episode7 奪われる身体
「……見せろ」
ハン・ジフンが低く言った。
カフェの個室。
店員を金で黙らせ、
二人は奥へ移動していた。
ユン・セアは震える右手を隠す。
「嫌よ……」
「今さら隠してどうする」
男の声は冷静だった。
「俺はもう、普通の病気だと思ってない」
沈黙。
ユン・セアはゆっくり袖を捲った。
ジフンの表情が固まる。
「……っ」
腕の三分の一が、
老婆の皮膚へ変わっていた。
皺。
黒ずみ。
腐敗。
まるで死体。
「これ……本当に……」
「信じる?」
ユン・セアが乾いた笑みを浮かべる。
「悪魔って言ったら」
ジフンは答えなかった。
代わりに、
スマホを取り出す。
「写真撮るぞ」
「は?」
「証拠が必要だ」
「ちょっと待って——」
カシャ。
撮影。
だが。
次の瞬間だった。
スマホ画面が真っ黒になる。
ノイズ。
バチバチと火花。
「……なんだこれ」
画面には、
一瞬だけ老婆の顔が映った。
笑っている。
そして。
スマホが爆発した。
「っ!?」
ジフンが舌打ちする。
「……やっぱ普通じゃねぇ」
焦げ臭い匂い。
ユン・セアは俯いた。
「もう終わりよ……」
「まだ終わってない」
「終わってる!」
感情が爆発する。
「身体が腐ってるのよ!?」
「毎日、少しずつ変わってる!」
涙。
「寝るたびに夢を見るの……」
声が震える。
「知らない女達が泣いてる」
「“返して”って」
「“助けて”って」
ユン・セアは頭を抱える。
「怖い……」
初めてだった。
今まで彼女は、
誰にも弱音を吐かなかった。
トップ女優だったから。
強くなきゃいけなかった。
でも今は。
ただの、
壊れかけた女だった。
「……その悪魔」
ジフンが口を開く。
「倒せば戻るのか?」
「分からない」
「契約を解除する方法は?」
「知らない……」
ユン・セアが震える。
「あの老婆、最初から私の身体が目的だったのよ」
ジフンが目を細める。
「じゃあまだ可能性はある」
「え?」
「身体が欲しいなら、完全には壊せない」
男は机へ資料を並べた。
「問題はタイムリミットだ」
古い新聞。
過去の契約者。
「共通点がある」
ジフンの指が止まる。
「全員、“完全に消える”直前に大きな仕事をしてる」
「……仕事?」
「映画」
「ドラマ」
「授賞式」
「全国放送」
ユン・セアの顔色が変わる。
思い出した。
明日。
韓国最大級の授賞式、
《Korean Arts Awards》。
ユン・セアは、
サプライズ出演する予定だった。
「……まさか」
「悪魔は人前に出る気だ」
ジフンの声が低くなる。
「お前の身体で」
沈黙。
ユン・セアの背筋を冷たい汗が流れる。
頭の中で、
老婆の笑い声が響いた。
『世界に愛されたいんだろ?』
その瞬間。
ズキンッ。
激痛。
「あ゛っ……!」
ユン・セアが椅子から崩れ落ちる。
「おい!」
右目。
視界が歪む。
鏡。
店内ガラス。
映っているのは——。
老婆。
もう半分以上、
自分の顔が老婆へ変わっていた。
「嫌ぁぁぁぁっ!!」
絶叫。
だが。
次の瞬間。
元に戻る。
周囲の客達は気づいていない。
でもジフンだけは見ていた。
完全に。
男の顔色が青ざめる。
「……時間ないな」
ユン・セアは荒い呼吸を繰り返す。
「助けて……」
その声は。
国民的女優でも。
悪魔でもない。
ただ、
死ぬのが怖い女の声だった。
ジフンは静かに立ち上がる。
「その授賞式、行くぞ」
「……え」
「悪魔が身体を奪う瞬間を潰す」
ユン・セアが震える瞳で男を見る。
「どうやって……」
「知らん」
ジフンはコートを羽織る。
「でも、記者ってのはな」
苦笑。
「一番ヤバいスキャンダルを追う生き物なんだよ」
その時だった。
店のテレビが突然点く。
ニュース速報。
『ユン・セア、電撃復活後初の公の場へ』
画面の中。
ユン・セア本人が笑っていた。
「……え?」
店内がざわつく。
「今、ここにいるよな?」
「録画じゃないのか?」
だが違う。
生放送だった。
テレビの中のユン・セアが、
ゆっくりこちらを見る。
そして。
ニタァ……と笑った。
老婆みたいに。




