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 追想行進華 —庭園の足跡—  作者: 玉袋 河利守
2章”貴方が選んだ形、拾い上げた物は
66/70

65”その目に映し出された最期。


  パシィィン!!


 「ヒュー。やっぱりメティス様直々の矢を教わっている君は、精度も速度も威力も桁違い。だね。」

 「‥‥‥。見えるのか?‥私が射止めた獲物。」

 「‥うん。僕は人より目が良いんだ。それにしてもよく気づいたね。」

 「‥‥、分かる。私は見える。」

 「‥‥‥。ふふ。同じ弟子として誇りに思うよ。」

 「弟子?‥誰だ?お前?」

 「‥女の子なら、他人様にも言葉遣いを改めないとね。お母様に怒られるよ。」

 「‥‥。」

 「先ずは、自分の名前‥それから‥‥ね?」



  私は‥。カルぺ”ディアム=アスター


   

  「宜しくね。アスター。」



  僕は‥‥、ストケシアン”ヒュドール


 ‥‥‥‥‥


 ‥‥‥‥


 ‥‥‥


 


 「‥‥‥そう言えば‥貴方から始まりましたね。」


 重たい身体。身体全体が水溜りに浸かり、その夜空を眺める。此処が何処なのかはさっぱりだ。


 「‥‥何処だ‥‥‥。此処は‥。」


 シオン村から少し離れ、小さな丘を越えた先にある不思議な湖。身体は水に押し上げられプカプカと浮いた状態。この湖の嵩は高く無く、起き上がればこの湖の中央にある地上に行ける。


 「‥‥うぅ、‥‥はぁ、はぁ。」


 起きあがろうと足に力を入れても動かない。無惨な形に足が折れており動かすなど不可能。


 傷だらけになった体、ならば垂れ流す血がこの湖の水と混ざり合い赤い池を作り出すのだが、全くと言って浸かる身体からは血は出てこない。


 何故こんな事が起きているのか、考える為の思考も、足を動かそうとする活力も、皆無。


 「ふふ、これでは打つて無しか‥。【自由】でも、【意味】でも、無く。‥‥たかが餓鬼一人に‥‥」


 そう言いながら陸の方へと目を向け、声を掛ける。

 静かにそしてゆっくりとこちらに向かって歩いてくる青年の姿。

 向かってくる彼は次第に湖の前までやってくるものの‥‥


 「‥‥‥‥貴様は‥‥‥」


 足を止めない青年。不思議な光景。彼が歩く足元は水面が輪をつくり反響する。この湖の上を歩いているのだ。


 何故、水の上を歩ける?‥


 私ならまだしも、魔法が、いや魔胞子に嫌われる貴様が何故歩ける。‥


 「‥‥いや、最初に気づくべきであった。私は愚か者だな。」


 「何、さっきからコソコソしゃべってんだよ。」


 「ふん。口だけは動くからな。」



 お前は、‥‥。



 「ハハハハ!実に滑稽だな!全くもって!」


 「怖、急に笑うなよ大丈夫か?頭」


 彼は湖の上で足を止める。身体全体が浸かる傷だらけのアニスを上から見下ろす。



 「なぁ、アニス。聞いて良いか?」


 「‥‥‥ふん、好きにしろ。答えるか答えないかは私の勝手だ。」


 最初から最後までいけすかない奴だな。本当に


 「お前は何故そんなにスイレ王国を狙うんだ

 「‥‥‥‥‥。」

 「何故、村まで襲った。」

 「‥‥‥‥‥。」

 「何故、弟を手に掛けた。」

 「‥‥‥‥‥。」


 鬱陶しい。人間とゆうのは鬱陶しい生き物だ。自分の立ち位置がひっくり返った途端、説教をたらし込む。


 「‥はぁぁ、奪えると思ったか?」

 「‥‥‥?。」

 「‥テメェじゃ無理だよ。そもそも色が違う。」

 「‥‥‥。?‥、!?。貴様‥」

 「‥シフォンから全部貰ったよ。ねぇちゃんが見た景色、全部ここに入ってる。」


 指を頭に当てる。


 「‥‥‥。‥だからか‥‥。なら、全部説明が行く。」


 翔はニコッと笑う。


 「‥何が面白い‥‥。」

 「全部聞いたよ。‥ゼフィーから。」

 「‥‥‥。」

 「ふん。生きていたのか。あのクソ親父は。なら‥‥」

 「‥‥‥?」


 全力を賭けて、腕の力を使いこの浅い湖に身体を起こし座り込む。そして、湖の上で仁王立ちする男に、震えながら手を向ける。殺意もなく、敵意もなく、ただ目の前の漢に握手を求める。


