第75話
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「5月11日 日曜日
杉原由貴様。
どうしても眠れなくて、日曜日の早朝にこの返事を書いています。
君の質問にまずは答えたいと思います。
『あなたは、どのようにしてこのノートに文字を書いているのでしょうか』とのことですが、私は右手にボールペンを持ち、自分の手を使って実際に文字を書き込んでいます。決して念写でもないし、他に何か特別な超能力があるわけでもありません。
私はこのノートを介して君が書いた文字を見ています。その文字も決して『念写』のようなもので転写されたようには見えません。文字を見ると、生身の君がこの文字を書いているようにしか思えないのです。
君もレジデンス・ノアの1101号室に住んでいるそうですね。
だけど、私には君の姿を見ることができません。そして君も私の姿をみることができない。同じ空間にいるはずなのに、お互いの姿はどこにも見えない。そのようなことが本当にあり得るのでしょうか。
君が考えたように、私もこの状況を説明できるような仮説を考えてみました。
以前、私は次のような映画を見たことがあります。
映画のタイトルは『バタフライ・エフェクト』といい、パラレルワールドをモチーフにした映画でした。バタフライ・エフェクトとはカオス理論の一つで、わずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の世界が大きく異なってしまうという現象のことです。
映画ではエヴァンという一人の少年が登場します。
時折、短時間の記憶を喪失することがあったエヴァンは、心理療法士の勧めで治療の一環として、少年時代から日記を書き続けていました。
大学生になり、エヴァンは日記を読み返しますが、日記を読むことで『日記に書かれている過去の時点』に戻れる能力が自分にあることに気づきます。そしてエヴァンは過去に戻り、幼馴染のケイトを救おうとします。ケイトは子供の頃、父から性的虐待を受けていました。
エヴァンは過去を書き換えますが、過去を書き換えることによって現在も書き換わり、複数の未来、複数の時間軸、そして複数の世界線が生まれるのです。
同じ部屋に住んでいる二人。
しかしお互いに姿を見ることはできない。
もしも、君か私の過去の何処かで『書き換え』が発生し、そこで二つの世界線が生まれたのだとしたら。君と私はその別の世界線の住人だとしたら。そして、何らかの理由で、その異なる二つの世界線が『一冊の青いノート』でつながったのだとしたら。
そう考えれば、今の私と君の状況についての一つの説明になるのかも知れません。
ですが、もしそれが事実なのだとしても、なぜ二つの世界線が生まれたのか、そしてなぜ一冊のノートを介してその二つの世界線がつながったのか、その理由は私には分かりません。
君は、私のこの仮説について、どのように思われるでしょうか。
上原祐樹より」
「5月12日 月曜日
上原祐樹様。
今日は会社に行っていました。
ですが、頭の中ではどうしても、あなたが昨日書いた『仮説』について考えてしまいます。
あなたの『仮説』について、『そんなことは常識的に考えてありえないだろう』と思ってしまう自分がいるのも事実です。ですが、私の目の前に、そしてあなたの目の前に『ありえない状況』が発生しているのも事実なのです。
もしかしたら、『ありえない状況』を説明できるのは『ありえない仮説』なのかもしれません。そのようなことすら考えてしまいます。
もしも、あなたの仮説が事実なのだとしたら。
なぜ二つの世界線が生まれてしまったのかについて、私も私なりに考えてみました。ですが、私には全く心当たりがありません。
あなたには、何か心当たりはあるのでしょうか。
杉原由貴より」




