二話 ローズとポット
コッチは割と展開早めかも?
首都モルダスへ向かう馬車は決まった曜日に教会前の街道を通る。
時間通りに来てくれた馬車がゆっくりと停車。後ろ側に回って乗り口を探すが、ないタイプのようだ。
階段のようなものがあれば上等。掴まる為のロープや取っ手があれば親切だとは聞いていたので、袖をまくり上げた。
まずトランクを入り口付近において、お腹の高さほどある荷台床部分に両手を置いたところで声をかけられた。
「ねぇ、よければ引っ張り上げようか?」
少し低い女の子の声だ。
視線を上げると薄暗がりの中からヒョッコリと顔が出てきた。
びっくりしている間にも両手を掴まれ、ぐいと引き上げられる。
掴まれた掌は固く、力があるのか私一人引き上げてもよろける素振りすらない。
馬車に乗った所で手を引かれ、馬車の奥へ連れていかれる。
よく見ると私のトランクを持っていた。
「あ、あの……っ」
「直ぐに出発するから、奥にいこう。首都に近くなると人が増えるみたい」
馬車の荷台は荷物を載せる関係で結構高い。手を引く人物の身長は私より十センチほど高いようで、真っ直ぐに伸びた明るい色の髪が左右に揺れている。
直ぐに一番奥側に着いた彼女は私のトランクを置いて小窓を開けた。
「一人乗りました。出発お願いします」
「はいよ。これから丘を越えてさっきより長く走るからね」
木製の小窓は御者さんの後ろ側に備え付けられているらしい。
中年男性の返事を受け、再び小窓は閉ざされた。
「動き始めるから、座りなよ。トランクは丈夫なやつ? 毛布があるなら出しておいた方がいいと思うけど……あ、ごめん。馬車には慣れてる?」
「い、いいえ! 乗合馬車には初めて乗りました。教会の馬車には何度か」
「なるほどね。アンタ、教会の前からだったし教会関係者か」
へえ、とどこか楽しそうな声に頷いて、トランクから毛布と薄いクッションを取り出した。
直接トランクに座るのは少し抵抗があったのだ。
よく見ると案内してくれた人も同じようにクッションの上に座っていた。
「貴重品は外さないように。アタシ──じゃない、私はそういうことしないけど今後乗り込んでくる奴がどうだかわかんないからさ」
「はい! ありがとうございます。あの、ちょっとだけトランク開けていてもいいですか?」
「いいよ。正面にいるおばあさんは睡眠薬飲んでたから多少の事じゃ起きないだろうし、話しない? 勿論、速度が出てきたら話は出来ないけど、丘を下るまでは速足程度で走るみたいなんだ」
はい、と返事をして開けておいたトランクから分厚い本を取り出す。聖書だ。
そこにライトからもらった花を大事に挟んでおく。綺麗になるように、そして聖書が汚れないように擦り切れたガーゼに包んでおいた。
本を戻し、トランクを閉める。出したクッションを置いて座った所で、隣にいた人物は手元にランプを持っていた。
「魔石ランプ、古いけど全然使えるんだ。つけていい?」
「は、はい!」
「そんな緊張しなくたって取って食ったりしないって」
笑いながら灯された光が薄暗い荷台の中を照らす。
外敵や風、土埃など様々なものから私たちを守ってくれる馬車の外套はかなり丈夫にできているので、光を通さない。
だから馬車の中ではランプを使うそうだ。ただし、蝋燭式は揺れて倒れてしまうと燃え移る可能性もあるので避けるとのこと。
パッと明るくなったランプの光に照らされたその人は、とても整った顔立ちをしていた。
勝気な瞳は秋空のように清々しく、髪は灰色がかった白金色。
「まずは自己紹介からしようかな。私はマリーローズ・ロスマリン。これから首都モルダスにあるトライグル国立レジルラヴィナー学院騎士科の入学試験を受けに行くんだ」
