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いつか、どこかで君と出会った  作者: 鷺岡 拳太郎
第17章

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第69話

 

 カーテンの隙間から穏やかな日差しが部屋に降り注いでいる。

 その光の線はフローリングの床を通って由貴の顔の上にも伸びてきている。由貴はベッドの上で目を開けると、しばらく体を動かさずに布団の中でじっとしていた。昨夜はなかなか眠りにつけなかったが、いつの間にか眠っていたようだ。ただ、寝不足なのか頭が重い。それに比例するように心の中も鉛を飲み込んだかのように重かった。

 マンションの前を車が通り過ぎる音が聞こえる。上の階からは、住人が歩いているのか、小さな足音も聞こえた。土曜日の朝は静寂の中で始まろうとしていた。観念して由貴ものそのそと布団の中から這い出る。気持ちを少しでも上げようと、部屋の厚手のカーテンを開けた。窓の外には、休日の穏やかな朝、という風景が広がっている。どこにも影は無かったし、どこにも闇も無かった。全てを洗い流すように太陽は街に降り注いでいる。だけど、その太陽は、由貴の心の中までも洗い流してくれることはなかった。目の前の世界が明るければ明るいほど、そして平和であれば平和であるほど、由貴自身が立っている場所の暗さが浮き彫りになっていくような気がする。

 由貴はそこで強制的に自分の思考を止め、窓の前から離れる。これ以上考えていると、それこそどこまでも闇の中に沈み込んでいってしまいそうだった。

 今日は午前中に、鍵屋に連絡するつもりだった。

 洗面所に行って素早く洗顔する。そして、土曜日の朝にいつも行っているルーティーンを何も考えずにこなしていく。簡単な朝食を食べ、食器洗いの後に部屋を手早く掃除する。その後に一週間分の洗濯物を洗濯機の中に詰め込み、スタートボタンを押したところで、ようやく一息をつく。

 鍵屋といっても、どのような鍵屋が近所にあるのか。

 正直、何も知らない。この場所に引っ越してきてから合鍵を作る機会もなかったから、当然、鍵屋に行くことも無かった。とりあえず調べてみようと、デスクの上に置いてあるノートパソコンを開く。検索エンジンの検索窓に「マンション」「鍵」「交換」と入力する。出てきたサイトをいくつか見てみたが、鍵穴のみの交換なら十五分くらいで対応してもらえるようだ。費用は五万円程度と書かれていた。由貴にとっては痛い臨時出費だが、そんなことも言っていられない。

 サイトの一つを見ている中で、次のような記載が目に入った。


「賃貸アパートの玄関ドアは居住者の固有資産ではなく管理会社の資産であり、居住者の判断で勝手に鍵を交換することはできません。管理会社に承諾を得て、鍵を交換する必要があります」


 今、住んでいるこの部屋は由貴の持ち物ではなく、賃貸で借りているだけだ。管理会社に許可も取らずに勝手に鍵を交換するのはさすがにまずいのだろう。いざというときのために、スマホの連絡先リストに管理会社の電話番号は登録してある。

 由貴は机の隅に置いてあるスマホを手に取る。通話アプリを起動させると、その中の連絡先リストから管理会社の名前を選択した。そして通話ボタンを押そうとしたところで、由貴の右手の人差し指がぴたりと止まった。

 鍵を交換したいと管理会社に話すのなら、当然、その理由も伝えなければならない。こちらから理由を言わなくても、相手は間違いなく「どうされましたか?」と、鍵を交換する理由を尋ねてくるだろう。

 理由は、何と伝えればいいのだろう……。

 ありのままを正直に話すべきだろうか。

 仕事から家に帰ると、確かに玄関の鍵はかかっていた。しかし鍵を開けて中に入ると、私の日記に見知らぬ文字で「なぜ、私の夢に出てくるのですか」と書き込まれていた。貴重品は一切盗まずに、その侵入者は日記に謎の書き込みをしただけで去っていった。

 そんなことを相手に伝えたら、管理会社の担当者は私のことを異常者だと思ってしまわないだろうか。

 それよりも、「鍵を無くしてしまったので」と当たり障りのない嘘をついたほうがいいのではないか。それであれば、相手に不審がられることもないはず。ただ、そのような嘘をついてしまうと、どこかで辻褄が合わなくなって逆に相手に私自身のことを疑われてしまうような気がした。

 色々考えてみるが、なかなか考えはまとまらない。

 腕組みをし、机の上のスマホを見つめる。窓の外の世界は相変わらず光に溢れ、その光が机の上にまで手を伸ばしている。光と影の隙間に、そのスマホはぽつんと置かれていた。

 由貴の考えは様々な場所をさまよううちに、一つの考えにたどり着く。

 そもそも本当に、日記の中に「なぜ、私の夢に出てくるのですか」という書き込みなんてあったのだろうか。

 昨夜は鍵のこともあって、私自身が精神的にも肉体的にも疲れ切っていたから、何かを見間違って「なぜ、私の夢に出てくるのですか」という書き込みがあったと思いこんでしまっただけではないのか。そんなことあるわけがないと冷静に考えているもう一人の自分を心の奥に押しやり、由貴はそんな言い訳に飛びつこうとしていた。

 何はともあれ、もう一度、日記を見れば分かる話だ。

 由貴は机の横に置かれたキャビネットの一番上の引き出しを開ける。引き出しの中には、昨夜の状態のまま、青い表紙の日記帳が入っていた。日記を掴み、机の上に置く。そして恐る恐る表紙を開いた。


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