 「‥聞いたのだろう?‥‥全て知り得たのだろう?‥‥お前もまたこちら側の存在。‥なら、私と一緒にこの大陸を変えようじゃないか。」

 「‥‥‥。」

 「見えるのだろう?、歪んだ根本が見えているのだろう?‥‥この世でその的を拝めるのは私達だけだ‥。」


 「‥‥‥。」


 「どうだ?【正しさ】その色を私たちは持っている。今この大陸は気色の悪い色が混在しているのだ。私とお前で塗り替えようじゃないか。‥私たちが知る【イロ】に。」


 「‥‥。いねぇのか?そのままでも良い奴は。」

 「‥‥あぁ、‥‥もう、‥いないさ。邪魔な存在は‥」

 「‥‥‥。ふぅ。」

 「‥顔を知らぬ家族も‥‥母親も、弟も、‥、想い人も、」

 「硬ぇな。硬いよ。‥そんなんじゃねぇ。邪魔だと思う奴らじゃなく。勝手に動き回って、勝手に隣にきて、勝手に付いてくる奴‥‥ダチだよ。」

 「‥‥。いたさ。」


 二人。いたよ。

 人間にしては出来が良すぎる彼。

 人間にしては出来が悪すぎる彼女。


 「私を知り、私の目を信じた二人。」

 「じゃあ、そいつらもお前の色に染める気か?」

 「‥ふん。‥‥勝手な事ばかりする存在だ。‥私の言う事を無視して‥勝手に死んでいった。」


 「‥‥、。」   


 「クソ餓鬼、お前に一つ聞く。命に価値はあると思うか?」

 「‥しらねぇよ。」

 「私は、嫌いでねぇ。価値と言う言葉が。命に価値をつけた挙句、平等などと御託を並べる人間が。」


 「‥はぁぁ、だからどうでもいいって。」


 「勝手なことばかり。だからこそ一度、私の色に統一させて、皆が私の思想、私の動きをすれば、この大陸の癌を排除できる。支配が‥この大陸の命運を‥‥」


 「‥‥おい。」


 「?。」

  

 「はぁぁ、なぁ。」


 「??。」


   あのな‥‥


  

   やるなら一人でやれ。




 —————————————————————



 木々が静かに揺れる。この場所には天を突き刺すほどの老樹が身を寄せ合い、日中にも関わらず、陽の灯りは少なく、不気味さを掻き立てる。


 そんな樹海。陰でできるこの地に、じっと身を潜め立派な弓を力一杯弾き、狙いを定める。的は、遠く彼方で警戒心を解き水を飲む鹿。


 矢を放つ者は、離れた場所から。矢を放った者は、何処で放ったかを悟らせない。居場所を特定されてはいけない。


 弓を扱い、何かを護るのなら、この知識が必要になってくる。


 真っ暗なこの森は、この弓を扱うのに最適な場所。


 矢は、陰なる所に、この腕が輝く。


 一瞬の時、暗闇から潜みし幼き弓者は、弾いた矢を離し、水を飲む鹿に命中した。


 「よし!」


 その声を聞いて、この森の老樹達は身体を微かに動かし、陽の灯りを受け入れる。密集した葉の隙間から木漏れ日が降り注ぎ、神秘的な光景を齎す。


 立派な弓を担ぎ、飛び回る少女が一人。遠く彼方で目を閉じた鹿を背負い、大切な大切な弓を落とさぬ様に、我が家に帰ってゆく。


 この樹海は、人が持つ方向感覚を壊す。よって、常人はこの樹海に溺れ死んでいくのみ。だがこの少女は、はっきりと道が分かるのか、迷うこともなく、真っ直ぐに我が家へ帰ってゆく。


 「ただいま!!」


 この森の中心に位置する場所。そこには太陽の光が水面に映し出され輝く小さな池、そしてその横には柵を囲んでモクモクと煙を出す円筒がシンボルの木建ての家がある。


 「あら、おかえり。アーちゃん。」


 扉を開けた先には、赤髪がよく似合う背の高い女性がエプロンをつけ、何かを作っている様子であった。彼女たちはこの森に住まう住人。


 「お父様は!!」

 「ふふ、もう直ぐ帰ってくるからねぇ手を洗って食器を出しておいてね。」

 「うん!!」


 彼女たちはこのスイレ王国から少し離れた場所に身を隠しそして自然の音色と共に静かに暮らす。毎日毎日同じ景色ではあるが。それがこの少女にとって心地よかった。流れる時間の中で平和を謳歌する。


 大きなテーブルの上に、食器を並べ終わると‥


 「ねぇ。お母様は!」

 「あら。どうしたのかしら。」

 「今日はね、お友達が来るの。ふふふ、」

 「そうなの?なら、たくさん料理作らないとね!そうだ、外で熊さんと遊んでるカミラも呼んできてくれるかしら?」

 「はぁーーい!!」


 ここに住んでいるからかこの森に住まう普段は人間を毛嫌う熊達とも仲良くなった。言葉は分からぬとも通じう合うものがある。それを彼はこの森で学んでいた。


 「カミラァァ!!」

 「‥‥‥。」

 「何してるの?」

 「‥‥。」


 口数が少ない弟。自分の事を嫌っているわけではないが、話すのが苦手、こうやって言葉を交わせない動物とは意思疎通を図れる不思議な一面もある。しかし、いつかは大人になり人と会話をしなければいけない場面も出でくる。少しずつでも良い、話せる様に、日々声を掛けたい、そう思う今日この頃。


