第89話
20
「2011年11月13日
私は今日から日記を書くことにした。
これは、私の絶望の記録になると思う。
もう、私は私の中だけではその『絶望』を抱えきれなかった。だから、どこかに吐き出したかった。そうすれば、自分の中の『絶望』が少しでも軽くなる気がしたから。だけど、私には私の『絶望』を受け止めてくれる人はどこにもいなかった。学校にも、そしてこの家にも。だから、自分で作るしかなかった。それがこの日記を書こうと思った理由。
本当は誰かに助けて欲しかったし、私をこの絶望の闇から救い出して欲しかった。そのことを私は心の底から願い続けていたんだよ。だけど、その『誰か』は結局、私の前には現れてはくれなかった。
きっかけは、本当に些細なことだった。
なぜそれが私の今の絶望に繋がったのか、今でも信じられないくらいに些細な出来事だった。でも、その些細な出来事が私を次第に絡め取り、黒い沼の底にゆっくりと引きずり込んでいった。幼かった私は、始めはそのことに気付くことすら無かった。だけど気付いたときには私は縄に絡め取られ、底なし沼の底まで沈み込み、身動きが取れなくなっていた。もう私の声は誰にも届かなかったし、私の姿は誰に眼にも映らなくなっていた。私はこの世界に存在するはずなのに、存在しなくなっていた。死の世界のように静まり返った世界で、私はどこまでも一人だった。
私は2010年の春に、K中学校に進学した。
K中学に進学すると、私は1年3組のクラスになっていた。
担任は佐藤先生。
体裁ばかり気にする人で、そのクラスがどのような状態なのか、というよりも、そのクラスが外から見たらどのように見えるかをいつも気にするような教師だった。
K中学は、私の自宅から電車で三十分くらいのところにある中高一貫の私立高で、様々な小学校出身の生徒たちがそこには集まっていた。私が通っていた小学校からも私以外に二、三人その中学に入学していたのだけど、彼らとは小学校のときは会話もしたことがないほど疎遠な関係だったし、中学では私とは別のクラスに入ったので、1年3組はそれこそ私にとっては見知らぬ人たちの集まりだった。もともと私は人見知りで友だちを作るのも苦手なタイプだったから、入学式の時は全く見知らぬ人たちに囲まれて、私はただ、これからの中学生活をうまく送れるのだろうかとそれだけが不安だった。
入学式が終わると、私たちは自分たちの教室に戻った。
椅子に座り、一日目の帰りのホームルームが始まるのを待っていた。
クラスでは、もともと小学校の時に顔見知りだったのだろう、数人の生徒たちがすでに楽しそうにおしゃべりをしている。私には彼らが、これからの中学生活の不安を覆い隠すように必死になって『仲の良い自分たち』を演じているように見えた。それ以外の生徒たちはどこかこわごわと、隣の席の子や後ろの席のことぎこちない会話を始めていた。私は自分の席に座り、彼らの様子を別世界の出来事のように見ていた。
その時だった。
「ねえ、私、鈴木飛鳥。よろしくね」
突然、私の右側から声が聞こえた。
私が驚いて右を振り向くと、一人の女子生徒がこちらに顔を向けていた。それが私と飛鳥との出会いだった。
飛鳥は私が通っていた小学校の隣の小学校に通っていて、このK中学に進学していた。もちろん、その時の私は飛鳥のことを全く知らなかった。」