ニッと笑って片腕で力こぶを作ってみせた彼女に私は思わず前傾姿勢になって両手を握りこんでいた。
「わ、私はマリーポット・スイレンっていいます。私もレジルラヴィナー学院で試験を……」
「え、アンタも? へぇ、じゃあライバルってことか。武器は?」
「ご、ごめんなさい。私騎士科じゃなくて錬金科の受験で」
慌てて自分の受ける学科を伝えていなかったことに気づいて声を上げると彼女は吊り目気味な目を真ん丸にして驚いていた。
「錬金科って、え、本気で? すっご。私初めて錬金術の才能持ちに会ったかも。魔術師はたまに見かけるけど、召喚師と錬金術師系の才能って珍しいし」
「庶民が持っていても役に立たない才能って言われているみたいです。私は教会にいたから教会所属の錬金術師になりたいなって……あなたは?」
「マリーでいいよっていっても、私たち二人ともマリーだもんね。じゃ、ローズって呼んで。アンタはポットでどうかな? 結構可愛い響きだし。あと、敬語もなしね」
「ふふ。うん、そうだね。ポットなんて初めて呼ばれたよ」
「愛称はいろいろあるしね。故郷に会うたびに違う愛称つけてくる子とかいたし」
「面白いね。私の場合は、教会だったからお手伝いとかやることで一日があっという間だったかな。掃除と洗濯は得意になったけど」
面白いくらいに会話が弾んだ。
故郷の話を聞いているうちに、ローズが深い息を吐いて腕を組んだ。
「ローズ? どうしたの、突然ため息なんてついて」
「あー……ごめん。いや、目標金額までたまらなくってさ。どうしよっかなって」
街中で依頼を受けるにしても、試験は翌日だというのだ。
私も同じで、試験日は明日。
教会から首都までは約半日で到着するので昼過ぎには到着予定なのだけれど、私の場合は宿をとらなくてはいけない。
「私も十年こつこつ貯めて金貨二枚にしかならくて……持参金は断ったから切り詰めなくちゃ。細かいお金は銀貨四十枚、銅貨六枚、鉄貨二枚。無駄遣いしないようにしなくちゃ。試験後に受けられる仕事があればいいけど」
試験ギリギリに移動することを決めたのは、宿代節約のためだ。
基本的にどんな場所にでも教会はある。
だから最初は首都の教会に泊めてもらうことを考えたし、シスター長やシスター長代理から『お願い』の手紙を書くことも提案された。
けれど、教会本部から支給される資金は細かく決まっていて、どの教会も基本的に余裕があるわけではないのだ。手紙代は別の所に使ってほしかった。塩やゴロ芋一つでもスープに入れば子供たちもシスターもお腹を満たせる。
みんなの事を考えるなら、教会を直ぐに出るべきだったのだ。
甘えているなぁと苦い笑みが浮かんだ。
「──ポットは今夜泊まる場所はあるの?」
ローズの問いに力なく首を振る。
「ううん。でも、一日だけならどうにかなるかなって」
モルダスは比較的治安がいいと聞く、と付け足すとローズは何かを考えるように「そっか」とだけ返した。
そこからは少し速度が上がって、揺れが激しくなったのでお互い口を紡ぐ。
舌を噛むからだ。
ガタゴト激しく上下左右に揺れながら考えるのは働き方。
基本的に、教会の子供は町や村で農家などの手伝いをして収入を得る。
というのも、収穫期に人手が足りないということはよくあることなのだ。
報酬は少額の硬貨と収穫した農産物。もちろん、収穫期以外も手伝うことは多いので高齢であったり働き盛りの人が何らかの理由で働けない、不在である際に総出で手伝いに行くことも多い。
こういう地域貢献を通して親しみを持ってもらい、教会に足を運んでもらうという布教の一面も持っているのだ。
流石に足りないというか、心もとないな……なんて考えている間に丘を下り終わったらしく徐々に揺れが治まってきた。
「ふぅ。もう話しても大丈夫そうね。んー、私が騎士科の受験を考えた動機なんだけど聞いてくれる?」