 「‥‥、皆んなで何してるのかな?」

 「‥?、あぁ!!スーちゃん。」

 「どうも。カミラ君もこんにちは。」

 「うん。‥‥(ペコ‥」

 「‥!?。カミラが喋った!」


 お母様を傷つける人間達。その中にも、傷つけようとはせず側に寄り添ってくれる人間も中にはいる。彼女が初めて出来た友人。幼く彼女と同い年、しかしれっきとした王国騎士団でもある彼。


 卓越された剣術に魔法は、この世界の大人達に嫉妬を与える程だと言う。


 「‥‥‥。(スゥ‥」

 「‥はは、今日もやるかい?アーちゃん。」


 矢を放つ者にとって、万に一つもその矢を外し的に近づかれれば、死に直面する。だから彼と組み手をする日々が増えた。


 勝てた事は一度もないが、苦手だ言う体術も成長はしている。


 「‥うぅ、勝てないよ‥‥」

 「仕方ないよ。君は弓と矢が得意分野だ。それを伸ばせば良いさ。」

 「‥でも、スーちゃんは弓も出来るでしょ?」

 「‥はは、出来るだけ。アーちゃんには足元にも及ばないさ。」


 

 見つけた。



 その言葉で、平和と呼べる時間は無くなる。

 一人、この森の影から現れる男。鎧を着て、剣を腰に納め不適な笑みを浮かべる。


 「‥‥、‥また、命令かい?フォックス副師」

 「‥‥餓鬼とは言え、敬語ぐらい使ったらどうか?天才君?」


 一人の男が現れると、忽ち、この家を囲う様に、人間達が笑いながら、手には物騒な物を持ちながら影から大量に現れてくる。怯えるカミラを抱きしめる少女。そしてその二人の前に立つ少年の姿。


 「コソコソ動くお前について来て正解だったよ。」

 「‥‥‥。国の意向ですか?それが‥」

 「あぁ、そうだな。そうだとも。」

 「‥では、この場所を‥この時間を壊す気で?」

 「当たり前だ。罪は‥償わないとな。」

 「‥‥そうですか‥‥。襲人を雇う貴方に償わせる資格はあるのですか?」

 「ふん、減らず口が‥?、!?。


 目の色を変えて、体制を落とし油断する兵士の懐に。力を込めて鳩尾に一発、大の大人の体が浮く程の拳を放ち崩れさせる。


 それは戦いの合図、副師団長である男は顔色一つ変えず、周りにいる兵士と襲人に指示を出す。一斉に剣を抜き、あろう事か子供に向けて一斉に襲い掛かる。


 だが‥、


 「‥‥化け物め。本当に人間か?貴様は」

 「‥はぁ、はぁ、はぁ。」


 王国騎士、加えて雇った襲人達を合わせればざっと三十は軽く超える数。それを幼き彼が物の数分で完封。


 「‥その歳から高みに至った。‥さぞかし孤独だろう。可哀な子供よ。」

 「‥はぁ、はぁ、孤独だよ‥でもそれは今だけ。‥いつかは僕を叩きのめす存在と会える。そう教わった。立派な師団長から教わった。‥それを貴方達が邪魔するなら、国全体であろうと容赦しない。」

 「‥子供のくせに立派な大口だ。」

 「‥‥嘘はつかない。因みに、周りに生える木の上から狙いを定める人達も、全て切りつけてる。姑息な真似は通用しない。」


 老樹に登り、その大きな枝から身を潜めて矢を構えていた兵士二人すらも、倒した兵士の剣を投げ飛ばし致命傷を負わせている。抜かりはない。


 「聞いた通り、嫉妬させる程の力っぷりだ。その歳で、あのロータリー”エピスと立ち合っただけの事はある。‥だが‥‥心、故の甘さがある。」


 「!?。」


 遅れて理解する。彼の背後、弟を抱きしめ守る少女の前に後ろに、血を流す襲人がナタを振りかぶる。


 遅れてしまった動き、前方にいる襲人は蹴り飛ばす事に成功。しかし後方でナタを振り下ろす襲人を止める猶予はなかった。‥だから


 「ぐはぁ!!!」

 

 「‥‥え‥‥。」


 彼女の前で、血が、飛び、広がる。


 「‥‥、お前に心が無ければ、此処で私達は皆殺しだっただろう。‥師の教えが枷となったな。恨むなら師を恨め。」


 「‥スーちゃん‥‥スーちゃん‥‥‥」


 小さな手で譲る小さな体。息はある。だが目は半開き、呼吸は小さく、汗を流し、流血も激しく。涙を流す少女の肩にそっと触れて、血を吐きながら立ち上がる。


 「はぁ、はぁ、こんな事して‥アルフォンは黙っちゃいないぞ。はぁ、はぁ、」

 「??。アルフォン?あぁ、あの恐い顔の男か。‥」

 「‥‥王国騎士団として‥」

 「解雇になったよ。あの男は。国ではなく、友を選んだ罪として。」

 「‥え、」


 「‥ふん。当たり前だろ?私達は人の為に動いている訳ではない。国の為だ。だからこその王国騎士団だ。」


 その言葉と共に、膝をつく少年の肩には矢が一本。深く深く刺さる。


 「うぅ!?」

 

