一話 教会からの旅立ち
別のサイトで掲載していた『アルケミスト・アカデミー(旧:双色の錬金術師)のスピンオフ作品』になります。
主人公はマリーポット・スイレン。女子生徒だらけの工房で唯一の庶民の女の子。
本編である『アルケミスト・アカデミー』を呼んでいなくても楽しめるように加筆修正をしています。
神様は、どうやって才能を授ける相手を選ぶんだろう。
そんな疑問を幼かった私はずっと胸に抱いていた。
長年の疑問をぶつけたのは『開示の儀』のために集落へ訪れたシスター。
「懐かしいなぁ……ふふ。忘れないように聞いたことを羊皮紙に書いたんだよね」
手に持っていた羊皮紙の束の一番上には拙い文字で綴られた当時の言葉。
完全に乾いたそれを指の腹でなぞって、古びたトランクの中を眺める。
色褪せた余所行きの服と贈られた手編みのマフラー。古いインク瓶とペン。普段着に下着。
祖母が私にくれた手作りの革手袋を手にはめてみた。
「おばあちゃん……丁度いい大きさになったよ」
私に錬金術師の才能があると分かった祖母が、生前に革を縫い合わせて作ってくれたのだ。
祖母は縫製の仕事を長年していて技術も確かだといろんな人に褒められていたのを覚えている。使われている革は、丈夫で上等なものを選んでくれた。
上品な淡いクリーム色が気に入っている。珍しい魔物の革らしい。
「手袋は道具入れに入れて、コッチは身に着けておこう」
両親が遺してくれた懐中時計はスカートの内ポケットへ。
少し前に短くなった髪を櫛で梳いて、トランクを閉じた。
「荷造り、思ったよりも時間かかっちゃった」
立ち上がって見回すのは私だけの部屋。
掃除は行き届いているけれど古いレンガと石を積んで作られた教会では少し広い部屋だ。
次にここを使う子のために、できるだけ綺麗にしたつもり。
教会は一定年齢になると進路を決め、自立しなくてはいけないのだ。
私は錬金術師になることを決めていたので机のある一人部屋を与えて貰えた。
「──才能は、生まれる前に自分で選んだもの」
神に仕えるシスターが『神の思し召し』といわなかったことを私は今でも覚えている。
だって、今まで私が身を寄せていた教会のシスターたちは皆そう答えていたから。
神はいらっしゃるけれど、直接手を貸すことは少ないと思うのだと私に話してくれたのは、シスター長だけだ。今も昔も両親や祖父母を除いて私が一番尊敬している人。
この世界には多くの神がいる。それぞれ役目を担い、世界を守り、慈しみ、時に罰して暮らしていけるようにしてくれているのだと教会の人たちから教わった。
教会にいる人は、神に感謝を行動や儀式を通じて伝える役割を担っているのだという。
その考えの元、各地に教会がある。貧しくとも、豊かでも、治安が悪くても。
「あんまり戦えないけど、護身術くらいはどうにか身に着けたし頑張らなくちゃ」
シスターは錬金術師を志した私に色々な術を教えてくれた。
生活に必要なもの、お金を稼ぐための手段、身を守るための知恵と術。
持参金としてお金を、といわれたけれどこれは辞退させてもらった。
シスター長の調子があまりよくないので薬を買う費用に充てて欲しかったからだ。
その代わり、髪を売ったお金は半分貰ったので旅費としては十分だろう。
「冒険者ギルドで納品の仕事ができたらすぐ稼げるよね」
よし、と気合を入れた所で声が聞こえてきた。
「マリー! マリー!? もう馬車が来ますよっ」
「わっ、もう来ちゃったの? ええっと、あ、これをいれなくちゃ」
最後に机の隅に置いてあった不格好な木彫りの羽兎を腰に下げた道具入れへ詰め込んだ。
大きなトランクを両手で持ちながら、住み慣れた教会の廊下を走る。
いつもは『走っちゃいけません』と注意する側だったけれど、今日だけは大目に見て欲しい。
外へ飛び出す。
教会は魔物などの襲撃から自衛する為にぐるりと高い石塀に守られているのだけれど、その正面にあたる部分には大きな鉄門がある。
遠くからは馬車の音が聞こえていて、どうにか間に合ったと胸をなでおろす。
膝に両手を置き、荒い呼吸を整えていると影が差した。
「マリーポットさん、髪は梳かしましたか」
「う。と、梳かしたのですが」
「……慌てて走ってきたのが分かりますよ。子供たちの前なのですから、もう少し模範的な行動を心がけて下さい。今日で最後なのですから」
「ご、ごめんなさい」
手櫛で慌てて髪を撫でつけていると呆れた顔をしたシスター長代理が息を吐いた。
きつく結い上げられた髪と皴一つないシスター服。凛とした態度に恐れる子供は多いけれど、年を重ねるごとに彼女のすごさが分かるようになってくる。
「最後まで、お世話になりました」
「──貴女は色々な意味で手がかかる子でした。芯のある子は苦労しますが、しっかり励めばいずれ夢を現実に出来るでしょう。手をお出しなさい」
不思議に思いつつ、手の平を差し出せば、彼女は服の袂から小さな箱を取り出した。
「選別です。その櫛は十年前に落雷により折れてしまった聖なる木の一部を使っています。今いる皆で加工・細工をし、祈りをささげてありますから多少の加護は宿っているはずです」
