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いつか、どこかで君と出会った  作者: 鷺岡 拳太郎
第20章

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97/99

第97話

 

 私は眼を伏せた。

「汚い……」

「なんで、このクラスにいるの……」

「別のクラスに行けばいいのに……」

「転校でもしてくれたら、クラスはもっときれいになるのに……」

 様々な言葉が私の耳に流れ込んでくる。

 私は自分の心が壊れていく音を聞いた気がした。

 このままでは私は本当に壊れてしまう。目に見えない濁流が私の心を世界の端に押し流していき、このままでは、本当に私はこの世界から流れ落ちてしまう。そしてそうなってしまうときっと、私はもう元の場所には戻れない。私はそのことを心の底から恐れた。

 どうすれば……。

 どうすればいいのだろう……。

 クラスメートの嘲笑を聞きながら、私は心の中で呟く。

 だけど、そのつぶやきには誰も答えてはくれない。

 その時だった。ある一つの考えが、私の中に浮かんだ。


 これは、本当の私ではないんだ……。

 今、クラスメートから嗤われているのは、私以外の誰かなんだ……。


 2年3組の裏サイトに「杉原由貴」の陰口が書かれているのだとしても、その「杉原由貴」は私ではないのだ。今、教室でゴミにまみれている「杉原由貴」は、私ではないのだ。私以外の誰かなのだ。そう思うと、心が少しだけ軽くなったような気がした。

 気づけば、この言葉を呪文のように何度も何度も心の中でつぶやいていた。」




「2011年12月25日


 帰り道、駅のホームで電車を待っていたときのことだ。

 私は一人、ホームの一番端に立っていた。ホームにはK中学の生徒たちが他にも多くいたけど、私は彼らからできるだけ離れて立っていた。彼らの中に2年3組の生徒がいるかもしれないと考えると、彼らの群れに入り込む気にはなれなかった。私一人であれば、私に投げつけられる陰口を聞かなくても済んだから。学校のことはもう何も考えたくなかった。

 私は目の前の線路をじっと見つめていた。

 頭の中では、数日前に見たある動画のことを思い出していた。

 その動画は、一人の女子高生が自分の様子をスマホのカメラで撮影しネット上で実況配信したものだった。その動画は「あること」によって話題になっていた。そしてそのあることを理由に私はその動画をネット上で検索して、家の自分一人の部屋で見たのだ。


 映像は電車の中から始まる。

 電車の座席に座り、電車の揺れに合わせて身体が揺れている。

 そこでは、彼女の周りの何の変哲もない日常の世界が映し出されている。その日常世界の住人の一人として彼女は電車に乗っていた。電車がとある駅に到着すると、彼女は電車を降りる。その様子もリアルタイムで撮影されている。彼女はホームのベンチに座った。そしてスマホをそのままベンチの上に置いた。カメラは線路側に向けられており、カメラが映し出す映像はそのままネットに配信されたままの状態だった。

 彼女はベンチから立ち上がると、線路の方にゆっくりと歩み寄る。

 その背中を、ベンチに置かれたままのスマホが映し出している。

 急行電車が駅を通過しようとしているのか、ホームに居る人に注意を与えるための警笛が遠くで聞こえる。スマホのカメラに映し出された彼女は顔を右に向け、今まさに目の前を通り過ぎようとする電車の方を見ている。すると、突然彼女が線路に飛び降りた。カメラからは彼女の姿が消える。そして、急ブレーキをかけるような甲高い音を立てて、カメラの前を電車が通り過ぎた。

 自分の自殺を実況配信した動画だった。

 それは世間に衝撃を与えた。

 私は、自分の自殺を実況した動画のことを知ると、その動画を見たいと思った。

 なぜだったのかは分からない。もしかしたら、その動画から勇気をもらおうとしたのかもしれない。彼女と同じように、私も一歩前に踏み出すための勇気を。きっと彼女は、私と同じことを考えていたのだと思う。自分の存在をこの世界から消してしまえば、自分の中の苦しみも一緒に消えてくれる。そう信じ、そのことだけを心の拠り所にしていたのだと思う。私は自分の中の苦しみから逃れたかった。逃れることができるのなら、自分の存在を消してしまっても構わないと思っていた。何が重要で、何が重要ではないのか。私には何一つ分からなくなっていた。


 私はプラットフォームの端に立ち、目の前の線路を見つめる。

 右側に視線を転じると、今まさに電車がこの駅を通り過ぎようとしていた。

 動画の中の女子高生も、今私が見ている光景と同じ光景を見ていたのだろうか。

 頭の片隅ではそのようなことを考えていた。

 一歩前に踏み出せば、私の中の苦しみを消し去ることができるのだろうか。

 その言葉の魔術に、私の身体も心も囚われていた。

 一歩。

 あと、一歩。

 だけど、私にはその一歩をどうしても踏み出すことができなかった。

 目の前をものすごい勢いで電車が通り過ぎていく。

 まだその一歩は、私にとって乗り越えられない一歩だった。私は後少しのところで何とか踏みとどまっている。だけど、このままだとその一歩を乗り越えてしまう日がいつか来てしまう気がした。


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