 この森の影からはゾロゾロと人が出てくる。矢を持った男達がゾロゾロと。倒れる兵士を踏みながら、矢が刺さる少年の周りを囲む。その名は襲人。


 「大人を舐めるなよ?餓鬼。さっさと、フレスト”メティスを寄越せ。」

 「‥‥はぁ、はぁ、」


 足に力を込めて、また一度立ちあがろうとした直後、その足にはまたもや矢が。


 広がる血、足に力など入らず。身体は地面に向かう。手を使い受け身を取ろうとも背や肩にも致命傷を負い、そのまま倒れてしまった。想像を絶する程の痛みにより、此処で彼は気絶してしまう。それは最も死に近い形で。


 「‥おぉ、死んだか?餓鬼のくせに痛みに強いとは。大人になればこんな化け物誰も止めれなくなる。‥殺しておいて正解だ。私は良い事をしたな。‥‥?」


 彼が倒れた直後、この場所は強く揺れる。そして音が聞こえる。地を叩き、生える樹との衝突音。その音が後ろから、いや、前方から‥違う。全ての方向から聞こえてくる。


 「な、なんだ‥この音は‥この揺れは」


 ぎゃあああぁぁぁ!!!!!!


 悲鳴が聞こえたから、その方向に目を向けた。可笑しな方向に目を向けた。空を見上げだ。


 「なぁ!?」


 空には、白目を剥き血を流す兵士が一人。それだけに止まらず、あらゆる方向で悲鳴が一斉に上がる。


 瀕死となった兵士が、襲人が、足元に転がり、傷を負った箇所を確認する。そして、傷を負わした者の存在を確認する。


 この森に生える太く逞しい樹木に傷をつける程の爪と牙、その目を真っ赤に光らせて、この場所を暴れ回る。熊である。それも、今この場所にいる大人の数を遥かに凌駕する数。


 「一体。どうなっている。おい貴様ら!一度落ち着け!!たかが動物如きに‥」


 彼の声は届かぬ。この現場は錯乱状態に入り、逃げ惑い、己の武器を捨てて、転ぶ者に、噛みちぎられる者。


 まさに此処は、地獄絵図。


 「‥何故、動物達が‥‥‥は!?、」


 振り返った。何かの証拠があり、根拠があり、見つけた訳ではない。これは、直感。


 この状況を作り出した者を睨む。


 「貴様かぁぁ!!」


 「‥‥‥‥勝手に‥‥」


 名をアスター。長いまつ毛に高い鼻、宝石を埋め込んだのかとその黒い瞳を持つ少女。


 気絶する少年をゆっくりと寝かし、大きな声で弓を持ったまま立ち上がり、地面を見つめながらブツブツと言葉を吐く。


 「‥私の、友達‥私の‥家族‥‥、私の‥お家‥。」


 彼女は何もしていない。魔法もそしてとある特別な力も持っていない。ただ彼女の強い想いが‥言葉の通じぬ動物に届いた。そして、その力は今動物達に乗り移り、宿る。


 「‥なんだ、なんだお前は!?」


 「‥貴様らが‥‥貴様ら如きが‥‥私の‥‥庭に‥」


 此処で可笑しな現象が起きる。それは、この場所が真っ暗になった事。陽の光を雲が隠した、と言う様な自然現象ではない。上を見上げど空は全く見えず。周りを確認してもあれ程いた仲間や熊、それに加えて風景すら何一つ残っていない。


 あるのは、前方、弓を手に持つ一人の少女。


 「‥私の‥‥」


 何を言っているかは聞こえない。ただその目には、他人では観測できない他人の魔胞子、それも次元が歪む程の質量を誇る球体が、コチラに向けられている事。それだけが彼の五感で確認できた事。


 「‥‥意味が全く分からん。‥はぁ、はぁ、なんだそれは‥」


 辺りの悲鳴だけは聞こえる。よって、此処は地獄と言っても差し支えがなかった。


 そんな地獄で、魔胞子を凝縮させるアスター。その垂れ下がる両の手からは、

 

 いま、弓が堕ちる‥


 

   こら、



 地に落ちそうになる弓をキャッチし、抱きしめる一人の母親。


 その瞬間、魔胞子、花火の様に弾け飛び、この暗い空間も瞬時に消える。暴れ回っていた熊も瞳の色を戻し、動きをピタリと止める。


 「‥‥メティス!!!」


 熊の動きが止まり、息を吹き返した様に声を荒げるフォックス。しかし、何も状況は変わっていない。


 「‥フォックス。今日は帰りなさい。」

 「何を言っている!!貴様を連れて帰るのが我々の任務なのだ!」

 「へぇ、この状況でまだ言えるの?」


 周りには、倒れて血を流す物ばかり。辛うじて剣を杖代わりにしてやっと動ける者が数名。


 「ふん!!我はそんな事で臆さんぞ!!」


 「へぇぇ、強い人ね。」

 「ふん!誉めたとて未来は変えられない!!殺してでも—-」

 「褒めてないわよ。皮肉。‥と言う事で。」

 「え?」

 「バイバイ。」


 息巻いたフォックスの姿は、この場所から形ひとつ残らず消え去った。


 「‥ふぅ、ありがと、カミラ。」

 「‥(コク‥‥。」


 頷くカミラの前には、笑みを浮かべるアスターを抱きしめるメティス。


 「ねぇ!お母様!!」

 「うん。どうしたの。」

 「私ね!スーちゃんとお母様以外の人間が嫌い。」

 「‥あら、そうなのね。仕方ないわ。」

 「だからね!この森にいる熊さん達にやっつけて貰ったの!!」

 「‥‥。(ぺチィ」

 