「み、みてもいいですか?」
「ええ。貴女のものですから。細工は、手先が器用な子が【セインポット】の花を貴女の成功と無事を祈って彫ったので、大事に使うように」
震える手で箱を開けるとそこには聞いていた通り櫛が入っていた。
半円型でしっかりと細かな歯が均等に並び、美しい光沢もあった。
「聖油を塗りこみました。ほんの少量ですから、神もお目こぼしして下さるでしょうとのことですよ」
こほん、と小さく咳払い。
改めてお礼を口にした私にシスター長代理が困ったような笑顔を浮かべた。
「本当はこういったものは渡さないのですが、貴女が早い段階から持参金を辞退しシスター長の投薬代と生活費に回してほしいと要求してくれたので、せめてもの手向けです。こんなものしか用意できなくてごめんなさい」
「っいいえ! いいえ、私、きっとこの教会じゃなければやっていけませんでした。シスター長にはたくさんお世話になって、シスター長代理にもたくさんご迷惑をかけたのに見放さずいてくれたこと、本当に感謝しているんです」
「ふふ。何度も聞きましたよ。さぁ、私からの言葉は以上です。ああ、これはシスター長が貴女へ、と。臥せっている身で懸命に『護りの刺繍』を施したハンカチが入っています。全部で十枚。必要な時に使ってください」
ほんの少し膨らんだ包みを有難く受け取り、改めて正門へ向き直る。
子供たちやシスターが私を見上げているのに気づいて、胸を張った。
一段ずつ、確かに階段を降りると年少の子たちが私の前へきて野花を束ねた花束をくれた。有難く受け取って、一人ずつ頭を撫でお礼を伝える。
次にある程度大きくなった子たち。よく話をしたり、長く時間を過ごしたこともあって泣いている子が多かった。この子たちからは手紙と刺しゅう入りリボンを貰った。
最後に……来年、この教会を旅立つ子たちがシスターとともに私へ門出の言葉を送ってくれた。
「マリーポット、元気でね。私たちの事、忘れないでねっ」
そういって最後に大泣きしたのは、一番私を慕ってくれた女の子。
抱きしめて「手紙を書くわ」と決意新たに伝えると頷いてくれた。
振り返って最後に息を吸い込む。
「私、頑張って絶対に『国家錬金術師』になるから、待っていてね。この町に戻ってきて、きっとみんなの役に立つわ」
大きな馬車の音にかき消されないよう、お腹の底から声を出す。
小さな子や一番遠くにいるシスター長代理にも届いたようだ。みんな、笑いながら泣いてくれた。
さて、と背を向けて薄く歪んだ視界を服の袖で拭う。
教会から数歩外へ出て、街道で馬車を待っていると正門から誰かが飛び出てきた。
「え、ライト?」
「……ッこ、れ! これ、あげるから、寂しかったら見て思い出してッ」
ずいっと出されたのは可愛らしいバラのような花。
ライトが熱心に世話をして育てていた記憶がある。
「いいの……? これ、形見の種で育てた大事なお花じゃ」
「初めて咲いた花は、最初からマリーに渡すつもりだった。乾燥は間に合わなかったけど、乾燥させても色も形もそのまま置いておけるから……だから、俺の事忘れないで欲しい」
一番新しく教会に入った六歳年下の男の子だった。
ほんの少しだけクタッとしている花は、きっとこの瞬間まで大事にしっかり握られていたのだろう。
その花を大事に受け取って想いのまま強く抱きしめる。
いつもなら頬を染め「男に気安く抱き着いちゃダメなんだよ」なんて言っていたけれど、今日だけは控えめに、でもどこか縋るように背中へ腕が回った。
「ありがとう、ライト。私、つらいことがあってもライトや教会のみんなのこと思い出して頑張るからね」
「開示の儀が終わって才能が分かったら……その、手紙書く」
「うん! 待ってるね。どんな才能でもライトは頭がいいからきっと素敵な仕事につけると思う」
現在十一歳になる彼は他国からトライグルへ入ってきた孤児らしい。
諸事情によって開示の儀が早まったり、遅れたり、そもそも受けられなかった孤児は少なくない。
共通しているのは『保護者がいない』という点だけだ。
今、教会にいる幼い子供たちも一定の年齢になると『外』へ出るのが一般的だ。教会に残るならシスターや司祭を目指して修行や努力をする必要がある。
こちらに進むのは半分、残りは才能に準じた職場や職人に弟子入りすることが多い。
ライトはどうなるのかな、何になるんだろうと楽しみにしつつ教会から少し離れた場所に停車した馬車へ目を向けた。
そっと体を離して、教会の中にいる人にも聞こえるように、お腹から声を出す。
「いってきまーすっ! どうか、お元気でっ」
一拍おいて聞こえてきた思い思いの別れの言葉を背に、馬車が見えている方へ駆ける。
涙が零れ落ちない様に、空を見上げて進む街道。
懐かしい景色と匂いを忘れないと誓って、私は乗合馬車へ乗車した。
読んで下ってありがとうございました。
少しでも世界観が広がったり、楽しんでいただけると嬉しいです。




