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いつか、どこかで君と出会った  作者: 鷺岡 拳太郎
第17章

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72/80

第72話

 

 窓の外から、子どもの笑い声が聞こえた。

 天気のよい秋の土曜日、小さな子どもを連れた親子が近所の公園に遊びに行った帰りなのかも知れない。机の上の時計を見ると、土曜日の朝は、いつの間にか土曜日の昼に変わろうとしていた。部屋の外では穏やかで平和な世界がいつも通りの土曜日を呑気に過ごしている。そのような世界の中で、この部屋の中という、由貴が椅子に座り、呆然としながら机の上のノートを見つめている空間だけが切り離されてしまったかのようだった。この部屋は外の世界に囲まれているはずなのに、外の世界のどこにもつながっていない気がした。見知らぬ場所に一人取り残されてしまったかのような心細さが小さな胸に押し寄せてくる。

 これから、私はどうするべきなのだろう……。

 心の中でぽつりと呟く。

 もはや、玄関ドアの鍵を交換するという考えは由貴の中から無くなっていた。玄関ドアにはチェーンが掛けられ、十一階のこの部屋に窓から侵入することも不可能だった。つまり、昨夜は誰も外からこの部屋に入ることはできなかった。それなのに、「上原祐樹」はこのノートにこの文章を書いたのだ。鍵を交換するとかしないとかの問題ではなかった。

 色々考えてみるが、目の前の事態にどのように対処すればいいのか分からない。考えれば考えるほど、薄暗い闇の中に少しずつ沈んでいくような感覚に襲われる。

 そもそも、この状況を解き明かすことができるような説明はあるのだろうか……。

 由貴はふと、先日読んだ「白紙の手紙」のことを思い出す。

「白紙の手紙」は、ある青年のもとに宛先も差出人も書かれていない白い便箋が届けられたことから始まる小説だった。しばらくして、その白紙の手紙には様々な言葉が浮かび上がり始める。青年はその言葉が、かつての恋人が自分に向けて送ってきたメッセージなのだと信じ込む。しかし物語が進むにつれて、その言葉はかつての恋人の言葉なのではなく、青年自身の後悔の言葉なのだということが明らかにされていく。

 誰かの思いや後悔が、一つの「怨念」のように白紙の紙の上に現れる。

 これと似た状況を以前、見たことがある。

 まだ由貴が小さい頃、テレビ番組で霊能者が画像をフィルムに念写するシーンを見たことがあった。そのときは安っぽい手品を見ている気分でその様子を見ていたのだけど、もしも本当に念写というものがこの世の中に存在するのだとしたら……。

 ただ、写真に自分の思いを念写するということは話の一つとして耳にしたことはあるのだけど、文字にも念写というものは存在するのだろうか。

 存在するのだとしたら、次のように説明することができるかもしれない。

「上原祐樹」の思いが時空を超えて、何らかの理由でこのノートの上に転写された。書き込まれた文章によると「上原祐樹」も異常な状況に陥っていて困っているようなので、助けてほしい、という強い思いがそのような現象を引き起こした。

 由貴の考えはオカルトにも似た世界に飛んでいく。そのくらいしか、目の前の不可思議な状況を説明できないような気がした。しかし、そこに考えが至ると、由貴は小さく首を横に振る。そんなこと、この現実世界に起こり得るはずがないのだ。以前テレビで見た念写だってインチキだし、この世界に念写なんてものが存在するはずがないのだ。

 目の前のありえない状況に必死に何かしらの説明を与えようとする自分と、現実を冷静に見る自分。二人の自分が由貴の中で激しく戦っていた。

 机の上に置かれたままのノートを見つめる。ノートに書き込まれた「上原祐樹」の文字は、誰かが実際に書いたとしか思えないくらいリアルに、ノートの上に残っていた。

 その日、由貴は結局鍵屋に連絡することはなかった。対処法を部屋の中で一人考え続けていたが、有効な解決策を見つけることもできないまま、混乱と静寂の中で一日の時間は過ぎていった。

 夜、いつも日記を書いている時間が訪れる。

 そのときになって由貴は「上原祐樹」が望むように、この日記に返事を書こうと思った。「上原祐樹」が書いているように、この日記にしか手がかりはないのだ。返事を書くことで状況が動き、何かが分かるかも知れない。

 そんな小さな期待を抱くしかなかった。


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