 我が子に向けて、最大限の力を込めてデコピンする。


 「痛い‥」

 「‥アーちゃん。ダメよ‥‥」

 「でも‥‥、」

 「私達は弓を扱う者。孤独でこそその真価を発揮する。」

 「‥‥」

 「貴方の大切な弓は、今どこにあるかしら。」



 アスターの手には何もなく。大切な弓が、あれ程大切にしていた弓が、手には無く。


 

 「‥求めた道。それが見える者のみこの道具を扱えるの。基本を軸に体制を固めて、標的を穿つ。」


 メティスは立ち上がり、立て掛けれた矢を取り、回しながら、空を見つめて風を読む。アスターの落としてしまった弓を空に掲げて体制を整えると、矢を空に向かい放つ。


 放った衝撃で、この場所には暴風が吹き荒れ、干していた洗濯物が全て飛んでいってしまう。


 「‥‥‥。」

 「‥私達は、弓を扱う者。弓を手から落とせば体制を崩す。矢を飛ばす為には、弓が必要なの。貴方がまだ弓者として生きたいのなら、もう一度、この弓を掴みなさい。」

 「‥‥‥うん。」

 「‥ふふ、なら次は落とすことがない様にね。」  

 「‥お母様は、今、誰に向けて矢を‥‥」

 「ん?未来‥‥根本になってしまう者のために一度だけ、妨害する矢をね。」

 「??。」  


 弓を握りしめるアスターを強く強く抱きしめる。


 「守ろうとしてくれたのね。ありがと。」

 「でもね、スーちゃんが。」

 「ん?大丈夫よ、この子寝てるだけだから。」

 「え?」

 「それとね、アーちゃん。」

 「??。」


 

  嫌いな物があるのは仕方が無い事。生き物全てがそうだから仕方がないわ。


 ‥‥‥。



  あーちゃんにも嫌いな物がある。でもね、わざわざ、沢山の友達を使って、集めて、攻撃するのはどうかとママは思うの。


   辛い事や悲しいことがあれば、助けて、そういえば良い。



   だからね、ママとの約束。



 『嫌いなら嫌いで良い。‥‥でも、嫌うなら、一人でしなさい。」


 —————————————————————



 「ふふふふ。」

 「何笑ってんだ‥‥ほらよ。」

 「??」


 遥か彼方、懐かしき記憶が蘇り、ふと、笑みをこぼしてしまう。身体の力みも無く、ただ空気が抜ける様に。そんな私の視界に飛び込んできた物は、銀色に光る何か。


 「これは‥」

 「貰った。‥渡せって、頼まれたよ。」

 「‥‥‥。」

 「‥引っ張ってみろ。それを‥」


 摘み捻り、蓋が開く。これは二重構造の懐中時計。捻れば1枚目の蓋が開き、父から貰った欠片を入れる場所が顔を出す。そして、捻った摘みを引っ張ると、奥の土台が開き、また笑みが溢れてしまう。笑みが溢れる。笑みだけが溢れる。


 「‥‥、お前も、拾い物上手か?」

 「‥‥、俺ゃあ、花が好きだからな。」

 「‥説明になっていないぞ。」

 

 この湖に来てから、下ばかりを向いていた。だからこそ話しかけてくる男の姿を一度も見ていなかった。当てられた血塗れな顔を、この湖の力を借りて洗い落とす。


 月が光り、この湖もまた輝き出す。鏡となったこの湖を私と餓鬼を映し出す。血を洗い流し浮かび上がるのは、痩けた顔つきの、私。それと、生意気な顔をした‥‥?。‥‥


 「?。」

 「なんだよ?」

 「‥なんだ‥‥お前の姿は‥」


 至って普通。転移させて、初めて拝んだ面と大差がない。腹が立ち生意気な顔。体付きも何ら変わらない。しかし、一点だけ可笑しな点がある。


 「俺の姿?‥‥?‥!?、ってえ!?。」


 この湖と同じ色、或いはこの大陸の向こうにある海と同じ色、月が降りて、太陽が登り出した時間帯の空の色。  


 その湖から鏡のように投影され反射する自分の姿を覗き込むと、異変に気づく。思い出してしまう様なそんな異変。ずっと側で、この半年間隣で見てきた色と性質。  


 彼の髪は、女性顔負けの艶のある長髪になり、髪色はまさに大空色。 


 「!?!。なんだこれは!?」

 「‥ふふ、騒がしい。」

 「てめぇか!?魔法かぁ!?」

 