「え? う、うん。気になるから聞かせてくれるなら」
人の夢には興味がある。理由も経緯も知りたいと思う。
友達に成れそうな年の近い女の子ならなおの事。
「アタシの父さんが騎士なの。出身がモンスターの少ない場所だったから、相手にしてたのは害獣ばかりだったから強いとは思ってなかったけどね。開示の儀が終わって一か月後くらいだったかな? 魔物が出たの」
「え。魔物ってモンスターより強いんですよね?」
「厄介になるって聞いてたから、最初は舐めてたんだけど実際目にすると怖くてさ。アタシも倒せるって息巻いてた連中もみんな怖気づいてて……そんな中で父さんだけが剣を構えた」
懐かしそうに目を細めて、傍らにある大きな包みを撫でる。
よく見ると剣のようだ。布でしっかり巻かれているから気付かなかったけれど。
「あっという間だった。話半分で聞いてた父さんの武勇伝、本当だったんだって全員が理解したの。倒した後の処理も完璧でさ、もっと誇っていいのにいつも通りの父さんで茶化す人もいたけどアタシから見て──すっごく、かっこよかった」
頼もしい背中が立ちふさがった瞬間に『助かった』って心の底から安堵したのだとローズは嬉しそうに、眩しいものを思い出すように笑う。
「だから、騎士になる為に頭を下げた。父親から師匠になってもらった。もちろん、家じゃ父親だけど、元騎士だけあって訓練は過酷だったよ。母さんが後で『嫁入り前なのに』って怒ってたもん」
ケラケラ笑うローズが全身に細かい傷があるのだと誇らしげに笑うからつられてしまった。からりとした、気持ちのいい女の子だ。
「アタシ、父さんみたいな騎士になるって決めたの。大事なものを護る騎士になりたいってずっと努力してきた。だから腕と体力には自信があって、冒険者として少しだけ稼いだりもしたんだよね」
へへ、と照れ臭そうに笑う顔は夢を語る教会の子供たちによく似ていた。
そうかそうかとうなづいている私に目を輝かせたローズが詰め寄る。
「それで、ポットはどうなの?」
「私の場合は、才能があるって分かってから進む方向を決めたの。教会にいた関係で選択肢は二つあったかな? 探せばもっと別の道もあったかもしれないけど」
「へぇ。錬金術師って資格持ちは引っ張りだこなんじゃないの? ほら、貴族の養子になったりとかさ」
「そういうのもある、はず。私にはそういう話まだ来てないけど……庶民から貴族になるのは大変そうで私にはできないかも。ええとね、選択肢のうち一つは教会が運営している聖バーベイン・イエルバ・サンタ教会学園に入学して受験資格を得ることだったの」
「教会も学校いくつかあるもんね。錬金術師のもあるんだ? 教会騎士ってやつもあるよね。正規の騎士ではないみたいだけど」
「教会の学校なら宿泊費はかからないし、将来資格を得ると同時に教会所属になるから職にあぶれることもないみたい」
「選択の幅がかなり狭まるね。もちろん、生活に困らないのはいいけど制約もありそうだし」
「うん……配属地っていうのが選べないみたい。二つ目の選択肢はレジルラヴィナー学院に入学して卒業と資格取得を目指すこと」
これが一般的なルートだ。
というのも、国家錬金術師試験はレジルラヴィナー学院で行われるのだ。
錬金術の国家資格を得られるのはトライグル王国のみで、試験は年に一度。
「試験の難易度は高いけど、一番の近道でもあるって知って……私はこっちを目指すことにしたの」
ローズには話さなかったけれど、教会の学校だとお祈りや戦闘訓練など他にもやることが多く、合格率は国立のレジルラヴィナー学院と比べると半分以下になるそうだ。
「そもそも国立である学院に通ってても受かる確率は全体でギリギリ二桁いくかどうかってくらい難しいって聞いてて……過去、受験者の九割が落ちたこともあったみたい」
