱっと輝き、羽根まで弾む。


「わー!それ素敵!」


無邪気な声が、空気を軽やかに跳ねさせる。


――その、ほんの一拍あと。


庭の空気が、ひやりと震えた。


イエレナも、

ギウンも、

アウルも、

誰ひとりとして気づかない。


ただ、リリュエルだけが、びくりと羽を震わせた。


(……え? 今の……)


次の瞬間だった。


イエレナの胸の奥から、

ふわり、と光の気配が滲み出す。


意思とは無関係な、

呼吸にも似た、ごく自然な“脈”。


意識する前に、

すでに放たれていた――祝福の波動。


柔らかいのに、

否応なく存在を主張する確かな鼓動。


その見えない波が、大地に触れた瞬間――


花が、弾けた。


小さな破裂音が連なり、

つぼみが一斉にほころび、

押し込められていた色彩が溢れ出す。


赤、黄、青、白――


まるで光そのものが地表を駆け抜けるように、

花々が波紋となって広がっていく。


ひとつのつぼみから、

次のつぼみへ。

さらに、その隣へ。


祝福に触れた土が、

生命を思い出したかのように連鎖していく。


庭全体が、

淡い光に満たされ、

息づくように色づいた。


風はないのに、

花の香りがふわりと満ち、

光の粒子が舞い落ちて、虹色のきらめきを散らす。


「……なに……これ……?」


イエレナの声はかすかに震えた。


何もしていないのに。

ただ、胸の奥で“波”が揺れただけ。


それだけなのに――


庭は、完全に花の海へと姿を変えていた。


淡い香り。

光の残滓。

精霊たちのさざめき。


あまりにも現実離れした光景に、

胸が高鳴るより先に、

知らない自分の力への不安が、静かに広がっていく。


ギウンも、アウルも、

ただ言葉を失い、息を呑むしかなかった。


ただひとり――

リリュエルだけが、無邪気に瞳を輝かせて叫ぶ。


「すごーーいっ!!!

 本当にお花畑だぁっ!」


その声とは裏腹に、

イエレナの指先は、かすかに震えたまま。


美しく咲き誇る花々の中で、

胸の奥に滲んでいくのは、

喜びではなく――


戸惑いと、

そして、言葉にならない恐れだった。



【 次回予告 】


祝福は、咲いてしまった。

その“残響”に、彼は気づく。


動き出す歯車の中で、

イエレナは――まだ、何も知らない。


次話、第21話「祝福の残響~後編~」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


物語の合間を綴った短編も、あわせて公開しています。

本編では語りきれなかった、ささやかな時間や想いを収めたものです。


よろしければ、そちらもお楽しみください。


▼短編集はこちら

『【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる』

https://ncode.syosetu.com/n4783lg/


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