 きめ細かい毛先は一本ずつ動き出す。風も吹いていないのに、意志が宿った様に。


 靡く髪を眺め、一度相対したシフォンの面影が通り過ぎる。


 「‥これで‥‥最期か。」

 「‥‥、」

 「お前は、何処か彼の子に似てる。」

 「‥?。」

 「お前と同じ異世界人だ。お前と同じ出来の悪い異世界人だ。」

 「‥‥異世界‥‥。」

 「名を‥結朱華。元いた世界に帰れたのなら‥墓でも建ててやれ。」

 「‥?。‥あぁ、」


   はぁ、はぁ。


   重たい身体を、水が纏わりつく身体を、頑張って起こしてみる。


   しかし、無理だ。動きやしない。自分の力ではもう、立ち上がる事すら出来ないらしい。


   だから‥‥



 「?。」

 「‥‥クソ餓鬼。手伝ってくれ。」

 「‥だから手伝わねえって言っただろうが。‥‥ん?‥あぁ、いや、一度だけだ。」



   無理だから。


   手を借りることにする。


   今一度だけ、立ち上がってみる。


   立つ事は出来た。


   後は‥‥



 「‥こんな所に‥‥あったのか。」

 「‥。」


   

   座り込んでは、落とした事に気付かない。


   焦り、後ろを向かなくなる。


   タネを呑み、見えなくなった。


   その目だけを信じて、矢を放とうとした。


   

 「何する気だ?。」

 「何をするでしょうか?」

 「当てんなら、一発だ。」

 「ふん。誰に言っているのやら。」


 

   矢を、餓鬼の目の前に向ける。


   そして、ようやく体制が定まっていない事に気がついたのだ。


   足元を見れば、落としてしまった物があると言うのに。


   ずっと、ずっと、可笑しく、辛い体制で私は矢を放っていたらしい。



 「‥正真正銘。私の目で見えた。歪み。」

 「‥‥‥。」

 「最期だ。」

 「‥‥。」



   何処からか拾い上げた光り輝く弓。そして魔胞子で作り出した漆黒の矢。それらを交差させて、餓鬼に向けて構える。

  

   今度は、体制に狂いは無かった。


   お母様から教わっていたと言うのに。


   体型が崩れている時点で、落としている事に‥何故気づかなかったのか。

  

  

 

   【支配】 征域(ヘレニズム)‥‥‥(パラパラ‥‥



   今、私の身体にへばり付く呪縛も無くなった。


   種が‥割れた気がした。散った気がした。


   気づけたから。




 「‥私が見えた。最期の希望。最後の邪魔だ。」

 「‥‥。」

 「母が愛した大陸。ならば私も愛そう。」



   今、輝く弓と繋がれた漆黒の矢は、標準を睨む。


   そして、彼女の手元から、その一射は羽ばたく。




   【弓拝(しはい)】 ——光陰矢(ガイヤ)



 それは、とてもとても小さな矢。これまで、あらゆる言葉を使い表現しなければ伝わらない様な次元の矢ばかりだった。だが、此処で、青髪の青年に向けて放った矢は、皆が想像する一般的な矢と変わらない。もしかすれば、それ以下なのかもしれない。


 そんな矢が、小さな矢が、青い髪を靡かせる青年の頭上を通過する。


 「‥‥、しっかり狙ったのか?」

 「‥‥勿論。」

 「‥‥そうか。」


 矢が、空へ放物線を描き、彼方へと消える。その光景は正に流れ星の様に。空を泳ぐ流星が彼女の視界から消えた時、手元にある輝く弓も姿を消してゆく。そんな最中、


 「‥おい。」

 「?。」


 彼女は胸ポケットから、ある物を取り出し彼に投げる。


 「‥?。」

 「それは、貴様のだろう?。私が持っていても仕方が無い。」

 

 彼女からは、不思議な色をした球体を受け取った。空に向ければ青くなり、下ろせば緑色になる不思議な球体。


 自分のものでは無い。間違いはない。そうなればこれがどう言ったものなのかは分からないはず。それなのに、彼の手は勝手に動く。


 「‥‥名は知らんが、ある男から渡されたのだ。それがあれば‥私であれば、特別な力を持つ人間を呼び寄せる事ができる‥と。」

 「‥ほぇー。‥‥‥。出るか?そこから?」

 「場所も指定され、【転移】は成功させた。だが、蓋を開けてみれば只の餓鬼。呆れて物も言えなかった。」

 「‥青に緑‥‥、お前たちはどれぐらい待ってたんだ?」

 「すぐ元の世界に返そうか迷ったよ。だが、私の友人がお前を庇った。何かがあるのだと、私は、この私が、お前に猶予を与えたのだ。」

 「‥‥、そうか。それゃあ随分と‥、長い長い睡眠だったな。」

 「‥ふん。少し、猶予を与えすぎたか?‥?‥‥聞いてい——」

 

   パリィン!!