「九割って、錬金術師不足にもほどがあるじゃない。騎士なんて生き残れば合格って言われてるのに」
「生き残れるかが前提なのも厳しいよ」
「それもそうだね。ま、アタシの場合は体力関係の才能なんかもあるから訓練にはついていけると思うけど、ある程度は鍛えておかなくちゃ」
ふっと息を吐いて一度会話が途切れた。
けれど数分後、何かを思い出したようにローズが私の耳に顔を寄せる。
「ね、ねぇ……もしよければだけど『レジルラヴィナー学院』まで一緒に行かない? アタシの試験も明日なんだけど、おばあちゃんが道順を彫ってくれた木の板を忘れちゃって」
「モルダスには行ったことがないから、周りに聞きながらになるけどそれでもいいなら」
時間を確認すると同じような時間だったので早めに合流しようと提案するとローズは嬉しそうに笑って、握手をしたところで馬車が徐々に速度を落とし始めた。
「そろそろ次の停留所みたい。変なのが乗ってこなきゃいいんだけど」
さっと人懐っこい笑顔をしまって馬車の荷台入口へ視線を向けたローズに感心する。
何人かの乗客を乗せたところで御者さんがパンと干し肉を売りに来た。
お腹がすいてきたのでローズと同じものを購入。
固く酸味のあるよくある黒パンに固い干し肉は一般的な携帯食だ。
せっかくだし、と泊まっている時間を利用し、持ってきた蝋燭ランプに火を入れ、蝋燭で干し肉を軽く炙って食べた。
「こうやって炙ると美味しいしくなるなんて、驚きだったかも。脂が落ちない程度にしないと危ないけど」
「以前大雨の日に教会で雨宿りした冒険者の方から教えて貰って」
「なるほどねぇ。こういうのも知ってたら遠征で楽かも」
しみじみと炙った干し肉を噛んで柔らかくしていく。
ジワリと染みる塩辛い味と肉のうま味はあまり教会では味わえない。
これで銅貨三枚なら安いな、なんて考えて脳裏によぎった一抹の不安。
「ねぇ、ローズ」
人が増えて騒めく馬車の中で零れ落ちた言葉にローズは気付いてくれた。
吐息のように細く小さな声を受け取った彼女はモグモグと口を動かしながら首をかしげる。
「私がもし、試験に落ちても……その、時々、手紙を出していいかな。同世代の友達って今までいなくて。教会にいた同い年の子は男の子で意地悪だったの。酷いのよ。小さな失敗を茶化して、バカにして、いつまでも揶揄うから好きじゃなくて」
どう伝えたらいいのかわからなくて、遠回し気味な言葉が紡がれていく。
もっと素直に「友達になって」って言えばいいのに、と心の中の私が呆れている。
私の口が止まるまでジッと耳を傾けてくれていたローズが、ふっと笑う。
「それ、アタシからお願いしようと思ってた! アタシもさ、兄弟が男ばっかりで、こんな性格でしょ? 男女って呼ばれてて、女の子の友達っていなかったんだよね。寄ってくるのは小さい女の子ばっかりで『わたし、マリーおにいちゃんと結婚する』なんて言われてさ。懐いてくれるのは嬉しいけど複雑だったんだよねぇ」
「え、いいの? ほ、ほんとうに?」
「未来の女騎士マリーローズの誓いを疑うのかしら?」
自信たっぷりに、でも茶目っ気をしっかり混ぜてウインクを一つ。
目を奪われてしまうほど眩しい『ローズ』に私は負けないよう、笑顔を浮かべる。
緊張はしている。不安もある。先だって、まだしっかりと見えていない。
けれど。
揺れる馬車の中。知り合ったばかりの私たちは『試験が終わったら学院前で落ち合う』と約束をした。
何となくだけど、ローズとはこの先もずっと一緒にいられるような気がして、じんわり広がる歓びを噛み締める。
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