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いつか、どこかで君と出会った  作者: 鷺岡 拳太郎
第19章

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第87話

 

 由貴は椅子に座り、机の上を眺める。

 中学生時代の自分もこの椅子に座り、そしてこの机の上で日記を書いていたはずだ。その当時の自分と同じ場所に座り、同じ場所を見つめる。そうすれば何かしらの記憶やイメージが蘇ってくるのではないのか。その可能性に期待したが、由貴は頭の中で日記のイメージを全く思い浮かべることができなかった。本当に中学生の自分はこの場所にいたのだろうか。そしてこの机の上で日記を書いたのだろうか。自信が無くなってくる。そもそも、中学生の「杉原由貴」は本当に存在していたのだろうか。それすらも確信が持てなくなってくる。

 由貴は少しでも中学生時代の自分につながるようにと、その直前の記憶を思い出そうとした。小学生時代の自分。中学に進学する直前の自分。小学生の「杉原由貴」はしっかりと由貴の頭の中に存在していた。

 由貴は小学五年生になると、近くの学習塾に通うようになった。いくつかの小学校から生徒たちがその塾には通っていて、皆、中学受験を目指していた。由貴の父の直樹はそれほど中学受験に熱心というわけではなかったが、母の朋子が由貴に強く勧めてきたのだ。特に自分の意見を持たなかった由貴は、朋子の勧めに従うように学習塾に通い始めた。両親は共働きで、そして一人っ子の由貴の家庭にとって、子どもを学習塾に通わせることも、そして私立中学に通わせることも経済的な問題はなかった。

 週三回、由貴は小学校の授業を終えるとその塾に行く。そして中学受験に向けた講習を受ける。土曜日には毎週試験があって、その試験結果に応じて塾のクラスや、授業を受ける席も決まるようなシステムになっていた。

 小学校のクラスメートにも何人か同じ塾に通う子もいたが、数としては少なかった。クラスメートの大部分は小学校から近い公立中学に進学することになっていたので、中学受験をする子はどこかクラスでも浮いていて、羨望と敵意の混じった目で見られることも多かった。家庭の事情で公立中学校にしか進学できない子にとっては、由貴のような中学受験組は「裏切り者」のように見えていたのかも知れない。それでも、小学校を卒業するまでの我慢だと思って由貴は塾に通い続けた。中学に進学すれば、自分たちを「裏切り者」と見ていた子とは違う中学に進学することになる。もう会うこともなくなる。だけど、もし中学受験に失敗してしまうと、自分は再び彼らとともに公立中学に通わなければならなくなる。心のどこかではそのような未来を恐れていた。

 由貴は、自宅から電車で三十分ほどのところにある私立中学を受験した。特に偏差値が高い学校というわけでもなかったが、一応は中高一貫校だったし、大学受験でもそれなりに結果は出している。塾での成績はそれほど上位ではなかった由貴でも、その中学校であれば十分合格できるだろうという打算が由貴の中にあったのだと思う。記念受験のようなかたちでいわゆる難関校も一校受験したが、そこは予想通りに不合格だった。本命の自宅から近い私立中学は難なく合格することができ、由貴は迷わずその中学校に進学することになった。

 中学に進学する前の春休みは、由貴はどこかそわそわして過ごしていた。これから訪れるである新しい生活に対する期待よりも、不安の方が大きかった。由貴自身人見知りで、友だちを作るのにも時間がかかるようなタイプだったので、新しい中学校でうまく友だちを作れるのか不安だった。だけどその頃はまだどこか楽観的で、根拠もなく「まあ、なんとかなるだろう」と自分に言い聞かせながら毎日を過ごしていた。

 春休みの最終週に、父方の祖父母から入学祝いが届いた。

 なんだろうと思いながら梱包を開けてみると、小さな平たい箱が入っていた。群青色で色付けされており、蓋の上にはバイオリンの模様が鮮やかな色とともに彫り込まれている。その蓋を開けると、箱の中から優しくて穏やかな音楽が流れてきた。オルゴールだった。いわゆる「オルゴールボックス」というもので、蓋を開ければ音楽が流れ、また、箱の中に色々なものが入れられるようになっている。祖父母はどうして入学祝いをオルゴールにしたのだろうと不思議に思ったが、その箱の色合いもすぐに気に入ったし、また中から流れてくる音楽も気に入った。その優しい音楽を聞いていると、嫌なことも忘れられるような気がした。それ以来、そのオルゴールボックスは由貴の様々な宝物を入れておくための宝箱になった。結局、祖父母に、入学祝いをオルゴールボックスにした理由を聞くことは無かった。

 中学に進学する前の由貴は、そんなちょっとした期待と、そして大きな不安を抱えた日々を過ごしていたのだ。

 そして、中学の入学式の日……。


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