 割れる音がし、視界には煙が立ち込める。青髪の男が指を押し当てて、渡された球体を割った直後の事である。


 「何なんだ、この煙は。」

 「ん?お前が良く使うあれと似た様な物だ。」


 潰れた球体からは、青色に輝く粒子たちが飛び出してくる。それも途轍もない量がこの地をこの空を覆う。


 魔訶不思議な世界に二人、しかしどちらも不安や恐怖といった感情にはならず、黒髪の女性はひたすらにこの幻想的な世界を眺めていた。そして、青髪の青年は、これがどう言った現象なのか、この煙は、この粒子が一体何なのか。その全てを理解していた。


 「ふぁぁぁ。心地良いなぁ。」

 「‥‥‥お前だけだ。これを心地良いと言う存在は。」

 「さぁ。今の大陸はこんな感じだ。堪能できたか?」

 「??。何と喋っている‥!?。私は‥何と話しているのだ。」


 目を瞑り、肩を脱力させて、一度身体全体の空気を口からゆっくりと吐いてゆく。そして、この蒼き鱗粉が舞う世界の真ん中で、彼は、深呼吸した。


 「!!。」

 「はぁ。へぇ、こんな感じ。」


 音もなく、彼が吸い込むと同時に、蒼く輝く鱗粉は彼の中へと入ってゆくと、辺りの景色は元戻りになった。


 「‥‥、、。」


 深呼吸を終えた彼は、両手を上げた。


 「!?。なんだこれは。」


 この湖の周りからは一斉に、木が生い茂った。その木はどれも、見覚えがある形に質。幼き頃、育ったある森と同じ樹木。そしてこの樹が囲む湖に立つのは


 「はは、馬鹿げてる。‥‥こんな物、御伽話の中だけで許されるはずだ‥‥。‥」


 人間ではない何か。とても長く大きな生き物。見上げなければ目を合わす事は叶わぬ程。その存在感だけで、萎縮してしまう。


 「なぁ、」

 「‥‥‥。」

 「‥やり直せそうか?‥‥。」

 「‥‥


 驚いてしまったが、我に帰る。そして、腕を下ろし、笑顔を作る。アスターは、この場所で


 「‥‥。カミラは一人で生きて行けぬのだ。」

 「‥‥‥。」

 「必ず、お前もまた私と同じ矛先になる。‥必ず。」

 「‥‥。」

 「その時は精々、踠け。」

 「‥‥。」


 彼女は、悟った。自分の魔胞子で作り上げた魔獣。リズルゴールド王国で、ある人物を捕える為送り込んだ魔獣の気配が無くなった。


 等々、その目で魔胞子すら確認できなくなった。


 種の力を発動しても、何処にも鎖は見当たらなかった。


 何も、無かった。もう、無くなった。


 ふと、腰元に違和感を感じ、触れてみる。


 あぁ、そう言えば、貰い物が一つあった。


 これは、最後まで、落とさぬように握りしめていこう。


 「矢を放つ者は、居場所をバレては行けない。それが鉄則だ。誰も見えぬ陰で潜み、矢を放つ。」

 「‥‥‥。はぁぁ。」

 「少々、私は有名人になり過ぎた。あの矢を誰かが目視した時必ずや、脳裏にはアスター”アニスが思い浮かぶ。勘のいい人間は、居場所まで突き止めるだろう。」

 「‥‥、なら、つくってやるよ。」

 「‥。‥‥。」


 彼が見える景色。彼だけが見える景色。それは、蒼き粒子が無数に飛び交う世界。その粒子の名は【神気朧】。


 「‥‥。」

 「あとな、価値は存在するだろ?」

 「‥‥、」

 「結局言って、お前もそうだろ?だからこうなったんだ。」

 「‥‥、」

 「価値を付けたって、平等だど言って勝手なことをしてたって、良いじゃねえか。【自由】じゃねえか。」

 「‥。それがお前の応えか。」

 「あぁ、そんな【自由】を塗り替えてきたお前。俺が思う重たい価値のある命を踏み躙ったお前は、許せそうにない。すまんな。」


 ‥‥‥。



 「今、此処で、敵視を向ける。俺が‥‥【自由】が、貴様を敵と視認した。」


 彼の声に反応し、一帯に舞う神気朧は、彼の元に集う。


 「俺を呼び寄せた日、覚えてるか?」

 「‥‥。」

 「知らねぇ景色、知らねぇ環境。」

 「‥‥。」

 「訳の分からない言葉ばっかり並べて、挙げ句の果てには、国を救えだ?出来なければ死ねだ?、魔法が使えない?武器が扱えない?。」

 「‥‥‥。」

 「パンク寸前だったよ俺の頭は。だから、」



   そっくりそのままこの言葉を返してやる。


   そっくりそのままこの言葉を表現してやる。


   お前の望み通り、作ってやるよ。


   お前が、見えなくなる程の‥‥な。



 心臓の位置の高さに手を。すると神気朧は彼の手に集まる。見事な程に青色に輝くシャボン玉が出来上がる。


 そして彼は、その球体を指で弾き空へと飛ばすと、空にそのシャボン玉は衝突し、この空は水面の如く輪を作り空全体の色を変えた。


 「‥‥なんだと、‥空が‥‥」


 アスターは空を見上げ言葉を漏らす。夜なのに、陽は出ていないのに、月があると言うのに、彼らの頭上には晴天が広がった。


 その光景を確認しようと上を向く彼は、そのまま空を見上げたまま耳を塞ぎ、口を開ける。



 「空よ‥‥‥イロヲナセ」




     晴鳴(せいめい)



 

 それは天上の空、海と見違えるほどの青さ。夜にも関わらず世にも不思議な現象を目の当たりにした。


 空の色が変わった。そう錯覚した。色はずっと変わらない。ただ空の向こうで、太陽を凌ぐ程の光を発し、この夜を日中の様に照らした。


 この大陸は、光ったのだ。


 そして、夜がまた訪れると、アスターは空を見上げ人形を握りしめた。


 今一度、大陸全土が光に包まれる。今度は音と一緒に。


 一本の雷が落ちた。その広大な光りはこの夜に、この大陸の至る所で陰を創り出した。樹木が生える此処も同じく。


 ‥‥この世界に警鐘を鳴らした。


 ‥‥‥‥。


 ‥‥‥‥。


 —————————————————————


 其処には、湖があった場所がある。シフォンと言う女性の大切な居場所。だが、彼女の好きな場所は今では、雷の影響で全てが蒸発し水は無くなり、煙が上がる。


 周りで生い茂った樹々も、綺麗さっぱりなくなり更地へ。


 湖とすら言えなくなってしまった場所。

  

 ぽっかりと穴が空いただけの場所。


 その中心で、立ち尽くす一人の青年。



 「‥‥‥‥やっぱり。‥‥‥何も残るわけないよな。」



 たった独りだけが立っている。その青髪だけが揺れる。


 

 《最後の最後で、制御したわねぇ。残念。》


 

 青髪が揺れる位置の前、今はもう何も残っていない場所に、うっすらと人影が現れる。



 《もう少しで夢が叶う所だったのに。‥もう、邪魔しないでよね。》


 「‥‥。」


 《あら、あらら。ぶ、無礼な私をお許しください。》


 「‥‥‥はぁぁ、此処からどうすっかな。」


 《そうね、そうよね。私が見える訳ないか。ホォ。》


 「‥‥見えてんぞ。」

 

 《ヒィ!?あ、あ、あの、破棄だけは勘弁をォォ!!》


 「しねぇから、ウルセェから。とっと失せてくれ。」


 《は、はいぃ!!!》



 半透明な人影は、瞬時に姿を消した。



 「‥‥‥、。あぁ、なんだろ。‥なんだろこれ。何か、穴が空いた気分だ。‥‥はぁぁ、もうよくわかんねぇや。‥‥そうだ。」


 夜空に戻ったこの空を目に映す。そして、指を上げて、空に浮かぶ星を数えてみる。

 

 「‥いち、に、さん‥‥し、‥‥ご‥ろく‥しち‥‥はち‥‥きゅう‥‥じ‥‥あ、‥。」


 水が蒸発した影響で上がる煙は、上へ上へ。姿形を変えて、この穴が空いた場所に黒い黒い雲を作り出し、雨が降り注ぐ。


 小雨ではない。豪雨と言ってもいい。それなのに、彼は上を向いたまま。額に当たる冷たい雨粒を感じながら、目を開けたまま。



 彼の顔はその雨によってびしょ濡れのまま。


 

 顔色すらわからないまま。



 —————————————————————



 これは、少し先の話。


 スイレ王国ではある事が確定した。


 半年前に起きた厄災。


 人々を恐怖に陥れた。


 王都に下町の大半が焼け野原になり、歴史に刻まれるほどの事件へと記された。


 だが、他国の助けによりスイレ王国は少しずつ元の形に戻りつつある。


 そして、残された者はあの事件で死んでしまった人の墓を作る事にした。国の騎士団が動き、死亡者リストをかき集めたのだ。しかし、どれだけの住人に死者を聞いても、死体を探しても、見当たらなかった。


 天傘 敦紫が違和感に思ったのも不思議ではなかった。


 死者はたったの二人。


 そして、その死因も最近では発覚したとの事。


 ヒュドール・クレパス 【戦死】


 カサード・アルフォン 【老衰】


 

 この国には偉大な人間がいた。  

 名をフレスト”メティス。

 見極め、正しい判断を行い平和を脅かす根本を射抜き続けた。

 彼女は、大事にならぬ様、たった個人でスイレ王国を守った。誰にも頼らず、関与させず、矢を放ち続けた。

 

 そして、アスターもまた、師の‥母親の背中を追い、貰った言葉を心に射止め歩き続けた。最後まで歩き続けた。


 しかし、ある時、体制を崩し、視界が燻む。



 憎悪そして復讐心が心を覆いつくす。

 そんな形のない感情に呑まれ母の言葉すら忘れてしまう。



 これはある一人のお花し。


 あらゆる負の感情に、自らが【支配】されてしまった。


 哀しく、美しき、女性の御話。


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